第8話

 やけに重い体を動かしながら何とかアジトであるビルの前までたどり着いた。

 いつも皆が集まる部屋に向かっていき、扉を引いて中に入る。

 すると部屋には銀髪の女性ーー理世の姿があった。一人で優々とソファに座っている。

 あれ、てっきりてぃあらとか泰三さんあたりがいると思ったんだけど。

 理世はこちらを見るなり、眉を顰めて尋ねてくる。


「何があったの?」

「悠と依頼を受けてたら、白の誠実ホワイト・ホーネストの人と会っちゃって、戦いになったって感じ」

「そう。医者に診てもらえば?」

「え、でも銃弾とか多分あるから、見られたら言い訳出来ない気が……」

「そっちじゃなくて。裏の方ね」

「……裏?」


 首を傾げると理世はため息をつきながら立ち上がる。


「付いてきて」

「あ、うん」


 理世が歩き出し、僕もその後を追う。

 しかし、全身が痛いこともあり、どうしても歩くのが遅くなってしまう。

 理世は立ち止まり、僕の様子を見かねたのか、そばまで近寄る。


「ほら、肩貸すから行くよ」

「え、ありがとう」


 理世の肩に手を回し、支えられながら立ち上がる。

 結構手助けとかする人なんだ。そういうタイプじゃないと思ってた。

 理世に体重を預けたままアジトから出て道路を歩く。

 少しして、白い建物の前で立ち止まり、理世が「ここ」と指さす。

 比較的綺麗な建物だ。診療所といった雰囲気があるが、僕みたいな大怪我も診てもらえるのだろうか。


「入るよ」


 それだけ言って僕を支えながら理世が建物の入り口に向かう。

 入り口は自動扉だ。中に入ると正面に受付があり、看護師らしき女性がそこに座っている。一瞬女性と目が合うが、女性が何かを話すことはない。

 理世はその女性を無視して奥へと進んでいく。そして雑にとある部屋の扉を開けると、そこには一人の医者らしき男性が座っていた。


「やあ、理世ちゃん。そっちの少年は……新しい仲間かい?」

「そう。診てやって」

「分かった。そこのベッドに寝かせてあげて」


 言われた通りに理世に支えられながら僕はベッドに横たわる。

 綺麗なべっどなのに血で汚してしまうの、少し申し訳ないな。

 すると理世はそのまま部屋から出て行った。


「初めまして、私は川上かわかみさとる。名前を聞いてもいいかい?」

望月もちづき陽也ようやです」

「よろしくね、陽也君。早速だけど怪我を診ていくね。服、切っちゃっていい?」

「大丈夫です」

「ありがとう」


 そう言って悟は上着を切っていき、傷の様子を観察し始める。

 随分と若い先生だな。二十代のように見える。銃痕を見ても全然動揺してないし、この人が理世の言っていた裏の人なのだろう。

 

「右腕に弾が残ってるね。他に痛むところは?」

「全身、ですかね」

「全身か。それは大変だね」


 その後も淡々と診察は行われていく。

 しばらくして診察が終わったのか、悟は様々な道具を用意し始める。


「右腕の傷は分かってると思うけど、肋骨にヒビが入ってるね。大分血も失ってるようだ」

「え、本当ですか?」

「うん」


 骨にヒビが入ってるとは思わなかった。そうなると直るのに相当時間がかかる気がする。これからどうしようか。

 そう考えていると、悟が片手に注射器を持ってこちらを向く。


「じゃあ今から麻酔を打って弾を取り除くね」

「え、ここでやるんですか?」 

「うん。麻酔を打つけど多少の痛みはあるから我慢してね」

 

 悟はそう言って注射器をプスリと僕の体に刺した。

 その後、ピンセットやなんやらと色々な道具を使って弾を摘出した。手際はかなり良く、摘出した弾を見せられたときはもう取ったのかと驚いた。

 ギブスやら包帯やらを体に巻き付けられる。


「よし、これで終わりかな。しばらく安静にすると良いよ」

「ありがとうございます。あの、お代は」

「あ、大丈夫。いつも竜一郎さんから受け取ってるから」

「そうなんですね」


 後で竜一郎さんと話をしないとな。お金、あまりないんだけど大丈夫かな?

 すると、悟が話しかけてくる。


「陽也君は最近黒の棺ブラック・カスケットに入ったの?」

「はい、そうです」

「やっぱりそうなんだね。どう? 仲間の皆とは仲良く出来てる?」

「そうですね。特段仲が良いわけではないですが。困ったことも特にないです」

「それは良かった。今は誰と仲がいいの? 年も近そうだしやっぱり悠君とか?」


 少し考えてみる。誰と仲がいいんだろう。悠とは今日あったばかりだし、理世ともまだそんなに話してない。竜一郎さんと泰三さんともそこまでって感じだし。


「てぃあらと一番話していますね」

「へえ、てぃあらちゃんとね。中々癖のある子だけど。仲良くやれてるなら良かったよ」

「あの……銃の弾を取るのに大分慣れてる様子でしたけど、普段からそういうことを?」


 疑問に思ったことを聞いてみる。

 悟は顔色を変えずに答えた。


「そうだね。一般のお客さんの相手をすることもあるんだけど、社会的にあまり表に出られない人を相手にすることはよくあるよ。そういう人を治療するのはこの辺だと僕だけだからね」

「そうなんですね」


 こういう人がいるから僕達の組織も未だに残っているのかも知れない。組織としてはとてもありがたい存在なんだ。僕個人にはあまり関係ないけど。……いや、治療してもらったから関係はあるか。

 すると悟は部屋の時計を見るなり、口を開く。


「この後一般のお客さんの予約が入ってるから、ここにいると不味いかも。申し訳ないけど、帰ってもらってもいいかい?」

「あ、分かりました、治療ありがとうございます」


 僕は周囲のものにしがみつきながら立ち上がる。

 あ、どうしよう。体が結構重いな。

 そう考えながら部屋を出ると、通路の椅子には理世がスマホを眺めながら腰掛けていた。


「あ、待ってたんだ」

「どうせ一人じゃ歩けないでしょ」


 そう言って理世が再び肩を貸してくれる。

 別に歩くのが遅いだけで歩けなくはないんだけどな。まあお言葉に甘えておこう。


「アジトでいい?」

「うん」


 僕達はそのまま病院を出た。





 アジトに戻ると、そこにはてぃあらの姿があった。

 てぃあらは僕と理世の姿を見るなり、凄い勢いで駆け寄ってくる。


「陽也、どうだった?」

「え、どうって何が?」

「拳銃で撃たれたんでしょ? ズバリ、撃たれた感想はっ!」


 ……何を聞いてるんだ。ていうか何で知ってるんだ? 

 まあいいや。う~ん、銃で撃たれた感想か。どんな感じだったっけ。


「なんていうか、痛いというよりも熱いって感じだったかな。傷を負った周りが凄く熱を帯びるような」

「私と全く同じ感想だ! 痛みを感じないんじゃなかったっけ?」

「いや、感じないんじゃなくて感じにくいね」

「え、それって弱くない?」


 前にも同じ事を言ってなかった? 何回も言われると悲しくなってくるんだけど……。


「えっと……とりあえず座りたいんだけど」

「あっそうだね。怪我人だもんね」


 僕は理世に支えられつつソファに腰掛けた。

 何かてぃあらっていつもテンションが高いな。疲れないのだろうか。

 するとてぃあらが僕の隣に座ってスマホを見せてくる。

 ちょ、近すぎる。体をくっつけないでくれ、傷に響くから。あ……胸が当たってる……。


「ほらこれ、陽也が今日行ったところでしょ? ニュースになってるよ」


 スマホの画面を見る。

 あ、本当だ。何台かパトカーが集まってる写真があるし。え、大丈夫かな……突然捕まったりしないよね?


「いやあ、ニュースになるのって久しぶりじゃない? ね、理世」


 いつの間にかてぃあらの隣に座っていた理世が「そうね」と小さく言う。


「そういえば悠はどうしたの?」

「悠は敵を追ってどこかに行っちゃった。止めた方が良かった?」

「あー、別に止めなくていいよ。あいつ、戦いになるとそれ以外のこと考えられなくなるし」


 確かに、悠が敵と戦い始めてから人が変わったような気がしたな。


「で、どうだった? 敵は殺せたの?」

「僕が殺せはしなかったけど、虫の息だったし死んだんじゃないかな」


 そう言うとティアラは額に手を当てて「あちゃ~」と言う。


「多分それ、生きてるよ」

「え、何で? 多分あの傷だと病院に行っても間に合わないと思うけど」

「あのね、あいつらは傷を負わせても翌日には傷もなくなってケロッとしてるんだよ?」


 え、何それ? どういうこと?


「何で?」

「さあ、優秀な医者でもいるんじゃない?」


 そんなので説明がつかない気がするんだけど……。

 すると、理世が口を開く。


「怪我を治す超異人がいるんじゃない?」

「それだっ!!」


 てぃあらが理世に人差し指を向けて声を荒げる。

 怪我を治す超異人。そんなのがいるのか……あれ? それ、僕知ってるんだけど? ていうか、今日会ったんだけど?

 

「あの~」


 そう言って僕は手を上げる。


「どしたの?」

「多分、その傷を癒やす超異人に今日会ったと思う」


 その言葉にてぃあらと理世は目を見開く。


「えっ嘘!? そんな偶然ある!?」

「もしかしたらだよ」

「じゃあそいつ殺そう!! そうすれば私達、多分勝てるよ!!」

「え、嫌なんだけど」


 僕の言葉にてぃあらは「えぇっ?」と素っ頓狂な声を上げる。


「何で何で?」

「いや、だって僕の友達だし」

「でも、私とも友達でしょ?」

「え、そうなの?」


 僕とてぃあらは首を傾げてお互いに目を見合わせる。そこから誰も喋らない謎の時間が生まれた。

 少しして、理世が口を開く。 


「私はてぃあらに賛成。傷を癒やす超異人さえ殺せば、”白の誠実ホワイト・ホーネスト”の戦力は確実に落ちる」

「そうだそうだ!! 殺っちゃおう!!」


 二人揃って僕に言葉を投げる。

 

「でも僕。仕事と私生活は分けたいんだよね。私生活にまで影響があるのは違くない?」

「……ふざけてる?」


 理世の冷ややかな、鋭いこもった声が耳に入る。

 僕は理世を見やる。理世は青筋を立てながらこちらを見据えていた。


「え? ふざけてるって何が?」

「……私は、本気で白の誠実ホワイト・ホーネストを潰そうと思ってる。この組織にいる人は皆敵組織を邪魔に思ってるし、命をかけて戦っている。なのにあなたは何をほざいてるの?」

「えっと……理世の考え方を押しつけられても困るんだけど。ちゃんとやることはやるつもりだよ?」

「じゃあ、その友達は殺せる?」

「僕は殺さないかな。友達だから」

「……死ね。ゴミ屑が」


 そう言って理世は立ち上がり、アジトを出て行った。

 それを見たてぃあらはあっけらかんとした様子で言う。


「陽也、凄いね。あそこまで理世が怒ってるの初めて見たかも」

「え……それって結構ヤバかったりする?」

「理世が陽也と会いたくないとかでここに来なくなったらヤバいかもね。あの子、私なんかよりずっと仕事が出来るし」


 どうしよう。これって仲直りしないと駄目なやつかな。少し面倒だ。

 するとてぃあらは「あ、でも」と言って続ける。


「カフェとかに連れてったらいいかも。あの子、コーヒーとスイーツを食べると機嫌が良くなるし」

「本当? じゃあそうしてみようかな」

「誘ってみたら良いんじゃない?」

「いいね、連絡してみる」


 そう言ってポケットからスマホを取り出して、あることに気づく。


「僕、理世の連絡先知らないや」

「そうなんだ。じゃあ私から連絡しておくね。明日の昼あたり空いてるか聞いてみよ」


 てぃあらは自身のスマホで文字を打ち始める。

 何で勝手に日程を決めてるの? まあその時間は空いてるから良いんだけど。


「明日大丈夫だって。良かったじゃん、これで仲直りできるね」

「え? 返信早くない?」

「いつも早いよ。何でか分かんないけど」

「そっか」


 今日は色々と疲れたし、もう帰ろうかな。

 そう思い、僕は重い足取りでアジトを出て行った。





 家に着き、玄関の扉を開ける。

 すると、リビングにいた母親が顔を出す。


「お帰り、陽也」

「母さん、ただいま」


 そう言って痛みに耐えながら靴を脱ぎ、自分の部屋に向かおうとしたとき、母親に呼び止められる。


「陽也、もしかして怪我でもしてる?」

「あ、やっぱり分かる?」

「当たり前でしょ。そんなぎこちなく動いてたら誰でも分かるから」


 包帯とかは服で隠してたんだけどなあ。


「それで、何があったの?」

「えっと……こ、転んだだけだよ。道端で」

「母親に嘘を言うんじゃないの。本当は?」


 全て見透かされてしまってる。どうしよう、本当のことを言うわけにもいかないし。


「……ごめん、言いたくないかな」

「そう……いじめとか、そういうのではないの?」

「ああ、全然違うよ。僕がやりたいことをして負っちゃった傷だから、気にしないで」

「やりたいこと、ね。それは陽也にとって楽しいことなの?」

「うん。楽しいよ」


 てぃあら達と出会ってかあ新しい経験ばかりだ。その経験は中々面白い。

 すると、母親は優しく微笑む。


「楽しいなら良かった。でも、体は大事にね。私やお父さんが心配しちゃうから」

「ごめん、ありがとう」


 そう言って僕は廊下の階段を上り、自分の部屋の扉を開ける。

 そのまま僕は傷が痛まないようにゆっくりとベッドに横になる。

 明日てぃあら、理世とカフェに行くのか。体、動くかな。動かなかったらどうしよう。でも、理世と仲良くしないといけないし、無理にでも行った方がいいかも。

 まあ、明日のことは明日考えればいいか。

 そう思いながら僕は体を休めた。

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