第3話

 てぃあら達と出会った翌日。

 授業があったので僕は学校に行った。

 さくらは平然とした様子だったが、颯真は戦いの疲労があるのか、終始ぐったりしている様子だった。

 特に僕から彼らに話しかけることはない。いつものように過ごすだけだ。

 やがて今日の授業が終わり、僕は足早に教室を出る。

 今日はそのまま帰って家でのんびりをしようかと考えながら校門を出ると、帰路に真っ黒なフードを被った誰かが立っていた。

 何か不審者っぽいな。そう思いながら横切ろうとしたとき、フードの誰かに肩を掴まれる。


陽也ようや、アジトに行こ」


 聞き覚えのある声。顔を覗くとそこには大量のピアスと虹色の髪。


「なんだ、てぃあらか。何で顔を隠してるの?」

「何となく。ほら、さっさと行くよ」


 何となくって……。

 するとてぃあらに手を引かれ、僕は早足に歩いて行った。


「アジトで何をするの?」

「授業! 陽也って私達のこと何も分からないでしょ?」

「まあそうだけど……もしかして、てぃあらが教えるの?」

「そんなわけ無いじゃん。めんどくさい」

「あ、そうなんだ」


 僕はほっとしたように息を吐く。

 てぃあらはめちゃくちゃなことを教えてきそうだからとりあえず良かった。


「ということは、教えてくれるのって竜一郎さんとか?」

「ううん、泰三たいぞうだよ」

「泰三?」

「ほら、昨日アジトの隅にいた人」


 僕は「ああ」と呟く。

 そういえばそんな人もいたな。全く話してないけど、どんな人なんだろうか。

 てぃあらがいる組織だし、やっぱり変な人なのだろうか。

 そんなことを考えているとてぃあらが声をかけてくる。


「ねえ、陽也。学校って楽しいの?」

「え、急に何? てぃあらも学校に行ったことぐらいあるでしょ?」

「ほとんど行ったこと無いよ」

「あ、そうなんだ」


 まあ、確かにこんな人が学校にいるなんて想像できないな。


「で、どうなの? 学校」

「う~ん、ただ勉強するだけだよ。そんなに楽しいところじゃないと思う」

「え~そうなの? もっとキラキラしたイメージなんだけど、つまんな」


 てぃあらが退屈そうな表情を見せる。


「学校なんてそんなもんだよ」

「そっか、じゃあ学校に行かなくて正解かも」

「いや、正解じゃあ無いでしょ。学校に通っとかないとまともな就職先に行けないだろうし」

「うるさい、私は自由に生きるの」


 自由って、いくら何でも自由すぎるでしょ。

 そんなことを考えながらアジトに向かった。





 昨日と同じボロボロのビルに着き、僕とてぃあらは中に入る。

 てぃあらが扉を開けて部屋に入り、僕もそれに続く。すると、部屋には二人の男女の姿があった。

 一人は昨日見た四十代くらいのおじさんだが、もう一人は初めて見る女性だ。

 透き通るような銀髪が特徴的で、まつげが長く、人形のように顔のパーツが整っている。

 あまりの美しさに驚き、僕は目を丸くする。

 女性はソファの隅に座っており、てぃあらがどかりとその隣に座る。


理世りせ~おはよう!」

「……おはよう」


 てぃあらの挨拶に女性が静かに答える。

 僕がぼうっと彼女らを見ていると、理世と呼ばれた女性と目が合う。


「……何?」

「いや、初めて見る人だなと思って」

「あっそ」


 なんて言うか、随分と冷めた人だな。そう思っていると、てぃあらが口を開く。


「理世は人見知りだからね~。ほら陽也、隣座りな」


 てぃあらがポンポンとソファを叩くので、とりあえず僕もソファに座る。

 理世、てぃあら、僕の順番だ。ソファはそこまで大きくないので肩とかがぶつかる。なんか肩がぶつかるの嫌だな。

 ソファに座った僕達を見たおじさんが口を開く。


「……ゆうは来ないのか?」


 てぃあらが返す。


「あいつ、今京都にいるんじゃないっけ?」

「相変わらずだな。まあいい、じゃあ始めるか」


 そう言っておじさんは僕に視線を向ける。


「初めまして。俺は木村きむら泰三たいぞうだ。組織"黒の棺ブラック・カスケット"の副リーダーをやっている。異能は認識阻害。俺の異能は少しばかり複雑だから説明はそのうちな」


 てぃあらが言ってたのはこの人か。

 そう思いながら僕も自己紹介をする。


「えっと、望月もちづき陽也ようや。高校二年生です……異能も言った方が良いですか?」

「可能なら言うべきだ」

「はい。異能は多分、自分の痛みを軽く出来ます」


 僕の言葉にてぃあらが「は?」と言って返す。


「そんだけ?」

「うん」

「え、え!? 嘘っ!? めちゃよわじゃん!? そんな雑魚異能、始めて聞いたんだけどっ!? ぷふっ、ヤバい、何か笑えてきたんだけど!?」


 てぃあらが腹を抱えてうずくまる。酷い反応だな。ていうか、僕の異能やっぱり弱いんだ……。

 僕が呆然としていると、泰三が口を開く。


「てぃあらと理世も自己紹介をしろ」

「そ、そうだよね。わ、私も、ぷふっ、自己紹介を、くひひ、しないと」


 さすがに笑いすぎじゃない?

 てぃあらは深呼吸をして落ち着きを取り戻す。


「名前は前にも言ったけど、私は五十嵐いがらし愛羅てぃあら。異能はチョキチョキ!」


 そう言っててぅあらは懐から大きめのはさみを取り出してぶんぶんと振り回す。

 え、この人、普段から刃物を身につけてるの? ていうか振り回さないでくれ。危ないから。


「このはさみで何でも切る! 最強! はいっ、次は理世!」


 そう言ってはさみの先を理世に向ける。怖っ。

 理世はちらりと僕を見てすぐに視線を外す。


「……小鳥遊たかなし理世りせ


 ……あ、それだけなんだ、自己紹介。

 泰三は僕達の様子を見てうんと頷くと、部屋に置かれていたキャスター付きのホワイトボードを僕達の前まで運ぶ。


「よし、じゃあこれからこの組織に関することを説明するぞ。陽也は組織のことを何も知らないだろうからな」


 そう言って泰三はペンでホワイトボードに文字を書き始める。

 そう言えば僕はその場の雰囲気で仲間入りしたけど、一体何をする集まりなのか全く知らない。

 ホワイトボードにはでかでかと”黒の棺ブラック・カスケット”の文字が書かれる。


「まず、俺達の組織の名前はこいつ、”黒の棺ブラック・カスケット”。俺達の目標は超異人が中心となる日本社会を作ることだ。」


 あれ、何か思っていたより壮大な目標だな。もしかして、とんでもないところに入ってしまったのか?

 泰三は続ける。


「基本的には裏の仕事を請け負うことで資金を工面している。暗殺や麻薬関係諸々だ」


 僕はその言葉を聞いて怖ず怖ずと手を上げる。


「もしかして、僕もそういうことをするんですか?」

「組織のメンバーになったからには当然やってもらう」

「そうですか……」


 僕の反応が面白かったのか、てぃあらがちょっかいをかけてくる。


「何、もしかしてびびってるの!?」

「そりゃあびびるよ、暗殺とかやったことないし。警察に捕まるとか嫌だよ」

「ふ~ん、そっちにびびってるんだ」

「そっちってどういうこと?」


 するとてぃあらは「教えな~い」と言ってそっぽを向いてしまった。

 何なんだよ、もう。


「さて、俺達の組織はいわゆる世間的によろしくないことをしているわけだが、当然俺達に目を付ける存在もいる」


 そう言って泰三はホワイトボードにペンを走らせる。


「”白の誠実ホワイト・ホーネスト”だ。彼らも超異人が中心となったグループで、今のところ一番の敵対組織だな。俺達が仲間に取り入れようと狙っていた高校生の超異人も恐らくそっち側に行っただろう」


 てぃあらは「昨日私が負けた相手だっ」と口ずさむ。

 颯真とさくらの事だろう。ていうか、てぃあらを行かせたのは明らかな人選ミスなのでは? てぃあらにそのまま付いてくる人間なんてそうそういない気がする。

 泰三は続ける。


「”白の誠実ホワイト・ホーネスト”との関係には長い歴史がある。それこそ百年以上の歴史がな。そのため、今の俺達の目標は”白の誠実”らを抹消、もしくはしばらく再起不能にすることだ」


 抹消って事は、皆殺すって事か? それはまた大変そうだな。

 すると、てぃあらが手を上げる。


「ねえっ、私らの組織って百年以上もあるの!? 凄くない!?」


 その言葉に泰三は眉を顰め、理世は「前にも聞いたでしょ……」と口ずさむ。

 泰三はため息を吐きながら「確かに凄いな……」と言う。



「まあ、歴史より先に話しておく事がある。陽也、お前は超異人、そして異能についてどこまで知っている?」

「え? 超異人は凄い能力を持っているということぐらいしか……」

「その凄い能力はどのくらい凄いんだ?」

「……分からないです」

「よし、じゃあそこら辺も説明しておこう。理世、手頃なサイズの氷を出してくれ」


 そう言うと理世は「ん」とだけ言い、手のひらを上に向ける。

 すると、何も無いところから突然冷気と共に透明な物質が生成される。

 氷……あれが理世の異能か。そう思っていると、理世が僕に向かって氷を投げてくる。

 僕は素手で氷を受け取ると、びっくりする程の冷たさに思わず「うぇっ!?」と変な声を上げて氷を落としてしまう。

 それを見て泰三が口を開く。


「陽也。お前、理世の異能は氷を出すことだと思っただろう?」

 

 僕はこくりと頷きながら服の袖を使って落ちた氷を拾い上げる。

 それはあまりにも冷たく、袖越しでも長くは持っていられないと思うほどだった。


「理世の異能はただ氷を出すことでは無い。氷よりも温度が低く、並の炎では溶けない氷のような物質を出すことだ」

「それは……凄いですね」

「ああ、そうだ。俺も詳しくは分からないが、それは物質の基本的な法則からは外れているらしい。つまり、通常では起こりえない事象を引き起こすことが出来る能力、それが異能だ」


 なるほどと僕は思う。今まで異能の事をあまり知らなかったが、想像以上に凄いものなのかも知れない。でもそう考えると僕の能力は異能って言えるのか? 

 ……いや、今それを考えるのはやめておこう。何か凄く惨めな気持ちになりそうだ。


「俺達、特にリーダーの竜一郎は超異人が国のトップに立つべきだと考えている。今はまだ目立っていない超異人だが、一人で世界の歴史を変える奴もいるはずだ。今はSNSも普及し、まだ表に出ていない超異人がいずれ現れるだろう」

 

 泰三は堂々とした様子で言葉を続ける。


「今こそ、超異人の為の国を作るべきだ。そうしなければ国が、世界が必ず超異人に対して何かしら策を講じ、俺達はまともに生きていけなくなる。それは防がなければならない……まあ、少し熱くなったがそういう事だ」


 泰三の言葉にてぃあらは感心した様子で拍手を送る。


「拍手は要らないんだが……で、陽也。今の話を聞いてどう思った? ここで活動したいと思ったか?」

「えっと……別に、特段ここにいたいとは思いませんでした」


 僕の言葉に泰三は一瞬、驚きの表情を見せるが、すぐにいつもの顔に戻る。


「ふっ、そうか」

「まあでも、とりあえずこの組織にはいようと思うので大丈夫です。まともに生きられなくなったら嫌ですし」

「何が大丈夫なんだろうな……だが、下手に俺の話に感心するより、陽也のように自分を持った方が良い。大義名分はあるが、俺達のやっている事は悪だからな」


 そう言う泰三はどこか遠い目をしているように感じた。

 まあ確かに、警察に捕まるような事をしているわけだし、悪い事ではあるのか。

 すると、てぃあらがわくわくした表情で言う。


「なんか悪って格好いいね!」

「う~ん、そうかな?」

「何か暗躍してるって感じがするし、いいじゃん!」


 僕がはてなと首を傾げていると、理世が口を開く。


「私は善悪とかどうでもいいけど」


 結構皆考え方が違うんだな。

 それからは組織の歴史などを説明された。

 僕と理世は泰三の話を真面目に聞いていたが、てぃあらは途中から寝ていた。僕の方に体重を乗せてきて少しばかり鬱陶しかった。





 やがて泰三による座学は終わる。


「陽也、最後に渡すものがある」


 そう言うと泰三は僕に右手を差し出す。少しして僕は泰三の右手に一丁の拳銃が握られていることに気づく。

 あれ? いつから拳銃が握られていたんだろう?


「今の陽也に攻撃手段がないからな。これくらいは持っておけ」

「えっと……ありがとうございます」


 僕はそう言って拳銃を受け取る。

 初めて触った。結構ずっしりしてるんだな。


「じゃあ俺は用事があるから先に失礼する」


 そのまま泰三はアジトから出て行った。アジトには僕と理世、そして僕の肩に頭を預けて眠っているてぃあらだけになる。

 それからしばらく会話をすることは無かった。外を走る車の音や鳥のさえずり、てぃあらの寝息などが聞こえてくる。理世はソファの肘掛けに肘を乗せ、じっと窓の方を見つめていた。 

 僕は特に話すこともないので何もせずにぼうっとする。

 刻々と時間だけが過ぎていく。やがてしびれを切らしたのか、理世が口を開く。


「帰んないの?」


 僕が何も言わずにいると理世が「聞いてる?」と言い、そこで自分に話しかけていることに気づく。


「別にどっちでも良いけど……帰った方が良い?」

「勝手にすれば?」

「じゃあ好きにするね」

「あっそ」


 しばらく間を置き、理世は続ける。


「あなた、てぃあらに好かれてるね」

「え、そうなの?」

「仲良いでしょ?」


 まあ確かに、仲が良いと言えば良いのかな? 自分はそんなつもり全く無かったけど。

 会話はそこで終わり、再び静寂が周囲を包む。


 しばらくして窓の方を見ると、外はすっかり暗くなっていた。

 僕はてぃあらの肩を揺すって起こしてやる。


「ふやぁ? んぇ?」


 てぃあらは寝ぼけながら薄く開いた目を擦る。


「あ、理世、陽也。おはよう」


 理世は「おはよう」と返事をし、僕もそれに続く。


「おはよう。僕は帰るから」


 そう言って僕はソファから立ち上がる。


「えぇ、もう帰るの?」

「うん」

「そっかぁ、じゃあね」


 てぃあらは眠そうな顔で手を振る。それを見て僕はアジトを出た。

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