第7話

 …………あれ…………俺は…………何を…………?

 一定のリズムで全身が揺さぶられる。

 僅かに開いている瞳から見える景色は頻繁にぶれている。

 …………やけに寒い…………それに気だるい…………。


「颯真君!! 大丈夫かい!!」


 聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。

 ……誰だっけ……この声……そうだ、思い出した。


あきらさん……」

「意識を取り戻したか!? 今急いでるから、もうちょっと踏ん張ってね!!」


 ……踏ん張る? ……何を? 分からない。

 ……でも、なんで章さんが僕を背負って? ……一体、僕に何が起こってるんだ?


「なんだか……凄く、眠いです……」

「寝ては駄目だ!! 絶対に起きていてくれ!!」

「……駄目? ……分かり、ました」


 しばらくして、突然体の揺れが収まる。

 ここは……屋敷だ。さくらの。

 章が正門を開けると、中から一人の女性が歩いてくる。


「章さん!? どういう状況ですか!?」


 あれは……さくらか。なんでそんなに驚いて……?


「颯真君が敵にやられた!! 左肩と腹に銃弾を食らった!! 肩はいいが腹がまずい!! 中がやられてる!!」

「っ!? 分かりました!! 今、凛がこちらに向かっています!! それまで持たせましょう!!」

「ああ!! 颯真君をベッドに寝かせる!! さくらはタオルの用意を!!」

「はい!!」


 再び俺の体は揺れだす。

 ……銃弾? 腹がまずい? 何を、言っているんだ。よく分からない。

 少しして、俺はベッドに降ろされる。


「さくら!! 僕は腹を抑えるから、左肩を頼んだよ!!」

「分かりました!!」


 ……章さんとさくらが、必死に俺を見ている。一体、何なんだ。


「颯真!! 絶対に死なないで!!」


 ……さくら。何をそんなに、叫んでるんだ?

 俺は左手でさくらの腕に触れる。


「さくら……大丈夫、だから……」

「大丈夫なわけないでしょっっ!!!!」


 その時、ガチャリと扉が開かれる。


「章さん!! さくら!! どういう状況だ!!」

「凛ちゃん!! やっと来たね!!」


 ……誰の声だ? 聞いたことがない。女性の声だ。


「お腹と左肩の傷で、特にお腹からの出血がひどいの!!」

「分かった!! 先に腹をやる!!」


 ……赤髪の、少女? 俺に手のひらを向けて、いったい何を?

 すると、次第に俺の腹はほのかな赤い光に包まれる。

 ……暖かい。それに、どこか心地いい。不思議な感覚だ。


「よしっ! 次は肩だ!」


 ……左肩も、なんだか暖かく感じてきた。今、何が起こってるんだ?


「おっけ! 治ったぞ!」

「凜、ありがとう!!」

「へへ、どういたしまして」


 三人の喜んだような、そして安心したような声を最後に、俺は意識を手放した。





 やけに重く感じる瞼を開き、俺は目を覚ます。

 見慣れない木造の天井。

 ここは一体……確か、陽也と戦ってて……。

 そこで思い出したかのように布団をめくって自分の腹を見る。

 陽也との戦いで負ったはずの傷がない。腹にも、左肩にも。

 もしかして……全て夢だったのか?

 その時、ベッドのすぐ横にいる存在に気が付く。


「……さくら?」


 椅子に座って寝ている。……もしかして、ずっとそこにいたのか? ということは、やっぱり俺は怪我を?

 すると、さくらが目を覚ます。


「ん、ん~? あ、颯真? え、颯真!? やっと起きた!!」


 さくらが溢れんばかりの喜びを見せる。


「すまん、状況が分からないんだけど。俺、怪我したんじゃ?」

「そう!! 颯真の傷が酷くて本当に危なかったんだから!!」

「え? でも、傷がなくなってないか?」

「凛が治してくれたからに決まってるでしょ?」

「治す? あの傷を?」

「あれ? まだ凛のこと言ってなかったっけ? あ、じゃあ凛と章さんを呼んでくるから、待ってて!」


 そう言ってさくらは部屋を出て行った。

 改めて俺は腹の傷を見る。

 全く傷がない。触ってみても違和感とかが全くない。だが、陽也に拳銃で撃たれたときの痛みはしっかり覚えている。どういうことなんだ?

 少しして、さくらが二人を連れて戻ってくる。


「颯真君!! 大丈夫かい!?」


 そう言ったのはあきらだ。

 章はすぐに僕のそばまで駆け寄った。


「とりあえずは大丈夫そうです。体はまだ結構だるい感じですが」

「そ、そうか。良かったあ~」


 章はそのまま膝から崩れ落ちる。


「ごめんね、颯真君。僕のせいで君が危険な目に会ってしまった」

「いえ、あれは……俺のせいです」

「ーーいや、僕のせいだ。颯真君のことをもっと考えてあげるべきだった」

「そう、ですか」


 お互いに暗い顔をしていると、赤髪の少女が声をかけてる。


「二人で暗い顔してどうすんだ。命が助かったからそれでいいだろ」

「君は……」

「私か? 私は東凛。まあ一応お前の仲間だ。お前は確か、神田颯真、だよな?」

「ああ。君が俺を助けてくれたのか?」

「その通り、私が治療してやったんだ」

「ありがとう、凛」

「どういたしまして。まあ仲間だから当然だけどな」


 治療が出来る異能か。凄い強力な能力だ。彼女が見方だなんて頼もしい限りだ。


「凛、本当にありがとうね」


 さくらが言った。


「私はやることをやっただけだ」

「でも、わざわざバイトを抜け出してきたんでしょ?」

「そうなんだよ。やっぱり怒られっかなあ。……バイト先に電話しないとな」


 そう言う凛は明らかにテンションが落ちていた。


「じゃ、ちょっと電話してくるわ」


 凛はそのまま部屋を出て行った。

 俺は章に視線を向ける。


「章さん、少しさくらと二人になりたいんですが、いいですか?」

「ああ、もちろん。邪魔はしないよ」


 そう言って章も部屋を出ていき、俺とさくらだけになった。

 さくらには話しておかなければならないことがある。


「さくら、少しいいか」

「ダメ」


 ……え? 駄目?


「でも、重要なことなんだ」

「先に私の質問に答えて……颯真、なんで今日、あんなに酷い傷を負ったの?」

「敵と戦ってやられたんだ」

「章さんは颯真を戦わせないって言ってた。なのになんで颯真は戦ったの?」

「それは……章さんの役に立ちたくて……」

「なんで、そう考えちゃうのかなあ。颯真は馬鹿だよ」


 そう言うさくらの唇は震えていた。


「なんでそんな無謀な真似をするの!?」

「……いけると思ったんだ。俺の異能を使えば」

「でも、敵にやられてるじゃん!! 死にそうになってるじゃん!!」

「そう、その通りだ」

「……じゃあ、約束して。絶対に無謀なことはしないって。自分の命を大切にするって」

「……それは」

「ーー約束してっ!! それとも、約束できないの?」


 さくらはきっと凄く俺を心配してくれているんだ。だからそんなに辛そうな顔をしている。

 俺が仲間を想うように、さくらも俺のことを想ってくれている。俺はそれに答えなければならない。そんな気がする。

 俺は真剣なまなざしをさくらに向ける。


「分かった、約束する。自分の命を無駄にしない」

「絶対だよ?」


 そう言ってさくらは小指を立てて俺に差し出す。

 俺はそれに自分の小指を絡める。

 俺とさくらは何も言わず、お互いに視線を交わした。

 少しして小指をほどく。


「それで、颯真。私に話したいことって?」

「それなんだが……俺が戦った敵のことだ」

「……敵? 颯真が起きる前に章さんが言ってた。見たことがない人が敵にいたって。もしかしてそのこと?」

「そのことなんだが……俺が戦った相手は陽也。望月陽也だ」

「え……望月陽也って、あの同級生の?」


 俺は無言で頷く。

 さくらは混乱しているのか、随分と戸惑っているように見える。


「でも、なんで陽也君が?」

「分からない」

「陽也君が黒の棺ブラック・カスケットにいるってことは、陽也君も超異人ってこと?」

「多分な。だが、陽也の異能は見ることができなかった。向こうの隠し玉なのか、それとも、俺に異能を使う価値がないってことか……」


 もしそうだったら悔しい。俺はまだまだ同じ土俵にも立てていないということなのだから。


「陽也君が敵として現れることを覚悟しなきゃならないってことなんだ」

「ああ。だけどもし、陽也が弱みを握られたとかあるなら、俺は助けたい」

「……颯真は優しいね」

「そうか?」

「うん。でも、約束は忘れないでね」

「忘れないさ。自分から無理はしない」


 これからより戦いに参加することになるだろう。

 俺は強くなって、みんなを守れるようにならなければ。

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