02 給与計算
フレンゼンは、シュミット少佐の基本給に、今月分として実務手当をいくら加算すべきかを計算していた。
任務の重要性や難易度などを所属長がその都度査定した結果が、必要書類とともにフレンゼンの手元に届く仕組みだ。中には、上司が甘く査定したものもあり、総務部長などの段階で差し戻される場合があるが、一経理課員であるフレンゼンのところに回ってきたものには、疑義を差し挟む余地など残っていない。添付書類に記されている業務内容にさえ目を通すことはほぼない。従って、いつもなら機械的に処理をするだけの彼だが、最近ますます案件数が増えていることに気付くと、少佐の年齢が少し気になった。
フレンゼンは皇国軍に所属しているが、軍人ではない。経理課や人事課など、総務部に勤務する人間のほとんどは文民なのだ。建前としては、文民が軍人を管理する、あるいは監視する、ということになっているが、現実は違う。軍人たちは、軍に勤務する文民のことなど小間使いのように考え、そしてそのように扱っている。その証拠に、総務部は裏庭に面した日当たりの悪い部屋をあてがわれていた。小さな文字を一日中見て事務処理をしなければならなのに、だ。だからフレンゼンに限らず、彼ら文民たちは、軍人たちのすることに興味を失い、ただ事務処理にのみ徹するばかりだった。
しかし、シュミット少佐に対してだけは別だ。誰しも無関心ではいられない。なんと言っても少佐は、皇国軍最高の、いやアイロッソ皇国史上最高のスナイパーだったのだ。その実績は古今のあらゆる軍人のそれを凌駕し、しかもその素性は秘匿され、限られた者しか本人を見たこともないそうだ。
経理課の中で比較しても軍務への関心が最も低いと自負するフレンゼンにしても、少佐ってどんな人なのだろう、と思うくらいのことはある。
フレンゼンは、業務が落ち着くと、シュミット少佐のことを少し調べてみた。予想通り、少佐は定年を超えていた。しかし、最近さらに腕が上がったと評判で、処理案件の数も増えている。
老いてますます盛ん、ということか。
少佐のような実務を担っている軍人は、定年に達したとしても上司が承認さえすれば退役する必要はない。少佐ほどの腕なら、年齢は問われないはずだ。経験を重ねて熟練度が上がることもあるだろう。
しかし、それとは別に妙なことがあった。経費精算がなされていないのだ。弾薬などの定期支給品は受け取っているようだが、それ以外の必要経費を請求していない。妙なのは、以前はきちんと経費を請求していたのに、ここのところまったくないことだ。突然、必要なものがなくなった、とは考えにくい。
上長に報告すべきか、フレンゼンは迷った。報告するのは簡単だ。しかし放っておかれる可能性が高いし、逆にもしも正式な調査となれば、小さなことであっても、それはシュミット少佐にとって不利なことになるのではないか。必要経費の精算そのものが遅れることが問題ではない。そういうことを発生させる何かしらの不都合があれば、内容によってはタダでは済まない。
総務部内では、真剣に相談に乗ってくれそうな人は見当たらなかった。興味本位で話を聞く人間ならいくらでもいるだろうが。
一人、思い当たった。それほど親しいわけではなかったが、同郷で年齢も近い男が軍令部にいる。何度か挨拶程度の話をしたことがあるだけだが、いかにも軍令部という、切れ者で厳格な印象の軍人にもかかわらず、話すと人懐っこい笑顔が特徴的だ。同郷であったとしても親しくなる必要はないが、声をかける理由くらいにはなるだろう、とフレンゼンは思った。
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