第9話

 颯真達との戦闘があった翌日の日曜。僕は集合場所であるカフェの前で待っていた。

 それにしても、昨日は随分と色々あった。戦いなんて初めてだったし、あれほどの怪我をしたのも初めてだ。

 だけど、回復が早いのか。翌日には大分動けるようになっていた。まだ右腕や肋骨が痛むけど、とりあえず予定通りカフェに来ることができて良かった。

 それにしても、悠の戦いは凄かったな。僕も強力な異能を持っていればあんな戦いが出来たのかな。……僕の反射神経じゃ戦いに追いつけない気がするから無理かも。

 少しして、僕はスマホを見る。

 もうすぐ約束の時間だ。

 そう思ったとき、正面から理世がこちらに歩いてくる。

 理世は顔を大きく歪めて僕を見る。


「なんであなたがここにいるの?」

「え、てぃあらが連絡したんじゃ?」

「あなたが来るとは聞いてない」


 ああ、そうなんだ。随分と適当だな、てぃあら。

 理世も事情を察したのか、大きくため息をつく。


「はあ、来るんじゃなかった」

「そう言わなくても……僕は理世と仲直りしたいんだ」


 理世は僕の言葉を無視して自身のスマホを眺める。

 え、僕の声聞こえてた……よね? 突然反応しなくなったんだけど。

 それからお互い何も話さずに時間が過ぎていく。

 集合時間から十五分ほど過ぎたあたりでてぃあらがやってきた。


「あ、二人とももういたんだ。早いね。じゃあカフェに入ろう!」

「そうね」


 そう言って二人は店の中に入っていき、僕もそれに続いた。

 最初、店員に僕とてぃあら達が別の客だと勘違いされた。

 それに対して理世は「そうです」と言い張り、てぃあらは「友達だよ!!」と言って店員がしばらく混乱していた。

 やがてテーブル席に案内され、てぃあらが理世の隣に座り、僕が二人に向かい合う形で席に着いた。

 てぃあらはメニューをテーブルに立てて開き、理世と二人で見る。

 それだと僕からメニューが見えないんだけど。


「ねえ、理世。何にする? 全部陽也の奢りだから遠慮しなくていいよ」

 

 え、何それ? そんな話聞いてないんだけど。


「そう。じゃあとりあえずここからここまで全部で」

「お、いいねえ。私もそうしようかな?」

 

 とんでもない話が聞こえてくる。

 嘘でしょ? メニューが見えないのが余計怖いんだけど。一体どのくらい頼んでるの? あと、とりあえずって何? 追加で頼むの?

 すると、てぃあらがこちらに視線を向ける。


「陽也は何にする?」

「えっと、メニューを見せてくれない?」

「え~。あ、じゃあ私が選んであげるよ、任せて」


 何でそうなるの? 好きなもの選びたいんだけど?


「……僕、苦いの苦手だから甘いやつで」

「もう、わがままだなあ。じゃあメロンソーダね。すみませ~ん!」


 てぃあらが勢いよく手を上げて店員を呼ぶ。


「ご注文はお決まりでしょうか?」

「はい! えっと、ホットコーヒーのビッグサイズ二つと、メロンソーダのビッグサイズ一つで、あと、このページに載ってるスイーツを全部二つずつで!」


 メニューに対して人差し指をぐるぐるさせながら言う。


「……はい? スイーツを全て、ですか?」

「もちろん!」


 店員は戸惑いながら「少々お待ちください」と言ってバックヤードに入っていく。

 普通に考えて、たった三人の客にそんな大量の商品を出すなんて出来ないでしょ。何でそんなに注文しちゃうの? 店も僕も困るんだけど。あと何でしれっとメロンソーダをビッグサイズにしてるの? いや、他の注文に比べたら全然気にならないけど。

 少しして、先程の店員が戻ってくる。


「大丈夫だそうです。その代わり、あまりにも多くの商品を残した場合、追加料金を頂くことになりますがよろしいでしょうか?」

「はい!! ちゃんと全部おいしく食べます!!」

「ご注文承りました。少々お待ちください」


 そう言って店員が去って行った。

 嘘でしょ。注文通っちゃうんだ。絶対にお金足りないじゃん。銀行に行かないと……口座にあるお金で足りるよね?


「スイーツ早く来ないかなあ」

「そうね。凄く楽しみ」


 てぃあらと理世は平然としている。

 あれ、これが普通なの? スイーツを全部頼むのが? いやでも、店員も困ってた気がするし……ん? 何が普通なの?

 初めての状況に頭を悩ませていると、店員が大量のスイーツと三人分の飲み物をお盆に載せて持ってくる。


「お待たせ致しました」


 いやいや、全然待ってないんだけど。持ってくるの早すぎない? どうなってんの?

 店員が黙々と商品をテーブルに並べる。てぃあらは両手を挙げながら「わあ~!!」と声を上げ、理世は無言のまま次々と置かれるスイーツをじっと眺める。

 やがて商品が全て置かれると、テーブルの端にとんでもない長さの伝票を置いて去っていった。

 ……何だこの光景。スイーツがテーブルを埋め尽くしている。こんなの漫画やアニメでしか見たことないんだけど。


「ふう……よしっ!! スイーツを全力で楽しもう!!」


 てぃあらがそう言い、理世と二人でもりもりとスイーツを食べ始める。

 僕はそれをメロンソーダを飲みながら眺めた。

 てぃあらは結構勢いよく食べるんだな。理世は綺麗に食べてるけど、スピードはてぃあらに負けていない。

 ……一体僕は何を見せられているんだ。

 すると、てぃあらが思い出したかのように言う。


「あっそうだ、理世と陽也が仲直りしないといけないんだった」


 その言葉を聞いて僕も思い出す。

 あまりにも非現実的な光景に気を取られていたが、本来の目的を果たさなければ。


「……理世」

「何?」


 理世は目線を合わせない。


「えっと……あの……」


 あれ、仲直りする時って何を言えば良いんだろう? 今までこんなことしたことないし、全然分からない。

 とりあえず、僕の考えていることを言えばいいかな?


「多分、僕が理世の考えに完璧に賛同することは出来ないと思う」

「あっそ」


 言葉選び、合ってるのかな? 何も分からない。


「僕は理世の考えを全て汲み取ることは出来ない。だから、先に僕の考えを言うね」


 理世からの返事はない。


「正直、僕は自分の入ってる組織に思い入れなんてない。何なら理由があれば今すぐ辞めてもいいと思ってる。でも、超異人が中心となった国にするっていう組織の考え方は少し良いかもと思ってるし、竜一郎さんとかが人手不足だから助かるって言ってたからここにいても良いかなって」

「……そう」

「組織に強い気持ちとかがないから、どうしても普段の生活を優先しちゃう。それが僕なんだと思う」


 理世は斜め下を向いたままじっとしている。

 どうだろう。僕の考えは伝わったかな?

 すると、理世が口を開く。


「私は、白の誠実ホワイト・ホーネストが憎い。だからあいつらを殺してやりたい。それだけ」

「そっか」

「陽也、あなたは何で敵組織のメンバーの一人と仲良く出来るの?」

「何で? ……そういうのを僕が気にしてないからだと思う。敵とか味方とか、普段の生活で常に考えていたら大変そうだし」

「そんなこと、普通は出来ないでしょ」

「え、そうかな?」

「まあ、颯真の考え方は分かった。理解は出来ないけど」


 いつしか理世のスイーツを食べる手が止まっていた。


「……颯真、ごめんなさい」


 そう言って理世が頭を下げる。


「私は自分の組織の目的とかどうでもいい。ただ復讐が出来ればって、そう思ってた」


 てぃあらが「え、そうだったの?」と茶々を入れるが、理世はそれを無視する。


「多分、陽也の方が組織にいるべきだと思う。私の考えを押し付けた私が悪かった。本当にごめんなさい」

「別に謝らなくていいんだけど……」

「いえ、謝るべきだと思ったから謝ってるの」

「そ、そうなんだ」


 こういうとき反応に困るんだけど。僕も謝った方がいいのかな?

 すると理世は「でも」と言って続ける。


「傷を癒やす超異人、つまりあなたの友達を見つけたら、私は真っ先に狙うと思う」

「僕がいたら友達を守るけど、僕のいないところなら好きにしていいよ」

「……え? いいの?」


 呆気にとられた表情で理世が言う。


「うん。理世の考えは変わんないと思うし、僕のいないところで起こったことは仕方ないからね」


 僕の言葉に理世はくすりと笑う。


「あなた、やっぱり変ね」

「あ~、そうだね」


 やっぱり僕っておかしいんだ。

 ふと理世の横を見ると、そこには空っぽの皿を綺麗に重ねて理世のスイーツをじろじろと見るてぃあらの姿があった。

 てぃあらは理世のスイーツを指さして言う。


「ねえ、理世……それ、貰ってもいい?」

「駄目」


 そう言って手でガードをする仕草を取る。


「え~、少しくらいいいじゃん」

「全部私のだから駄目」

「けちっ!」


 てぃあらは頬を膨らませてぷいっと明後日の方向を向く。

 ……僕も少し食べたいな。まあでも、理世のてぃあらに対する対応を見る限り、無理だろうな。

 そう思っていると、理世と視線が合う。


「……食べたい?」

「うん」

「いいよ、あげる」


 そう言って理世は僕の前ににスイーツの乗った皿を置く。

 てぃあらは「え!? 何で!?」と声を荒げるが、理世は無視する。


「あ、でもフォークがない……店員を呼ぼうかな」

「私の使っていいよ」


 理世がフォークの持ち手を僕に向ける。

 僕は「ありがとう」と言ってフォークを左手で受け取る。

 そのフォークを使ってスイーツを取ろうとしたとき、あることに気づく。

 これ……間接キスだ。ヤバい、心臓がバクバクしてきた。理世って結構、ていうか凄く美人なんだけど、その人と間接キスか……。

 高鳴る鼓動を感じながら、使い慣れない左手でフォークを扱うが、上手くスイーツを取れない。


「右手、使えないの?」


 理世が声をかけてくる。


「うん、昨日の怪我のせいでね」

「そう……じゃあ食べさせてあげる。フォーク貸して」

「あ、うん」


 フォークを理世に返すと、スイーツを一口サイズに切り取り始める。


「ほら、口開けて」


 言われたとおりに口を開く。

 ……あれ? これって恋人みたいなのでは? 何でこうなったんだっけ? 

 理世は僕の口の中にスイーツを運び、僕はそれを食べる。

 あ、おいしい。


「陽也ばっかりずるい!! 私も食べたい!! あーんして欲しい!!」

「……駄目」

「ええっ!? もういいよっ!! また自分で頼むから!!」


 え、まだ頼むの? さすがに僕の財力じゃ足りなくなるよ?

 しかし、だいぶスイーツが腹に溜まっていたのか、てぃあらは二品だけ追加で頼んだ。

 良かった。てぃあらの胃袋には限界がきちんとあるようだ。

 その後、理世が「まだまだ私はいけるかな」と言って思わず僕はぞっとした。しかし、さすがに満足したのか、追加で注文をすることはなかった。良かった。

 結局、僕は銀行で大量の金を下ろして何とか代金を支払った。

 てぃあらが苦しげに腹を抱えているのに対して、理世は平然としていた。


「ねえ、理世。何で僕にだけスイーツくれたの?」

「陽也が奢ってくれたから。それに……色々と楽しめたでしょ?」


 理世は普段からは想像できないようないたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 色々ってどういうことだろう? まあ、楽しめはしたかな。あんな量のスイーツが並んでるのを見ることはもうない気がする。

 そのまま僕達三人は解散し、僕は家に帰った。

 部屋のベッドに寝転がり、スマホで銀行口座の残高を見て僕はがくりと肩を落とした。

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