05 特別任務

「クヌート閣下が私を知っているとは思えないが?」

「推薦したのは、レギーナ・フィルスマイヤー少佐だ」

「フィルスマイヤー少佐?」

「知らないのか?あの有名人を」

 ベッカー大尉は驚きを隠さなかった。

「ああ」

「まあ、それはいいが……。少佐の方は、よく覚えているそうだ、士官学校で優秀だった同期のフレンゼン候補生のことを」

「よしてくれ。こっちは軍人になり損なった落ちこぼれだ。そんな有名人に覚えてもらえるような人間じゃない」

「戦史、戦略、射撃が、同期でトップだったのは調査済みだ」

「体力がなくて、訓練について行けなかったんだ。お情けで軍には残れたけどな」

 フレンゼンは、わざとらしく肩をすくめて見せた。

「謙遜するな。それに、推薦は推薦として、軍令部長クヌート閣下がお決めになったことだ。軍人でなくても、皇国軍の一員である以上、拒否することは許されない」

「そんなことを言われてもな……」

「いい話もあるぞ。シュミット少佐に命令が下せるように、この任務中は大佐扱いになる」

「元々軍人じゃないんだ。大尉には失礼だが、肩書きなんてもらっても、さして嬉しくないさ」

「名目だけじゃない、待遇もすべて大佐ということだ。どうだ?」

「給与もか?」

 フレンゼンは思わず笑顔になったが、すぐに真顔を作った。

「そうだ。仮に殉職したとしても、二階級特進で少将級の遺族年金が出る」

「あいにく、妻子もいないんで、殉職は誰も喜ばん」

「冗談だ」

 ベッカーはいたずらっぽく笑って見せた。

「冗談とばかりは言えないだろ?危険な任務には違いないんだから。本物の大佐が殉職したら軍には痛手だが、臨時に大佐扱いにした経理課員が死んでもそれほど困らない。金で解決できる捨て駒ということだ」

「嫌味を言いたくなる気持ちは分かる。単なる嫌味とばかりは言えんからな。確かに危険には違いないし、期間も目的も曖昧なままだ」

 数枚の書類を、大尉がフレンゼンのデスクに置いた。

「これに目を通してくれ。出発は明後日。それまでに書類の中身は記憶して破棄すること。言わなくても分かっていると思うが、ゴミ箱に捨てるのではなく自分で焼却するんだ。それと、明日の就業時間後に軍令部に来てくれ、出発前の最終確認をする」

「まだ、承諾したわけではないぞ。それに実務経験もない」

 彼は最後の抵抗を示した。

「言ったはずだ。これは命令だ。それも軍令部長直々の、な。拒否権はない」

 フレンゼンは、溜息をつく以外になかった。



 フレンゼンが生まれたのは、恵まれた家ではなかった。何か特技があるわけでも、特になりたい職業があるわけでもなかったフレンゼン少年は、それでも家族のことを考え、将来、多くの収入を得たいとは思っていた。上級の学校で学び、実入りのよい就職口を探すのが一般的ではあるが、学校に通うのには少なくない費用がかかる。警察学校であれば学費は無料だが、アルバイトをしても自分の生活費を稼ぐのがギリギリだ。それにひきかえ皇国軍の士官学校は、学費が無料どころか給料までもらえる。卒業すれば安定した収入もほぼ約束されている。選択の余地はなかった。


 確かに、戦史、戦略などの座学はよい成績には違いなかったが、軍人にとって必須の体を使う科目については落第スレスレだった。任官すればデスクワークが中心になる士官候補生とはいえ、限度というものがある。

 結局、軍人になることは諦めたが、文民職員として皇国軍に勤めることになったのだ。

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