皇国捕虜編

第11話 捕虜

「……ずいぶんと少ないな?」


 荒れた大地に円陣を組んで固めた内側に座らされる人物たちを見て、男は小さく嘆息した。眉間にしわが寄る彼を見た秘書の女性は、やれやれ、と肩を竦める。


「砦は消滅。兵士も兵糧も全て燃え尽きたのですから、むしろあれだけ残っていたことが驚きですよ。帝国の士気はよほど低かったのでしょうね」


 帝国の砦に襲撃を仕掛けてからまる一日。未だに燻る焼野原から立ち上る白煙を見ながら女性は男に鋭い目を向ける。


「大体、今回の作戦はどのような考えがあってのものなのでしょうか。オベリオンの存在が帝国にバレ、最大の功績を誇っていた黒の死神を背後から刺すような行為をして士気を落とし、さらには得られた者は少数の兵のみ。砦も兵糧もまともな人質も得られない今回の作戦を、上はかなり問題視していますが」


 まあまて、と女の言葉を手で押しとどめた男は、手元にあった書類を見ながら思考に耽る。


「……だが、混乱に乗じて中央砦は落とせただろう?」


「それはそうですが……」


 荒野一体ににらみを利かせていた中央砦。その奪取に成功した現状、計画が全くの無意味というわけでもなかった。

 煮え切らない様子の秘書を見て、男はもう一度手元の資料に目を落とし、それから気づかれない程度にニヤリと笑って――


「何ですか。またろくでもない企みですか?」


「はははっ、まさか。そんなわけないだろう?」


 その微笑をたやすく見抜かれた男は、窓の外へと視線を逸らす。

 ちょっと聞こえているのですか、聞こえていますよね大体貴方はいつもいつも――


「さて、帝国の捕虜たちはどんな劇を見せてくれるかな?良い成果を期待しているよ、アウトレイジ」


 ぎゃいぎゃいとやかましい秘書の言葉を右から左へと聞き流し、男は眼下に広がる集団に待ち受ける未来を思って薄く笑った。






 青い空がどこまでも広がる荒野の下。両手を縛られたうえで剥き出しの地面に座らされたアウローラは、ぼんやりと自分を取り囲む者たちを眺めていた。

 皇国軍。揃いの制服を着た規律だった集団は、殺意のにじむ目でアウローラを初めとする帝国兵の生き残りを睨んでいた。

 あるいはそれも当然のこと。つい昨日まで戦争をしていた互いの集団は、お互いに殺し殺されの関係だったのだから。むしろ、捕虜を前に襲い掛からない辺り、皇国の忠誠心が垣間見えた。

 対して、円陣を組んだ皇国軍ににらまれる帝国の敗残兵は、もはや規律などあったものではなかった。生き残るために試作に耽る者、もう駄目だと絶望する者、ただ無表情で黙っているアウローラのような者、そして何を考えているのかニコニコと笑みを浮かべている異常者。


 十数人という捉えられた帝国軍の生き残りが多いのかどうか、アウローラには判別はできなかった。ただ、あの砦に在中していた者を思えば、ここにいる者などほんの少数でしかないのは確かで。

 アウローラは改めてあの恐るべき魔法の威力を実感していた。


 静粛に――銀髪と黒の眼帯が特徴的な初老の男が、皇国の兵たちの中から現れ、アウローラたち捕虜へと向かい合う。

 鋭い黒の眼光に射抜かれた数名の者が、ひぅ、と情けない声を上げる。

 じろり、と十人少々の集団を見回した男は、最後に端にいたアウローラを見て、それから一度目を閉じた。


「帝国軍の兵士たちよ!お前たちの命は、現在我が皇国の支配下にある!」


 わかりきったことではあるが、その事実を改めて突きつけられれば、ほとんどの帝国兵たちの心に重石となってのしかかった。

 ピンと背筋を伸ばした皇国兵たちの鋭い視線を背に、眼帯の男はぎろりとアウローラを、そしてその隣にいるニヤニヤ顔を止めない男を睨んだ。その二人だけが、表情を変えていなかったから。


「貴様らにとれる第一の選択肢は、お前たちの有用性を示すことだ。情報、身分、金銭、自らの力――なんでもいい。お前たちの誠意と、皇国がお前たちの命を預かるに足るものを見せてみろ」


 シン、とその場が静寂に満ちて。

 それから、誰からともなく叫び始めた。私は国に莫大な遺産を持っている、帝国に広い土地がある、私は誰々という貴族の母方の叔父のいとこだ、自分は帝国で城務めをしていた経験があって貴族の情報に詳しい――

 助命を嘆願するために、あるいは少しでも自分の扱いを良くするために、帝国兵は口々に話を続ける。

 そんな中、アウローラは気持ち悪さでいっぱいだった。ユリーカのような心優しい者が死んで、どうしてこんなどうでもいい者ばかりが生き残っているのか――世界の理不尽さを呪い、もしこの場にユリーカがいればどうしただろうかと、そんな益体もないことばかりを考えていた。


「あたし、知ってるのよ!」


 その時、ひと際どぎつい声が上がって、その女性はどういう訳かアウローラを指さした。

 自分に視線が集まったことに気づいたアウローラが、わずかに片方の眉を吊り上げる。


「そいつ、回復魔法使いよ!この場においてそのことを隠して、兵としてこき使われないようにしようったってそうはいかないのよ!あたしの点数稼ぎになんなさいよ、この無能が!」


 周囲に、重い静寂が満ちる。アウローラへと指を突き付ける女兵士、彼女へと侮蔑の視線が集まっていた。昂る女兵士は、その事実に気づかない。ただ少しでも印象を良くするのだと――その行為が、その在り方が印象を損なっていることに気づかず、彼女が喚く声だけがその場に響く。


「黙れッ」


 男の一喝を受けて、女兵士が情けない悲鳴を上げて座り込む。その際にひねったのか小さく悲鳴が上がったが、アウローラが背後の彼女へと視線を向けることはなかった。

 なぜなら、自分の体に刺すような強い眼光が注がれていたから。


「お前、名は何という?」


「……アウローラ」


「ふん、この儂に不遜な態度だな。まあいい。それで、お前が回復魔法使いというのは事実か?」


 小さく頷いたアウローラは、けれど誤解をさせないために補足を入れる。


「けれど、私はほとんど魔法が使えない」


「魔力不足か?儂の見た限り、それなりに魔力はありそうだが」


 一目で相手の魔力量を看破する――実力の片鱗をわざと見せつける眼帯の男にも、アウローラの対応は変わらなかった。ひどく厭世的な雰囲気を纏いながら、アウローラは敵兵に囲まれている事実に反応することなく口を開く。


「魔法は使える。でも、ほとんど回復できない。原因はわからないけれど、小さな擦り傷を癒すのがせいぜい」


「……なるほど、まあいい。おい、お前たち!」


 眼帯の男が背後に向かって叫んだ瞬間、皇国の兵士たちはビシッと音がしそうなほどに一瞬で背筋をピンと伸ばした。


「そこの二人……アウローラという女回復魔法使いと、ニヤケ面が止まらん男を除いて始末しろ」


「な、待ちなさいよ⁉どうしてよ!あたしはちゃんと有益になる情報言ったでしょ⁉回復魔法使いの情報なんて、この場で最も役に立ったでしょう⁉ねぇ、ふざけんじゃないわよッ」


 金切声を上げる女性に、眼帯の男は侮蔑の視線を送る。どういう意味か教えてやれ、とその視線がアウローラに向かう。

 はぁ、とアウローラは小さくため息を吐き、立ち上がるとともに泣き叫ぶ背後の女の方を振り向く。


「彼は、第一の選択肢は、と言った。つまり、条件は複数あった。多分、第二、第三のあたりで、皇国の捕虜としてとらえておくに足る……多分、皇国兵が捉えてもいいと認める何かが必要だった。人間性か、有用性か、あるいは……再び寝返らないという保証」


「ふむ、正しくは人間性であり、三つ目でもあるな。我が皇国は、かつての同胞をたやすく売るような存在を求めてはいない。その点、儂が提案をして瞬時に裏切りのために声を張り上げ、あまつさえ他者を蹴落とす者など誰が価値を感じるか。お前たちは、怒りにふるえる我が同胞の慰めとなるがいい」


 絶望と怨嗟の悲鳴は、けれど取り巻く皇国兵たちの向こうへと消えていく。

 伸ばされたその手を、アウローラは見えなくなるまでじっと見続けていた。彼女たちの悲惨な末路は、おそらくは一瞬で焼け死んだ者たち以上のもので。そう考えれば軍紀を無視して我先に逃げて助かった彼らの運命は正しい巡りにあったのではないかと、そんなことを考えた。

 それから、アウローラはただ一人自分と共に生き残らされた男へと――むしろ皇国兵を逆上させそうなニヤケ面を晒し続ける男を不思議そうに見た。

 何かな、と首を傾げる男に首を振って答え、アウローラは再び眼帯の男へと向き直った。


 近づいた彼は、深いしわの刻まれた、ロマンスグレーな男といった風貌の男性だった。磨き抜かれた抜身の刃のような貫禄と、時折見せる同胞に対する親愛、両者を内包する男は不思議な雰囲気を放っていた。

 それは、粗野な印象が先に出ていた帝国軍の兵士とは違った雰囲気で、アウローラはやっぱり不思議そうに彼のことを眺めた。


「なんだ、儂の顔に何かついているか?」


 いぶかしげに眉間にしわを寄せてみせた眼帯の男に、アウローラは小さく首を振った。


「いやぁ、なんだかおもしろくなってきたね」


 先行き不透明な状況へのわずかな不安を覚えるアウローラには、どうしてこの軽薄そうな男が眼帯の壮年軍人のお眼鏡にかなったのかが今一つ分からなかった。

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