第2話

 颯真とさくらが去って幾ばくか時間が経った橋下の河川敷。

 橋を渡る車の音や川を流れる水の音、雑草を揺らす風の音が響き渡る。

 その中で僕は、岩陰からひょいと顔を覗かせる。


「とんでもない所を見ちゃったな……」


 颯真とさくらのクラスメイトである僕は先程戦いが起こった場所を眺めながら呟いた。

 彼らの戦いを最初からこっそり見てしまった。そんなことに些かの罪悪感を覚える。


「まさかこんな所でバトルが始まるとは思わないでしょ……」


 僕は元々、この場所に一人でいるのが好きだった。

 ただじっとして自然の音を聞いたり、スマホを弄ってたりするのが日課のようになっていた。そんな時に当然颯真らが来て、思わず岩陰に隠れてしまった。

 超異人ってあんな凄い戦いをするんだな。


「……僕以外の超異人、初めて見た」


 そう言って僕は歩き出す。颯真とさくらが歩いて行った道とは逆の方向に。

 しかし、僕は家に向かっているわけではなかった。

 僕は道を歩きながらキョロキョロとあたりを見渡す。小さい道も、物の陰になって隠れている場所も、なるべく丁寧に。

 そうしながら歩き、僕は目的の人を見つける。小さな路地裏だ。

 僕はそのまま路地裏を進んでいった。

 やがて僕は、ボロボロになりながら壁にもたれかかる、一人の女性の前に立つ。

 その女はカラフルな髪色を持ち、耳や唇にピアスを付けている。

 近くで見ると凄い見た目だなと、そう思いながら僕は女の前でしゃがみ込む。

 女は僕の事をジロリを睨み付ける。


「君、誰?」

「……望月もちづき陽也ようや。さっきの戦いを見てて凄くボロボロになってたから、大丈夫かなと思って」

「は、キモっ。正義面する奴かよ。どうせ私の体目当てなんだろ。死ね、ゴミ」


 うわあ、凄い暴言。とんでもない人だな。

 僕は暴言を無視しながら口を開く。


「でも、動けないんじゃない? 僕の助けがあった方が良いと思うけど……」

「偽善を振りまくな、気持ち悪い。そんなに私が可哀想か?」

「うん。さすがに目の前で人が傷つくのは見てて気持ちいいものじゃないし」

「おえっ、最悪。私が一番嫌いなタイプだわ」


 女は侮蔑の目を俺にぶつけ、言葉を続ける。


「私さ、実は人を殺したことがあるんだ」

「え、人を?」


 殺人者なんだ。初めて見た。


「恨みがあったとかそういうんじゃなくて、ただ依頼を受けたから人を殺したんだ」

「そんな依頼があるんだね」

「そう。ただの人殺しである私を助ける事なんて出来ないよね? だって君は正義の為に行動してるからね?」

「別に、君が何をしてても僕に関係ないと思うけど……」


 僕の言葉に女は眉を顰める。


「……君って、もしかして普通じゃない?」

「どうだろう? 普通だと思うけど」


 僕がそう言うと、女はにやりと笑った。


「嫌いなタイプって言ったけど、それ嘘。私の好きなタイプかも」

「そうなんだ」


 すると、女は「ん」と言いながら両手を広げてくる。

 僕が首を傾げると、女は「おぶれ」と一言言った。


「あ、うん」


 僕は大人しく女に背中を向け、女をおぶった。


「ほら、優しく運んでね。私、怪我人だから」

「なるべくね。で、どこに行けばいいの?」

「まっすぐ行って」


 女の指示通りに歩き出す。 

 ……何か、凄く良い匂いがするな。胸が僕の背中に凄く当たってるし、ショートパンツだから女の太ももに僕の手が直に触れている。

 

「ねえ」

「ん?」

「もしかして、私のおっぱいの感触、味わってる?」


 あ、気づかれてる。どうしよう……。


「太もももしっかりと触れてるけど、そっちのことも考えてる?」

「でも、おぶるなら仕方なくない?」

「どうせ頭の中では私を犯すことしか考えてないんでしょ? いいよいいよ、妄想するのは自由だしね」


 それからも女は言葉を続けた。

 とんでもない下ネタがひたすらに飛んできて、俺はひたすらに顔を歪めた。

 ……下ネタがキツすぎる。多少の下ネタならなんとも思わないが、度が過ぎるとどうしても嫌悪感を抱いてしまう。僕、この人嫌いかも知れない。


「あの、名前はなんて言うの?」


 僕が話題を変えようとすると、女の肘が僕の後頭部にガチンとぶつけられる。

 普通に痛いんだけど。


「私が年上だから敬語ね」

「え? でも、あまり年上感がない……」

「君、高校生でしょ。じゃあ私が年上」

「そ、そうなんだ。何歳?」


 再び女の肘が後頭部に入る。


「話聞いてた? 敬語」

「え、なんか嫌だなあ」

「ふ~ん、そっか。ますます気に入ったかも」


 女は「敬語じゃ無くて言いよ」と呟く。訳が分かんないんだけど。


「……陽也ようやだっけ?」

「うん」

「私は五十嵐いがらし愛羅てぃあら。愛とよく分かんない漢字で愛羅てぃあらね。二十四歳。よろしくね」

「てぃあら……よろしく」


 凄い。キラキラネームだ。初めて会った。ていうかよく分かんない漢字って……。それに年齢的にちゃんとした大人だこの人。


「ねえねえ、戦いを見てたら分かると思うけど、私、超異人なんだ。どう思った?」

「凄いなって思ったかな」

「そんだけ?」

「うん。一応僕も超異人だからね」

「え!? そうなの!? すごっ、野良の超異人に会った!!」


 てぃあらが驚きの反応を見せる。


「超異人って珍しいんだね」

「そう! 珍しい! あの男を連れて行くつもりだったけど、陽也でもいいや」

「ん? どういうこと?」

「秘密っ!」


 え、ここで隠すの? ……まあいいけど。

 しばらく歩き、目的地に着いた僕達は立ち止まる。


「ここね」


 そう言っててぃあらが指さしたのは、ボロボロになった小さなビルだった。


「ここで本当に会ってる? 汚すぎない?」

「うるさいなあ。さっさと中に入っちゃお」

「う、うん」


 僕はてぃあらをおぶったままビルの中に入る。

 階段を一つ上り、扉の前で立ち止まる。


「ここ?」

「そうだよ」


 てぃあらが手を伸ばして扉を開く。

 すると、部屋の中には二人の男がいた。

 一人は正面にある一人がけの椅子に座り、もう一人は部屋の隅で壁にもたれかかりながら立っていた。


「やっほ~、帰ったよ」

「お帰り、てぃあら」


 正面に座る男が言った。

 ごく普通の青年のように見えるが、顔に黒マスクを付けており、表情を伺うことは出来ない。

 男は僕の方に顔を向けると、ひらひらと手を振った。


「こんばんは。君は?」

「えっと、てぃあらがボロボロだったからここまで運んできただけです」

「そっか。わざわざありがとうね」


 僕はこくりと会釈をしてすぐ近くにある古びたソファにてぃあらを下ろす。


「いてっ。もうちょっと優しく降ろしてよ!」

「あ、ごめん」


 てぃあらがずっと騒がしいから忘れてたけど自分じゃ歩けないほどボロボロになってたんだった。

 むすっとした表情を一瞬僕に向け、すぐ表情が戻ったかと思うとてぃあらが「竜一郎!」と叫びながら手を上げる。


「陽也を仲間に加えよう!!」

「そうか、仲間にしたいんだね。いいよ」


 え? 仲間? それに即答?

 そう思っていると、マスクの男が言う。


「君は僕達の仲間になりたいかい?」


 僕は「う~ん」と考え込む。


「なって欲しいなら、まあいいかなって感じ」

「じゃあ君は仲間だ。いやあ、メンバーが不足してたから、君が入ってくれるのは嬉しいよ」


 そう言ってマスクの男は立ち上がり、僕の前まで歩いてきて右手を差し出す。


「僕はつじ竜一郎りゅういちろう。よろしくね」

「あ、望月もちづき陽也ようやです。よろしくお願いします」


 僕は竜一郎の手を握り返した。


「どうせだしちょと話していかない? ほら、ソファに座って座って」

「え? あ、はい」


 まあ少しぐらい話してもいいかな。

 僕はてぃあらの隣に座ると、竜一郎はテーブルを挟んで僕の正面の椅子に座った。


「陽也君は高校生なのかな?」

「はい、高校二年生です」

「へえ、若くていいね。僕なんて今年で二十七だよ」

「あ、そんな年齢だったんですね。もっと僕と歳が近いと思ってました」

「そう? 若く見られるのは嬉しいね」

 

 そんなことを話しながら竜一郎の後方を見る。

 ずっと壁にもたれかかっている男がいるんだよなあ。見た目は四十代くらいに見える。まだ一言も話してないし、一体誰なんだろう?


「あ、後ろの彼が気になる?」

「え? まあ、少し……」


 竜一郎さんに見透かされている。さすがに後ろの人を見過ぎたのかも。


「無言のおじさんがいたら怖いもんねえ。彼は木村きむら泰三たいぞう。別に無口ってわけじゃないんだけど……今はちょっと疲れてるのかも」


 すると、泰三と呼ばれた男は軽く会釈をする。

 僕も会釈を返す。


「まあ近いうちに彼とも話すと思うから、彼が気になるならその時にね」

「はい、分かりました」


 別に彼と特段話したいわけでもないんだけど。

 すると、隣に座るてぃあらが口を開く。


「ねえねえ、陽也はたくさんアジトに来てくれる?」

「アジトってここ?」

「そう。ここ」

「まあ、時間はあるからそれなりに来るかもね」

「やった!」


 てぃあらは両手を挙げて喜び、それが傷に響いたのかすぐに縮こまった。


「陽也がここに来てくれるのはありがたいね。僕も泰三も結構忙しいからさ。あまりここに来れないんだよね」

「あ、そうなんですか」

「うん。てぃあらも暇してることがよくあるから付き合ってあげて」

「まあ別に構いませんが」

「ありがとう、陽也」


 人付き合いは嫌いじゃないしね。まあ気づいたら周りから人がいなくなってるんだけど。

 僕はチラリと自分のスマホを見る。

 もうこんな時間か。


「じゃあ、どうせだし僕達が何の組織なのか説明しようか」

「すいません。今日は遅いのでもう帰ってもいいですか?」

「ああ、ごめんね」


 竜一郎は腕時計に視線を送る。


「確かに学生は家に帰る時間だ。ご家族にも心配がかかるからね」

「ありがとうございます」


 そう言って僕はソファから立ち上がり、扉のドアノブに手をかける。


「またここに来ます。さようなら」


 そう言うと、てぃあらは元気よく「さよなら~」と返してくれる。竜一郎も「じゃあね」と手を振ってくれたので軽く会釈をして部屋を出る。

 それにしても、変な人達だったな。

 竜一郎さんはまだしも、てぃあらは見た目が凄いし、泰三さんはよく分かんないし。

 僕にはちゃんとした友達がほとんどいない。ただでさえそんな感じなのに、変な人と上手くやっていけるか分からないな。

 まあ、これから彼らと話す機会も増えるだろうし、そこで色々と分かってくるのかな。

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