04 対策会議

「業務以外で話をしたことのある軍人が、大尉だけだったから」

「ベッカーでいい。軍人以外の人間に階級で呼ばれると、どうにも気持ちが悪い」

「そうか、ではベッカー。ベッカーとは同郷だし、相談しても、それほど嫌な顔もしなさそうだと思った」

「それほど、か。……まあいい。この話は俺が預かる」

 彼に笑顔はない。

「正式ルートで指摘してもいいんじゃなかったのか」

「ああ、ただ、せっかく気を遣ってくれたんだ。このまま相談ベースで話を進める」

「悪いな、面倒をかけて」

「そのつもりで来たんだろ?心にもない謝罪は不要だ」

「分かった。よろしく頼む」                                                                                                                                                                            

 フレンゼンは、軽く頭を下げた。


 シュミット少佐についての会議は、時間を置かず、その日の夕方に開かれることになった。それだけシュミット少佐のことは重要ということだろう。十名ほどの会議には、軍令部長マンフレート・クヌート少将、軍令部次長ディーター・ヘッケン准将も参加し、非公式とはいえ、この会議の決定が、そのまま軍の決定になる。

 ベッカー大尉の説明で会議が始まった。

 まず、経費精算が行われていないことに不審を抱いた経理課主任フレンゼンからの非公式の相談という形で持ち込まれたことが明かされた。また、ちょうど同じタイミングで、少佐の任務にほんの少しではあるものの停滞が見られたことを、ベッカー自身も珍しいと感じていたと付け加えた。

「こうした場合、通例ならばどういった対応が取られる?」

 軍令部一の巨漢であるヘッケン准将が、低いが確かな声で誰にともなく尋ねた。

「本国へ召喚命令を出し、軍令部で報告させるのが慣例です、閣下」

 手続きなどに詳しいマルティン・ウィーグラッツ中佐が、それに答えた。

「慣例か。……ほかには?」

「はい閣下。軍令部通達を発し、回答せよ、と命令する方法があります」

「どちらも危険ですね」

 長身痩躯、軍人というより官僚のような雰囲気を持つクヌート少将が静かに否定した。

「あとは、上位の指揮官を派遣し、直接問いただすこともございます、閣下」

「中佐、適任は誰でしょう?」

 クヌート少将が、ウィーグラッツ中佐に、お前が行け、と命じているように感じた者もいただろう。

「クヌート閣下、ウィーグラッツを単独で出しては、彼の大隊を動かす司令官が不在になります」

 ヘッケン准将は、分かり切ったことを言った。この便利な中佐をなるべく手元に置いておきたかったのだ。


 話し合いは激しくなることなく、そしてまとまる気配もなかった。

 会議が始まった頃には夕陽に染まっていた皇国軍の建物群がすっかり見えなくなり、疲れたいくつもの顔が窓に映っていた。

 内容は些事だ。原因も取るに足らないことかも知れない。だが、深刻な問題が起きていれば対処しないわけにはいかない。原因を究明したいが、そのための労力も惜しい。つねに重要な任務を帯びているシュミット少佐を現場から引き剥がして、このニルレヴに呼べば、万が一、ということがある。これがウスナルフ王国の仕掛けた罠、という可能性もあるのだ。何らかの文書を現場に送るのも、途中で奪われるという危険がある。それは敵に弱みを見せることになる。考えようによっては暗殺任務の指令書よりも厄介だ。シュミット少佐という切り札に問題が生じていることが王国に知られれば、その機に乗じて何をしてくるか分かったものではない。上級指揮官を派遣するのは危険ではないだろうが、実質戦争中の軍隊に余剰の指揮官など存在しない。

 会議は同じところをぐるぐると回った。まるで誰かが故意にそうしているかのように。

 しかし一向に結論の出ない会議は、クヌート軍令部長の決断で終わった。


 翌朝、フレンゼンのデスクにベッカー大尉が姿を現した。

「えっ、私が?」

 フレンゼンは文字通り目を丸くした。

「そうだ」

 大尉は厳格な表情でそう伝えた。

「納得できない」

「俺だって納得しているわけじゃない。しかしクヌート閣下が決めたことだ」

「私を?」

「そうだ、フレンゼンを王国首都に遣って調査させろ、と」

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