第10話

 俺はさくらの家ーーもはや屋敷と言えるほどの広さだがーーの前で立ち止まっていた。

 さくらと喧嘩してから、会話どころか顔を合わせてすらいない。普段異能の訓練をするときはさくらの家でやるのだが、正直中に入るのが気まずい。

 だが、異能の訓練をしなければ。俺は……弱い……。章さんを助けようとして、結局大怪我を負って皆を心配させてしまった。凜のおかげで傷は完治したが、命の危険があったことは確かだ。

 自分の手のひらを眺める。

 さくらや章さんは俺の異能は強力だと言っていた。だが、全然使いこなせない。どうしても実践となると全身に力が入るせいか、異能のコントロールが疎かになってしまう。

 いつ戦いになるか分からない。戦いに参加できるように、仲間を助けられるようにしなければ。


「颯真君、家の前で何をしているんだい?」


 横から声をかけられ、視線を送る。


あきらさん……えっと……」

「ああ、さくらと喧嘩してるんだっけ」

「え、何で知って?」

「雰囲気で何となく分かるよ。そうだね、ちょっと歩こうか」


 相手に誘われて俺は道路を歩く。

 章さん、今日は随分と奇抜な服装だ。全身がいわゆるヒョウ柄になっている。いつも奇抜な服というわけではないのだが、章さんはたまに、というか頻繁に変な服を着ている気がする。


「颯真君、学校の方はどうだい? 楽しくやってる?」

「いつも通りですよ。普段から友人と話せるのは楽しいですね」

「いいねえ。僕は毎日仕事だから中々友達と会えないから羨ましいよ」

「そうですかね?」

「そうだよ、本当に。おじさんのお節介だけと、高校は楽しんだ方がいいよ。まあどうしても僕達と関わっちゃって大変なところも出てくるけどね。あ、ここで座ろうか」


 章は近くにあった公園に入り、ベンチに座る。俺もそれに続いた。


「颯真君、すまない」


 章が深々と頭を下げる。

 当然のことに俺は驚く。


「ちょ、どうしたんですか急に!? 頭を上げてください!!」

「僕のせいで颯真君を危険な目に遭わせてしまった」

「……あの依頼の件ですか。あれは僕が章さんの指示に従わなかったのが悪いんです」

「凄く辛かっただろうに、颯真君は優しいね」

「そんなこと……ないです」


 俺は優しいんじゃない。ただの自己満足だ。他人から嫌われたくないだけだ。わがままで幼稚で、取るに足らない存在だ。

 だからこそ……やらなければいけないことがある。自己満足で終わらせないために。


「俺、強くなりたいです。章さんやさくらと肩を並べて戦えるように、もっと自分の異能をコントロール出来るようになりたいです」

「そうだね。颯真君ならそう言うと思ってた。僕も色々教えたいけど、たいしたことは教えられないかな」

「何でですか?」

「異能の性質が僕とは全然違うからね。颯真君も知っていると思うけど、僕は弾丸を自在に操作して戦う。それに対して颯真君は自信を強化するタイプだ。似たようなタイプがいればいいんだけど、あいにく今は不在だからね」


 章の言葉に引っかかるものを感じる。


「今は不在? 俺の会っていない超異人がまだいるんですか?」

「あれ、まだ聞いてない? 颯真君が会ったことあるのは僕とさくら、凜あたりだよね。一人はさくらの祖父である小鳥遊たかなし典義のりよしさん、もう一人は二宮海斗君だ」


 さくらのおじいさんは何となく知っていたが、もう一人は初めて聞いた。


「その人は俺と能力が似ているんですか?」

「似ているかと言われればそういう訳じゃないんだけどね。まあ、自身に異能が作用するという点で一緒って話」


 章は優しげな視線を向けて続ける。


「颯真君、焦らなくていいんだよ? もっと時間をかけて強くなればいい」

「……でも……俺は皆を守りたいんです」

「そ気持ちもよく分かる。でもね、君はまだ生まれたてのひよこだ。これから時間をかけて成長するんだ……颯真君。はっきり言うけど、今の考えだと君はきっとすぐに死ぬよ」

「……え?」


 想定外の言葉に俺は目を見開く。


「君は生き急いでいる。それは良くない。僕も昔ね、颯真君と似たような考え方を持ってたよ」


 章は空を見上げながら言う。


「昔、僕は今よりずっと弱かった。弱いなりに別の仲間達と色々頑張ってたんだけど、大きな戦いがあってね。結局皆大けがを負ったり、トラウマを背負ったり……死んだ人もいたよ」


 俺は目線を下に落とす。


「それは……辛いですね」

「うん。実際、僕も死にかけた。弱いくせに前線を張って、格好の的だったと思うよ。その時、たまたま僕は典義さんに救われた。だからこうして生きている」

「典義って……さくらのおじいさんに?」

「そう。もし典義さんが来ていなかったら僕は死んでいただろうね」

「もしかして、左目の眼帯もその時の怪我が原因ですか?」

「ああいや、これは別件でやらかしちゃっただけだよ」


 章が左目の眼帯を手で撫でながら言った。


「……とにかく、颯真君の周りには沢山の仲間がいる。今はそれに頼って、ゆっくり成長していって欲しい。……まあ、勝手な僕の願いだけどね」

「ありがとうございます、章さん。俺、章さんや凜、さくらと出会えて良かったです。これからもよろしくお願いします」

「うん、よろしくね」


 その時、章のポケットから音が鳴り、章はスマホを取り出して画面を見る。


「お、タイミングがいいね。ちょっと移動しようか」

「……はい?」


 章はベンチから立ち上がって歩き出す。

 俺は状況が分からないまま、章についていった。





 しばらく歩いて、随分と人通りの多い場所にやってきた。

 スマホを見ながら章は何かを探すように首を振る。


「えっと、ここら辺にいるはずなんだけど……ああ、あれあれ」


 章は一人の男を指さす。

 橙色でパーマのかかった髪が特徴的な青年だ。

 青年は建物の壁に背中を預けて、真剣な表情で人混みを眺めていた。

 章が青年の元へと歩いて行き、声をかける。


「やあ、海斗君。しばらくぶりだね」

「その声は章さんですか。ちょっと待っててください」


 章が海斗と呼んだ青年は前を横切る人々を見続けている。

 海斗ってさっき章さんが言ってた人だ。この人は一体何をしているんだ?

 そう思っていると、青年は口を開いた。


「あの女の子……ボンキュッボンだな。凄まじい……」

「……え?」


 思わず声が出てしまう。

 その声に気づいたのか。青年はこちらに視線を向けた。


「あれ、章さんだけじゃないんだ。君は?」

「えっと、俺は神田颯真です。最近白の誠実ホワイト・ホーネストに入りました」

「おっじゃあ俺の後輩だ! 俺は二宮にのみや海斗かいと、よろしくね。あっ、海ちゃんって呼んでもいいよ」

「海斗さん、よろしくお願いします」


 さすがに初対面にちゃん付けをする度胸は俺にはなかった。

 海斗は俺の側により、気さくに肩を組む。


「で、颯真。君はどういう子がタイプ?」

「……急に何を言ってるんですか?」

「いいからいいから。あの人混みから選んで? あのおっぱいがでかい子? あ、颯真はあそこの清楚そうな子が好き? 俺はおっぱいがでかい子が好き」

「えっと、突然そんなことを言われても」


 助けを求めるように章に視線を送る。しかし、章は肩をすくめるだけだった。

 何これ? 何でこんなことになってるんだ?


「ほらほら、どうよ?」

「……あの子、ですかね?」


 俺はそっと指を指す。


「なっ!? 颯真は尻か!? 尻派なのか!?」


 海斗の言葉に小さく頷く。


「俺と颯真は意見が合わなそうだな」


 一人で納得したかのように海斗が頷く。

 ここで章が口を開く。


「海斗君、随分と早い帰りだね。用事は終わったのかい?」

「いや、用事は終わってないです。でも典義のりよしさんが先に帰ってろって言うから帰ってきました」


 海斗は俺の肩に回していた腕をほどく。


「なるほど。典義のりよしさんがそう言うって事は、何かしら典義のりよしさんなりの考えがあるんだろうね」

「まあそうでしょうね。典義のりよしさんの考えが分かんないのはいつものことですから。というか、新しくメンバーが増えたんですね」

「うん、そうだね。颯真君の事でちょっと話しておきたくてね」

「話って何ですか?」

「颯真君ね、まだ異能をあまり扱えていないんだよね。海斗君に教えてやって欲しいんだ」

「そのくらいお安いご用です!」


 そう言って海斗は俺に視線を送る。

 

「じゃあとりあえず小鳥遊家に行こうか。そこで色々教えてあげる」

「はい。よろしくお願いします」


 さくらの家に行くのか。少し気まずいが、そうも言ってられない。

 俺と章、海斗の三人はさくらの家に向かった。





 俺は海斗とさくらの家の庭に訪れていた。


「よし、じゃあやるか」

「よろしくお願いします」

「いい声だ。さて、颯真は身体能力を強化する異能って聞いたが、それで合ってる?」

「はい、合ってます」

「本当にか?」


 海斗の問いかけに俺は眉を顰める。

 本当も何も、俺がわざわざ嘘をつく理由なんて無い。何故そんなに疑っているんだ。


「何か色々考えているな。今の俺の質問には理由がある」

「理由、ですか?」

「ああ。異能とは何なのかって話だ。異能っていうのは超自然的な現象を引き起こす能力ってのが俺の認識だ。そして実際、異能の正体は全然分かっていない」

「……それは俺も聞いています」

「そうか、聞いているか。だがそれじゃあ足りない。異能の正体は分かっていないんだ。颯真の能力は本当に身体能力の強化なのか?」

「俺の……能力……?」


 さくらや章さんは俺の異能を身体能力の強化だと言っていた。俺もそう思っていた。

 だけど、もしかしたら違うのか? だとしたら俺の異能は何だ?

 思案を巡らす俺の様子を見て海斗は口角を上げる。


「そうだ、考えろ。そして理解するんだ、自分の異能を。それが能力向上への大きな前進になる」

「はい、ありがとうございます!」

「じゃあ次は俺の異能を教えてやる」


 そう言うと海斗は庭に落ちている木の枝を手に取る。


「颯真、この枝を見てろよ」


 海斗に言われた通り、木の枝を注視する。

 すると次の瞬間、海斗の持っていた木の枝が突然消えた。


「これが俺の能力、まあ簡単に言えば、手に持った物質を透明化出来るって所だ」

「凄え。全然俺の異能とも違う」

「凄いか、ありがとう。ちなみに今俺が説明した異能のことだが、嘘だ」

「え、嘘?」

「完全に嘘って訳じゃない。正確には、過去の俺の認識の話だ。今は違う」


 海斗がそう言うと、次は海斗の右腕が消える?


「えっ!? 海斗さん!? 腕がなくなって!?」

「ああ、大丈夫。今、俺は手に持ったものだけではなく、自身の体さえも消すことが出来る」

「凄い……そんなことが出来るなんて……」

「凄いだろ? これで女性のスカートの中をいつでも覗ける」

「え、それって普通に犯罪じゃ……」

「冗談だ。俺は男士道に生きる男。そんな卑劣なまねはしない」


 男士道? 聞き慣れない言葉だ。一体何だろうか。


「まあこんなところだ。ほら、見ててやるから異能を使ってみろ」

「はい! いきます!」


 そうして海斗による俺の稽古はしばらく続いた。

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