第5話

 週末の土曜日。僕は自分の部屋で目を覚ます。

 時計を見る。七時か。いつも通りの時間だ。

 ベッドのすぐ横に置かれたスマホを手に取る。電源を付けると、通知が一件入っていた。


「……何だろう?」


 どうやらメッセージのようだ。チャットアプリを開く。泰三たいぞうさんからだ。そう言えば以前に連絡先を交換したな。


「十時に駅前集合? え、今日?」


 唐突すぎる。昨日の深夜に送られてきてるし。

 ……まあ、特にやることもないし、行っておこうかな。

 そう思って起き上がり、階段を下りて洗面所で顔を洗ってダイニングに向かう。

 扉を開けると、母親と父親の姿があった。二人とも食事を取っている。

 僕が「おはよう」と言うと、二人からも同様に挨拶が返ってきた。

 食事は既に用意されているようで、僕は椅子に座って食事を始める。


「陽也、今日は用事あるの?」


 母親から問いかけられる。


「うん、急に用事が入った」

「あら、珍しいわね」

「まあね。あかりは?」

「まだ寝てるわ。全く、陽也と比べてあかりはだらしない」


 すると父親が「まあまあ」とフォローを入れる。


「今日は土曜だし、別に起きるのが遅くてもいいじゃないか」

「それはそうだけど……」


 いつもの事だ。

 あかりは起きるのが遅い事もあるが、両親によるとどうやらあかりは僕を嫌っているらしい。その影響もありそうだ。別に僕はあかりのことは嫌いじゃ無いし、あかりが僕を嫌う理由も分からない。


「陽也、学校生活はどうなんだ?」


 父親と目が合う。


「いつも通りだね」

「そうか」

「あ、でも最近学校とは別でちょっとした活動に参加してるんだ。今日の用事もそれ」

「ほう、上手くやっていけそうなのか?」

「今のところは大丈夫そう」

「それは良かった」


 父親がうんうんと頷く。


「……今度、家族でどこかに行かないか?」

「どこかに?」

「ああ。母さんとも少し話してな。旅行とまでは行かなくても、遊園地や水族館、外食をするだけでもいい。どうだろう?」


 そういえばここしばらく家族で何かをするってことは無かったな。たまにはそういうのもいいかもしれない。


「僕はいいんだけど、あかりはどうだろう? あかりは僕のこと嫌ってるみたいだし、僕がいたら来なさそうだけど」

「そうだな……人間関係は色々と難しいからな……一応あかりにも後で聞いてみるか」


 そう言うと父親は目を細めてテレビの方に視線を向ける。

 テレビはニュース番組を写していた。





 食事を終え、身支度を整えて外に出る。

 まだ時間は大分早いけど、まあ散歩でもすればいいか。そう思って道路をぼうっと歩いていく。

 休日の早朝ということもあってか、人通りは比較的少なく感じる。

 しばらく歩くと、左手に公園が見えてくる。

 ただ何となく公園に足を踏み入れる。すると、目の前には茶色い猫がいた。

 猫はぐだっとした様子で地面に横たわっていた。

 近くに寄ると、猫の体から出血したのか、全身に血がこびりついており、右前足は不自然な方向に曲がっていた。

 車にでも轢かれたのだろうか。呼吸は大分荒く、今にも死んでしまいそうだ。

 僕はそっと猫を抱えてベンチに座り、膝に猫を乗せる。

 そっと猫の体に手を触れる。胸の鼓動はとても弱々しい。僕は自身の手で猫の鼓動を感じ続けた。


「お前、何をしてんだ?」


 突然の声にびくりと体を震わせて顔を上げると、そこには一人の少女がいた。

 髪が赤い……あと、ギザ歯だ。初めて見た。

 少女はジャケットのポケットに手を入れて仁王立ちになる。


「その猫、死にそうじゃねえか」


 ……やっぱりギザ歯だ。


「ぼーっとしてんじゃねえよ」

「あ、ごめん」

「ちょっとその猫を見せてみろ」


 そう言うと少女はしゃがみ込み、猫をじっと見つめながらそっと触れる。少女は「使うしかないか」と呟くと、両手を猫にかざした。

 すると、猫の周囲を赤色の淡い光が包み込む。

 ……ん? 今、何が起きてる?


「お前、動くんじゃねえぞ」


 少女に言われた通り、微動だにせずに待つ。

 やがて猫の前身にあった傷は塞がっていき、折れていたであろう右前足も元通りになった。

 猫は目を覚ますと、驚いたように目を見開きながら首だけを振って周囲を見る。


「え、凄っ。あの傷で復活した?」

「猫の生命力って凄えな。え~っと、確かあれがあった気がするな……」


 少女は「ちょっと待ってろよ~」と言いながら肩にかけていたバッグに手を入れて何かを探し始める。


「お、あった」

「それって……」

「ちゃーる。こいつを与えちまえば猫なんてイチコロよ」


 そう言って少女は猫にちゃーるを与え始める。

 この人、何でそんなものを持ってるんだ?

 やがてちゃーるを食べ終えた猫はそのまま僕の膝の上で丸まって寝始めた。

 凄い自由な猫だな。まあ僕も嫌ではないからいいんだけど。


「猫、好きなのか?」


 少女が聞いてくる。


「別に、好きでは無いかな」

「そうか。じゃあお前は優しいんだな」

「え、僕が優しい?」

「死にかけの猫が見捨てられなかったんだろ?」


 いや、そういうわけじゃ無いんだけど。


「て言うか、さっきの光は?」

「え、光? そ、そんなのあったか?」

「さすがにそれは無理があると思うんだけど……」

「あ~、えっと……二人だけの秘密な?」


 そう言って少女は自分の口の前に人差し指を立てる。


「まあ秘密って事でいいけど、結局なんなの?」

「ありがとうな。私さ、実はちょっとした特殊能力を持っててな、それを使ったんだ」

「傷を治すの? 凄い特殊能力だね」

「あれ、思ったより驚かないんだな」

「そうかな?」


 少女はきょとんとした表情を取るが、「ま、いっか」と言って僕の隣に座る。

 少しばかり猫を見つめた少女は猫の背中を撫で始める。


「私、猫が好きなんだ」

「へえ。だから猫を助けたの?」

「そんな感じ。まあ猫じゃ無くても助けてただろうけど」

「何で?」


 僕の言葉に少女は首を傾げる。


「助けたいって思うのはそんなに変か?」

「……いや、多分、変じゃないと思う」


 彼女は多分、僕の妹に似てる。性格とか全然違うけど、動物に対する接し方が僕と根本的に違う。何故だろう。

 分からない。……そうだ、分からないなら聞いてみれば良い。


「僕は分からないんだ。生き物を助けたいって気持ちとか、生き物が死んだら悲しいとか、そういう感情が分からない」

「おいおい、厨二病かよ。でも、それが本当なら……それは悲しいな」

「悲しい?」

「ああ。例えばだけど、自分のペットが怪我をしちゃったら私はとても辛いし、死んでしまったら数日は立ち直れないと思う」


 少女は「だけど」と言って続ける。


「だからこそ、私は生き物が好きになれる。人に対してもそうだけど、沢山相手の事を考えて、よりその相手の事が分かる。それって良くない?」


 面白い考え方だな。

 昔、ペットの犬が死んだことがあったっけ。あの時、妹のあかりは凄く悲しんでいた。もしかしたら今少女が言ったようなことをあかりも思っていたのかもしれない。


「面白い考え方だね。でも、多分僕にはまだ理解出来ないかな」

「まあ、ゆっくりでも良いんじゃねえの? あ、じゃあさ、ここでまた私と話そうぜ。私が優しさや思いやりを教えてやるよ」


 少女はニヤリと笑いながら言う。

 あれ、何でそんな話になるんだ?

 ……まあ、別に良いか。


「私はあずまりん。お前は?」

「えっと、望月もちづき陽也ようや

「陽也ね。私と陽也は今日から友達だ。よろしく」

「あ、友達なんだ。まあ、よろしく」


 そんな挨拶を交わして僕は凜と握手を交わした。

 すると凜は何かを思い出したかのように慌ててポケットからスマホを取り出す。


「あっ、ヤバい!! バイトがあるんだった!!」


 そう言って凜は勢いよく立ち上がる。


「じゃあな、陽也!!」

「うん、じゃあね」


 凜はそのまま走って公園を出て行った。

 それを見送って自分の携帯を取り出す。

 結構時間が経ってるな。僕もそろそろ行かないと遅刻をしてしまう。

 ……膝の上で寝てる猫、どうしよう。

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