第4話

 そよ風が草木を揺らす音が聞こえる。鳥のさえずりが聞こえる。子供が騒ぎながら道路を歩く音が聞こえる。

 俺は目を瞑り、イメージする。極限まで縮められたバネが勢いよく飛び出すイメージだ。

 目を開き、正面にある簡易的な木の的を見据える。右腕の肘を後ろに突き出し、俺は勢いよく拳を的に向けて放つ。

 的はバキッと大きな音を立てて割れる。

 改めて思うが、俺の異能はとんでもない力を秘めているな。恐らく、これを使えば簡単に人を殺すことが出来てしまう。

 上手くこの異能と付き合っていかなければ……。

 後ろから板材の軋む音が聞こえ、振り返る。すると、庭に面した廊下を歩いてくるさくらの姿があった。手には一つのお盆を持っている。

 

「大分勝手が分かってきたんじゃない?」

「何となく感覚は掴めてきた気がする」


 俺は先程放った拳を見つめながら言う。


「まあでも、実践で使えるにはまだまだ練習が必要そうだね」

「そうだな。このままじゃ俺は役に立てない」

「ゆっくりで大丈夫だよ。焦って体を壊したら元も子も無いからね。休憩しよ?」

「ありがとう、さくら」


 俺は今、さくらの家に来ていた。有名な家系なのか、随分と広く、古風な屋敷だ。庭も十分に広く、俺が異能の訓練をするには最適だった。

 さくらは廊下に座り込み、お盆を置く。俺はお盆を挟んでさくらの隣に座る。

 お盆には湯飲みに入ったお茶と茶菓子があった。湯飲みを手に取り、お茶を一口飲む。


「熱いな、これ」

「冷たい方が良かった?」

「いや、これでいい。水は別に持ってるし」


 俺はさっきまで訓練をしていた庭を眺める。


「正直、俺は自分の異能が使えるようになる気がしない」

「そうなの?」

「ああ。力の制御が難しいんだ。制御に失敗するとすぐに体が動かなくなってしまう」

「最初は皆そんなものよ。私もそうだったしね」

「え、そうなのか? てっきりさくらが最初から異能を使えるものだと」

「全然。最初はダメダメだったなあ」


 さくらは過去を思い出すかのように遠くを見つめる。


「私は幼い頃から異能を扱う訓練をしてたから。それに今もお爺さまに比べたらまだまだよ」

「さくらのおじいさん、そんなに凄いんだな」

「凄いどころじゃ無い。お爺さま以上に異能の扱いに長けた人を私は見たこと無いわ」

「それはとんでもないな」


 さくらはよほどおじいさんを尊敬してるんだろうな。口ぶりから何となく分かる。


「さくらが学校に転校してきた日さ、奇抜な見た目の女性と戦っただろ? あれが”黒の棺ブラック・カスケット”なんだよな?」

「ええ、そうね」

「俺、またあいつと戦う可能性があるのか?」

「もちろん、可能性はあるわ。”黒の棺ブラック・カスケット”の他のメンバーと戦うかも知れない」

「そうか……」


 俺はそう言って目を伏せる。


「どうしたの?」

「いや……俺さ、あの戦いの時、相手を殺したんじゃ無いかって思ったんだ。あの感覚が何となく、忘れられなくて」

「それが普通よ。でもね、そこは割り切らないといけない。敵は罪の無い人を何人も殺している。それは絶対に許してはいけない」

「そうだよな……割り切らないとな」


 さくらの言っていることは分かる。当然敵となれば戦う必要があるし、生死にも関わってくるだろう。

 でも、やっぱりまだ割り切れない気がする。


「なあ、もっと平和な方法はないのか? 話し合いとかさ」

「……ねえ、”白の誠実ホワイト・ホーネスト”と”黒の棺ブラック・カスケット”が敵対し始めたのはいつ頃からだと思う?」

「いつ頃? そうだな……数年前とか?」


 さくらは首を横に振る。


「百年だよ」

「え? 百年?」

「大体ね」


 予想外な年数に俺は驚く。


「そんなに戦いが続いてるってこと?」

「そう。まあ実際は膠着状態が続いたりしてるから四六時中戦っていたわけではないけど」


 そんなに長い歴史があるなんて信じられない。


「だからもう後戻りは出来ない。平和的解決は多分、過去に戦ってきた人達に顔向けが出来ない。だから戦うしかないと私は思う」

「そうか……」 


 俺は顔を伏せる。

 さくらは平和的解決は無理だと言っているのだろう。

 確かに後戻りは出来ないのかもしれない。でも、まだ心の中でわだかまりがある。

 俺が顔を上げると、さくらと目が合う。


「大丈夫。私が側にいるから」


 そう言ってさくらがニコリと微笑む。


「……ありがとう、さくら」


 同級生の味方がいるのは素直にありがたい。

 よしと思って訓練を再開しようとした時、すぐ後ろの障子がガラッと開けられる。


「おっ、さくらもいたんだ」


 男性特有の低い声が聞こえ、視線をそちらに送る。

 四十代くらいだろうか。スーツ姿で、白髪を後ろに流している爽やかな男性だ。左目に怪我を負ったのか、眼帯を付けている。眼帯は黒を基調としており、バラの形の刺繍が施されていてお洒落な眼帯だ。

 さくらはぺこりと軽い会釈をする。


「こんにちは、あきらさん」

「こんにちは。するとそっちの男の子が颯真君、かな?」


 章と呼ばれた男性がこちらを見据える。


「初めまして、神田かんだ颯真そうまです」

「僕は藤本ふじもとあきら、颯真君と同じ超異人ちょういじんだよ。よろしくね」

「よろしくお願いします。……超異人ということは、俺は章さんの仲間ということですか?」

「そういうこと。仲間におじさんがいるのは変かな?」

「ああ、いや、そういうわけじゃ……」


 俺が戸惑っていると、さくらが口を開く。


「章さん、今のはちょっと意地悪じゃないですか?」

「ごめんごめん、そういうつもりじゃなかったんだけどね。実際に僕はおじさんだし」


 そう言うと章は俺の側にしゃがみ込み、ポケットからスマホを取り出して画面を俺に見せる。


「颯真君、この画面に映っているの、誰だと思う?」


 スマホの画面には一人の少女が写っていた。小学生くらいだろうか。元気な笑顔をこちらに向けている。


「……章さん……犯罪はさすがに……」

「ちょちょちょ、違うって!? 僕、ロリコンじゃないよ!?」

「え? ……ということは、娘さんとか?」

「そう!! 僕、実は結婚してるんだよね」

「既婚者だったんですか! それ、凄くいい写真ですね」

「颯真君は分かってくれる? 僕の娘ね、知鶴ちづるって言うんだけどね、すっっっっごく可愛いの!! もうこの写真じゃ伝わらないくらい可愛くて!!」

「そ、そうなんですね……」


 章の勢いに気圧され気味になっていると、さくらが章に声をかける。


「章さん、いつもの悪い癖が出てますよ」

「えっ!? でも、本当に可愛くて……」

「それは分かりました。ですけど、颯真に用があるんじゃないんですか? 主に依頼の件で」

「あ、そうだった」


 そう言って章はこちらに向き直る。


「娘についてはまた込んだ話そっか。それで颯真君に用事があるんだよね」

「用事、ですか?」

「そうそう、ちょっと失礼するね」


 そう言って章は俺の隣に座る。


「颯真君、実はちょっとした組織の仕事があるんだけど、良ければ僕と一緒に仕事を受けない?」

「依頼?」


 俺は首を傾げる。


「まあ突然だから何も分からないよね。仕事の概要はね、とある人の監視、護衛だ」

「えっと……」


 そう言いながら俺はさくらに視線を送る。


「依頼を受けていいんじゃない? 章さんは凄く頼りになるからね」

「僕、そんなに頼りになるかな? それで、どうかな、颯真君」


 俺は「う~ん」と唸ってみせる。

 さくらが大丈夫って言うなら依頼を受けても良いかな。でも、不安なこともある。


「章さん。俺、まだ異能が上手く扱えないのですが……」

「ああ、大丈夫大丈夫。ほとんどは僕がやるから、どちらかというと見学に近くなるかな? まあ不測の事態が起こる可能性はあるけどね」

「……分かりました。俺、仕事を受けます」

「そう言ってくれて良かったよ。あ、仕事は今週の土曜なんだけど大丈夫?」

「今週は空いてます」

「よし、じゃあ頑張ろう! えい、えい、お~!」


 そう言いながら章が拳を上げたので、俺も遅れて拳を上げた。

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