超異人
@xsukurix
第1話
キーンコーンカーンコーン。
いつものチャイムが教室中に鳴り響く。
周囲の生徒達は次々に自身の席へと戻っていき、俺もそれにつられて自分の席に着席する。
ほとんどの生徒が席に座ってから幾ばくか時間が流れる。担任は中々来ない。いつも遅刻をしつこく言ってくるくせに当の本人は平然と遅れてくる。中々性格に難のある先生だ。
教室の窓から外を眺める。俺の席は窓側という事もあり、外の景色はよく見える。
広い校庭が最初に目に入り、それを囲むようにして生え揃う木々が視界に移る。校庭の端には野球の専用グラウンドも見える。
空は雲がほとんど見当たらない。とても良い天気だ。
そんなことを考えていると、ようやく担任が前の扉から教室に入ってくる。
「おう皆。待たせたな」
担任の言葉に生徒の返事は無い。
まあいつもの事だ。普段ならこのまま朝のホームルームが始まり、授業が始まる。
ただ、今日は少しだけ違うことがあった。
「皆には伝えていたと思うが、今日は転校生が来てる」
その言葉に教室中がどよめく。
転校生が来るとか言ってたっけ?
そう思っていると俺の前を座る友人の
「そう言えば今日だったな、転校生が来るの」
「……ああ、そうだな」
「お前、忘れてただろ」
翔に図星を突かれ、苦笑いで返す。
すると、担任は廊下の方に向かってこちらに来いと言わんばかりにジェスチャーをする。
少しして、一人の生徒が教室に入ってくる。その生徒の姿を見て、再び教室中がどよめいた。
「おいおい、とんでもない奴が来たな……」
翔の言う通りだ。
転校生は真っ黒で艶のある黒髪をなびかせながら、異常なまでに整った顔とモデルのようなスタイルを持っていた。
「本日からこちらの学校に転校しました、
そう言って転校生、もといさくらがぺこりと頭を下げると、たちまち拍手が巻き起こる。当然俺もその拍手に参加する。
やがて拍手が収まると、担任は廊下側にある一つの空席を指さす。
「
「ありがとうございます」
さくらはそう言ってゆったりとした足取りで席に向かう。歩き方にもどこか品があるように感じる。彼女は相当良い家系の人なのかも知れない。
そのままさくらはすんと自分の席に座った。
「
担任にそう言われ、さくらの隣に座る男子生徒がびくりと方を震わせた後、担任に軽く会釈をする。
「陽也の奴いいな~。あんな美女と色々とお喋りするんだろうなあ~」
翔がそう口ずさむ。
「なんだ、翔はあの人と話したいのか?」
「そんなの当たり前だろ。あれほどの美女が彼女になったらきっと毎日が楽しいんだろうな」
「そうか? 性格とかまだ分かんないだろ」
「おい、
そう言って友人の翔がぐっとガッツポーズを取る。
俺はそれを見てため息を一つ吐く。
「お前、そんなんだから彼女が出来ないんだろ」
「は、はあ!? 違うって!? 俺の魅力に他の奴が気づいていないだけだって!?」
翔の反応に俺は思わずクスクスと笑ってしまう。
「笑ってんじゃねえよ、颯真。あと、俺ガチであの子狙うわ」
その言葉に俺は苦笑いになる。
「そ、そうか。まあ頑張れよ」
「ああ。俺はやるぞ」
翔は固い決意をしたと言わんばかりの表情をしながら前に向き直る。
それ以降は特に代わり映えもなく、淡々とホームルームが進んでいった。
◇
午前中の授業は普通に進み、気づけば昼休みとなっていた。
俺はいつものようにリュックから弁当を取り出し、翔と昼食を摂っていた。
「ううっ。なんて、なんて可哀想なんだ」
翔は腕で目元を隠し、泣いている素振りを見せる。
「何が可哀想なんだ?」
「だ、だって……」
そう言いながら翔はさくらの席の方を指さす。
そこには転校生のさくらはおらず、隣の席の陽也が一人で弁当を食べていた。
「あまりにも酷すぎる!! 陽也が
翔の声が教室中に響き、他の生徒が次々とこちら、そして陽也の方を注目する。
それが不愉快だったのか、陽也はジッと翔を睨み付ける。
「な、なあ。陽也の奴、怒ってないか?」
「そりゃそうだろ!! 小鳥遊さんとお話をする権利を奪われているんだ!! 俺なら辛すぎて血の涙を流すね!!」
お前はそうだとしても、陽也は違うんじゃないだろうか。
そもそも俺や翔と陽也はそんなに仲良くないし、陽也は一人でいることが多い。むしろ一人の方が気が楽なのではないだろうか。
逆に翔に色々叫ばれている今の状況の方が陽也のとって辛そうだ。
「なあ、翔。もうやめとけ」
「は? 何をやめるんだ?」
この感じだと逆効果になりそうだ。そう思い、俺は話題を変える。
「そう言えばさ、今日のネットニュース見たか?」
「ん? まあ見たけど」
「ここら辺で殺人事件があったらしいな」
「ああ、そのことか。随分と物騒だよなあ」
翔は頬杖を突きながら続ける。
「その事件も”
「……どうだろうな」
超異人。それは人でありながら人ならざる力を手に入れた存在。世間一般ではそう言われている。しかしながら俺は超異人に出会ったことがない。そのせいか、どうにも超異人の存在に対して実感が湧きにくい。
「俺も超異人になってみたいなあ。普通の人が出来ない事が出来て、人生楽しいだろ」
「でも、少し怖くないか? 人ならざる力を手に入れるって」
「臆病になるなって。まあ、超異人なんて実際に会ったことないし、どうなんだろうな」
そんなことを話していると、さくらが他の女子生徒を会話を交わしながら教室に戻ってくる。その瞬間、教室の雰囲気が一瞬軋んだ気がした。多分翔のせいだ。なんとかならいだろうか。
そう考えながら横目でさくらを見ていると、さくらは自分の席に座らず、スタスタとこちらに歩いてくる。
何事かと思っていると、さくらは俺の前で立ち止まった。
「あなた、名前は?」
さくらと目が合う。
何が起こっているのか分からずに困惑していると、なぜか翔が先に答えた。
「俺、石井翔って言います! 血液型はB型、趣味は映画鑑賞! 以後よろしくお願いします!」
「ごめんなさい。あなたには聞いてないの」
さくらの言葉に翔は「え」と言葉を漏らし、その場にうなだれる。
翔……可哀想に。
彼女は無言でこちらを見つめる。やはり俺に名前を聞いているのか。
「……神田颯真」
「颯真君ね。はい、これ」
そう言ってさくらは自身のスマホをこちらに差し出す。
「もし良ければ連絡先を交換しましょう」
予想だにしていない言葉に教室中がざわめくのを感じる。
俺は彼女の事を知らない。今日会ったばかりだ。それなのになぜ急に連絡先を交換しようとするんだ?
そう訝しんでいると、さくらは「駄目かな?」と言ってくる。
そんな風に言われてしまうと俺も断りにくい。
とりあえず自身のスマホを取り出して俺は連絡先を交換した。
「ありがとう、颯真君」
さくらはそう言って自分の席に戻っていった。
その後、もの凄い形相になった翔に色々と詰められた。当然俺も訳が分からなかったので全然話が進まなかった。
しばらくして、さくらから一通のメッセージが来た。
俺はそれを見て眉間に皺を寄せた。
◇
それから俺はいつものように午後の授業を受けた。
授業が終わると、俺はそのまま駐輪場に向かう。
俺はサッカー部に入っているが、今日は休みだから部室に向かう理由もない。
自転車に乗り、学校の敷地内から出る。
いつもならここで自宅に向かうのだが、今日は違う。途中で道を曲がり、普段あまり通らない道を進む。
そうしてやって来たのは橋の下の河川敷。壁には落書きがされていたり地面にゴミが落ちていたりと、あまり治安は良くなさそうだ。
「確かここだよな……」
スマホを眺めながら呟くと、目の前から一人の少女が歩いてくるのが見えてくる。
「颯真君、待った?」
そう言ったのは小鳥遊さくらだ。
俺は「待ってないよ」と返事をする。
「ごめんね、会って初日に呼び出して」
「まあいいが……何でこんな所に呼び出したんだ?」
「それはね、誰もいない場所で話しておきたいことがあるからなんだ」
その言葉に俺はドキリとする。
告白ではないのは分かっている。会ったばかりだし。でも、なんて言うか、とても緊張する。一体何を言われるのだろうか。
俺は心臓をバクバク言わせながらさくらの言葉を待つ。
すると、さくらは自身の右手を前に出し、手のひらを上に向けた。
「言葉で説明するより実践する方が良いよね」
そう言うと、突然さくらの手の上で水の塊が形成される。
水の塊は形を変えながらふよふよと空中を漂う。
突然のことに俺が呆然としていると、さくらが口を開く。
「私、実は超異人なんだ。こうやって水を操ることができる」
頭が追いつかない。何故彼女が超異人なのかも、何故俺にそれを伝えたのかも、何も分からない。
そう思っていると、それを見越していたのか、さくらは言葉を続ける。
「颯真君。私ね、君が超異人じゃないか、と思っているんだ」
「……え? 俺が?」
情けない声で反応すると、さくらはこくりと頷く。
「数日前に君のことを見かけて、もしかしたらって思ったの。だからこの学校に転校してきた。ちょっと無理矢理になっちゃったけど」
「そ、そうなのか……」
「普段の生活で何か不自然な事とかは無かった?」
ここしばらくの生活を思い返してみる。
「そう言えば、学校に遅刻しそうで走ってたら、予想以上に早く学校についた事があったな」
「……そうだね。多分、颯真君の能力は身体能力の強化。そんなところだと思ってる」
「俺が……」
右手を閉じたり開いたりしてみる。
いつもと変わらない。変に握力が上がっている気もしない。
「異能はね、扱えるようになるのに時間がかかるものなの。仮に異能を持ってても、そうすぐには扱えないよ」
本当に俺が超異人なのだろうか。
いまいち実感が湧かずにぼうっとしていると、唐突にさくらが叫ぶ。
「伏せてっ!!」
俺はびくりと体を震わせてその場にしゃがみ込む。
少しして顔を上げると、俺とさくらの前に水で出来た壁が形成されており、その奥に一人の人影が見えた。
「あ~あ~、先を越されちゃったかあ~」
女性特有の高い声が響き渡る。
少しして水の壁が消え、声の主の姿が目に入った。、
露出の多い服装に、虹色に染められた頭髪。目はオッドアイで、大量のピアスが付けられている。
何より一番目立つのは、両手に持った通常よりずっと大きい二本のはさみだった。
とんでもない見た目の奴が現れたと俺は思った。
「……”
さくらの言葉に俺は首を傾げる。
聞いた事のない言葉だ。だが、さくらの様子から察するに、結構ヤバい奴なのかもしれない。
虹色髪の女は答える。
「正解っ!! 君は”
その言葉にさくらは無言で返す。
「そいつ、私達が先に目を付けてたのに、ずるい奴だなあ~」
「いいえ、私達が先よ。それにあなた達に颯真君がついて行くわけがないでしょ」
「は? お前が勝手に決めつけんなよ」
虹色髪の女がギロリとさくらを睨み付ける。めっちゃ怖い。
しかし、さくらはそれに動じることなく、右の手のひらを虹色の女に向ける。
「今すぐ去るなら見逃すわ」
「は? そのまま帰るわけ無いじゃん」
「そう。分かった」
さくらはそう言うと、虹色髪の女を囲むようにして水の壁を作り出す。
「こんなので私を捕まえたつもり?」
虹色髪の女はそう言うと、両手に持つはさみで水の壁を切った。文字通り、切ったのだ。
ありえない。水は液体で、はさみなんかで切れるわけがない。
「何でも切れることは知ってたけど、まさか水も切るなんてね」
そう言ってさくらは拳サイズの水球を作りだし、虹色髪の女に飛ばす。
女は自身に飛んでくる水球を時にははさみで切って霧散させ、時には見事に躱して見せる。
「くっ、当たらない!」
「あんたと私じゃあ経験値が違うってことだね」
そう言って虹色髪の女はそのままさくらに向かって走っていく。
あれ? このままだとさくらが危ないんじゃ?
虹色髪の女がはさみを構えながら「死ね」と呟く。
さくらが再び水を生み出そうとするが、間に合わない。
ーー気づけば体が勝手に動いていた。
虹色髪の女のはさみがさくらに当たりそうになってーー俺はその女に体当たりをした。
すると、予想以上に女は吹き飛び、無様に地面を転がった。
「何だ? い、今のって……」
「颯真君!!」
さくらの言葉で我に返り、さくらと視線を合わせる。
「いい? 多分、今のがあなたの力」
この力がみなぎる感覚。これが異能か……。
自身の力に戸惑っていると、虹色髪の女は立ち上がる。
「君達さあ……随分とやってくれるじゃんっ!!」
ヤバい。大分怒ってるぞ、あれ。
どうしようかと思ってさくらに視線を送る。
「……颯太君。私に命を預けてくれない?」
「え? 命を?」
俺は僅かに戸惑うが、さくらの目を見て彼女が本気なのだと悟る。
「……どうすればいい?」
「颯太君はまっすぐ走ってあの女を攻撃して。他は私が何とかする」
あまりにも無謀すぎる。それは作戦なのだろうか。
ただ、彼女が冗談で言っているようには見えない。
「……分かった」
「ありがとう」
そう言って俺達は虹色髪の女に向き直る。
女はイライラした表情を浮かべながら言う。
「何々? 作戦会議? 私も入れてよ」
「いえ、作戦会議は今終わったわ。あなたを倒す作戦は出来た」
「そっか。じゃあ私を楽しませてよっ!!」
そう言って女が一直線に走り出す。
「行って!!」
さくらの言葉に、俺はすぐさま走り出す。両手にはさみを持った女に向かって。
すると、俺と虹色の女の両脇に分厚い水の壁が形成される。
何だこれ。逃げ場がない、ただの一本道だ。正直、めちゃくちゃ怖い。だって、相手は刃物を持ってるんだ。
だが、足は勝手に動く。今までに感じたことのないような強い向かい風を感じながら。
虹色髪の女の殺意の込もった目が俺を見据える。
「君から殺してあげる!!」
そうして俺とその女が接触しようとしたとき、女ははさみを俺に向けようとしてーーはさみが上手く動かないことに気づく。
いや、動かないのははさみではない。腕だ。女の腕には水が絡みついており、動きを阻害していた。
虹色髪の女が動揺しているが、俺はそんなことお構いなしに接近し、右手で握り拳を作って女の腹に向けて思い切り振った。
拳は女の腹に見事に命中し、女は大きく表情を歪めて遠くに吹き飛んでいった。
俺は自身の拳を解きながら虹色の女を見つめる。女は地面に倒れたまま動く様子がない。
……まさか、俺が殺したのか?
俺が呆然としていると、後ろから声をかけられる。
「颯真君、やったね」
「……あ、ああ」
さくらは両手のひらをこちらに向ける。
「ほら、ハイタッチ」
俺は疑問に思いながら、自身の手のひらをさくらの手にぶつけて軽快な音を鳴らした。
その瞬間、どっと疲れが来たのか、その場に倒れるように座り込んだ。
「颯真君、大丈夫!?」
「えっと……色々起こりすぎてよく分かんないや」
「そっか……」
そう言ってさくらが隣に座り込んだ。
「突然色々起こって疲れた?」
「ああ……凄く疲れた」
「お疲れ様」
それから少し間を置いて、さくらが口を開く。
「私……いえ、私達はね、超異人を集めて悪い奴らを倒そうとしてるんだ……颯真君、もし良ければ私に協力してくれない?」
「悪い奴らか……俺なんかでいいのか?」
「うん、颯真君だからいいの」
「そうか……」
俺は少し考えて口を開く。
「分かった。協力する」
「ありがとう。これからよろしくね」
「ああ、よろしく」
そう言って俺はさくらと握手をした。
「それで、あの女の人はどうするんだ?」
俺が視線を移して、思わずぽかんと口を開く。
そこに倒れているはずの女がいなくなっていたからだ。
「嘘……逃げられた?」
さくらがそう言って、俺は驚きと共に安堵の息を漏らす。
「ごめんなさい、敵を逃がしちゃった……」
「追うのか?」
「いや、颯真君もあまり動けなさそうだし、やめておこうか」
その言葉を聞き、俺は体を倒して地面に寝転んだ。
雑草のちくちくとした感覚が心地良い。
すると一瞬、視線のような物を感じて俺は周囲を軽く見渡す。
「どうしたの?」
「……いや、何でも無い」
「そう、じゃあしばらく休もうか」
さくらの言う通り、俺達は雑談をしながらその場で体を休ませた。
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