ミニチュア世界の住人

ゴォッ!

飛行機が動き始めるとともに体が座席に押さえつけられる。小さな窓から見える景色はぐんぐんと速くなっていく。


「おい、これ本当に飛ぶのか!?このまま奥のほうに突っ込んだりしないよな!?」


「そんなことあってたまるか。世界的大ニュースになるぞ、よかったな世界デビューだ。」


隣の席に座っている圭太は本を読みながらこちらに目も向けずに答える。


「やだよそんなデビューの仕方…うわっ浮いた!いま浮いたよね!?」


ジェットコースターのような浮遊感とともに体が斜めに傾く


「そりゃ飛行機だからな。これ以上騒がんでくれ、一緒にいるのが恥ずかしくなる。」


そう言い残したて圭太は本の世界へと入り込んでいった。

試しに「おーい」と声かけても反応がない。これはもう読み終わるまで帰ってこないな。

一度本を読み始めたら外からの情報を遮断していしまうのが圭太の小学生の頃からの癖だった


圭太にかまわないで景色を楽しもうと窓を覗いてみると、そこにはわたあめのようにふわふわとした小さな雲が浮いていた。

近くにあるのに触れられない。その軽そうな見た目のせいで水でできているとは思えない

普段遠くから見ているものが間近にあるのにむしろ現実離れしたもののように見える。


下の方を見てみるとすでに地上がかなり遠いところに見える。高所恐怖症の人が見たら絶叫ものだろう。俺は高いところは大丈夫な方なので、そのまま景色を堪能する。

真下には地元のシンボルともいえる大きな川が見える。ってことは…あった!

川の近くに位置している僕らの通っている高校も発見した。


今はちょうど10時半だから2時間目の授業が終わる時間だ。今頃、友達と雑談したり、トイレに向かったり、次の授業の準備をしたり、あの小さく見える建物の中で沢山の人が忙しなく動いているのだろう。そう想像すると別世界をのぞき込んでいるような、なんとも不思議な感覚になる。

ここから見える街並みは歩行人どころか車さえ見えない。活気ある地元がまるで作り物のミニチュアの世界のように見えた。


「お飲み物はいかがですか?」

一時外の世界を堪能していたらCAさんが欲しい飲み物を聞いてきた。これが噂に聞いていたドリンクサービスか!部活の先輩から飛行機の中では無料で飲み物をくれると教えてくれて、結構楽しみにしていた。初の飛行機だと気づかれないよう冷静に返答しなければ。


「アップルジュースで、あとこっちにはコーヒーをお願いします。」


CAさんの問いかけにすら反応しない圭太に代わって俺が注文をする。

家ではいつもコーヒーをお供に本を読んでいるからとりあえずコーヒーでいいだろう。

展開しておいた圭太用の簡易テーブルにコーヒーが置かれると圭太は早速飲み始めた。

外の世界に少なからず意識は残っているのか、それとも無意識で飲んでいるのかはわからないが器用なもんだ。僕の前にもアップルジュースが置かれたので、二人分まとめてCAさんにお礼を言う。


飛行機内では小さな話し声があちらこちらから聞こえてくる。

修学旅行中である俺たち2年生は全員で200人。他のお客さんに迷惑をかけないようにという先生の事前注意のおかげか派手に騒いでいる人はいないが、これだけの人数がいるといくら小声で話そうが全体としては騒がしくなる。こればかりはどうしようもない。

それに比べて僕らの座席は静かだった。圭太は読書、その隣に座る俺は話し相手がいないので機内音楽を聴いている。俺らの後ろに座っている班員二人はどちらも夜眠れなかったらしく、離陸する前にはもう夢の世界へと飛び立っていた。


音楽が一周したところでまた外に目をやると、山の中に沢山の段々畑とその間に少しの民家が見えた。相も変わらず人は見えないが小麦色に染まる田んぼとところどころ木が伐採されている林が人が生活していることを教えてくれる。


「あそこの人にはこの飛行機どんなふうに見えてるんだろうな~」


ふと考えたことが口の隙間から漏れ出てくる。上空から見た地上の景色は建物や田畑があるにもかかわらず人の見えないミニチュアの世界のようだ。じゃあ、逆に地上の人からこの飛行機はどんなふうに見えているのだろう。


「今の、どういう意味で言ったの?」


圭太が読書を中断して話しかけてきた。前に同じようなことがあったのはいつだっただろうか。驚きで目を丸くしながらも考えたことをそのまま口に出す。


「地上にいる人にとって飛行機がただの乗り物に見える人もいれば、機内にいる俺らのことまで想像している人もいるのかなって…」


「なるほど」


圭太は少し驚いた表情をしながらも納得した後、そうとだけ言ってまた本の世界へと戻ってしまう。読書をしている圭太の顔は少し楽しそうだった。


気づけば目的地まであと少し。人生初の飛行機はあっという間のものだった。

ただ、その短い時間でいい体験をできたと思う。これから先教室の窓から飛行機が見えたら、どんな人が乗っていて、どこを目指していて、フライト時間に何をしているのか想像してしまうだろう。


ああそうだ、大学生になってお金が貯まったらあの村に行ってはるか上空を飛ぶ飛行機を眺めるのもいいかもしれない。

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青春高校生は何を思う 一条 千里 @ichijo_chisato

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