青春高校生は何を思う

一条 千里

飛行機雲を捉えて

「あっ飛行機雲」


隣から聞こえた美咲の声につられて空を見上げてみると、真っ赤に染まった夕空を背景に一つの飛行機が長い尾を引いていた。

私が息をのんで見惚れている間にも尾は次から次へと生み出され成長し続けている。


「柚子?今日は写真撮らないの?」


「え?あ、うん。もちろん撮るよ」


急いでポケットからスマホを取り出して、飛行機を画角に収める。

飛行機を画面の隅の方に移動させると、長い飛行機雲と山の峰に沈みかけている太陽が画面の中心に入り込んできた。


よしっ


『カシャッ』

小さなシャッター音とともに画面端の写真フォルダ欄が赤く染まった。


「どう?いいの撮れた?」


美咲は写真のできが気になるらしい。

隣からボブカットの黒髪を揺らしながら私のスマホの画面を覗こうとしてくる。


「ほら、結構良くない?」


「お~めっちゃ綺麗!肉眼で見る夕焼けもいいけど写真もいいね。なんていうか…えっと…映える!」


「映え…まあわかる」


丁度いい言葉が思い浮かばなかったのか、出てきたのはありきたりな言葉。ただ、美咲なりに褒めてくれているのはわかる。それに、夕日をバックライトに赤く染まった飛行機雲が画面を両断するかのように長く続いている様は映えるとしか言いようがない。


美咲から返されたスマホをポケットにしまって私たちはまた帰り道を歩み始めた。


からから からから


変わらない帰り道に自転車の車輪による四重奏が響き渡る。

通学路であるこの田んぼ沿いの道路は人通りが少なく、ここ数十分は誰ともすれ違っていない。同じ高校に通う生徒たちも高校の近くに家がある人がほとんどで、この道を登下校に使う人は数えるほどしかいない。さらにはのんびり帰ろうという美咲の提案で二人して自転車を押して帰っているのだから、他の生徒に合うはずもなかった。



「けどさ~、案外飛行機の写真って面白いね。飛行機の写真を撮り続けてるって初めて聞いたときは変人かって思ってたけど、実際こうやって写真を見てみるとハマるのもわかる気がする。」


「えっ、変人だって思ってたの?最初変人だと思いながら話しかけてくれたの?」


確か高校に入学して自己紹介をした最初の授業の後に美咲の方から話しかけてくれたはずだ。人見知りな性格に加え、趣味として飛行機の写真を撮るという少しマニアックなものを挙げてしまった当時の私としてはとても助かったし嬉しかったことを覚えている。


「だってこんなド田舎で見れる飛行機なんて上空の豆粒みたいなものしかないじゃん。それを撮り続けるってねぇ…変人でしょ。」


……確かに

否定できない、というかそう言葉にされると自分でも変人だなと思ってしまう。


「…話しかけたのは?」


「面白そうだから」


はあ…

親友の軽い言い草に思わずため息が漏れ出てしまう。

他に仲のいい友達できなかったし、美咲が友達でいてくれるなら何でもいいけど。


「でも好きだよ、柚子も柚子の取る写真も」


「もう、そんなこと言っても変人扱いしたことに変わりはないんだからね!」


「ごめんごめん、でも本当なんだって、柚子と話すの楽しいし、さっきのみたいに柚子の取る写真はきれいなものばかりだし。」


自転車越しに微笑む美咲の顔は今までにないほど映えて見えた。


「…もう」


急に変なこと言うんだから


「あれ~顔真っ赤にしちゃって~もしかしなくても照れてる?」


「もう、うるさいって」


「あら、怒っちゃった」


田んぼから聞こえるカエルの声は合唱とは言い表せないほど大きく、リズムなんて微塵もないが、それがなんとも心地良い。


「そういえばさ、柚子はなんで飛行機の写真を撮るようになったの?」


「うーん…大まかにいうとおじいちゃんの影響かな」


「おじいちゃん?おじいちゃんが飛行機の写真撮ってたとか?」


「まあそんなかんじ。昔おじいちゃんが撮った飛行機の写真を何枚も見せてくれて、私も撮りたい!ってなったんだけど、その飛行機の写真は空港で撮ったデカい飛行機の写真だったのね」


そのうちの一枚の写真は今でも覚えている。澄み渡った空に堂々と居座る入道雲、暑さのせいで揺らいで見える滑走路のアスファルト、そして今にも空高く飛び立とうとしている青いラインの入った飛行機。そんな写真に私は魅せられた。


「あ~この辺に空港ないもんね」


「そう、この辺ていうかこの県にすらないし、写真撮るためだけに空港に行くこともできないからって時におじいちゃんがじゃあ飛んでる飛行機の写真を撮ろうって一緒に撮るようになったの」


最初はおじいちゃんの写真みたいなの取りたいって駄々こねていたけど、おじいちゃんが一緒にたくさん撮ってくれて次第にこういう写真が好きになっていったっけ。


「いいおじいちゃんだね」


「そうなんだ。でも、こうやって今でも撮り続けているのにはまた別の理由があってね、飛行機に乗った時の感覚って知ってる?」


私の問いかけに美咲は首を横に振る。

おそらく、この町の多くの人が美咲と同じ反応をするだろう。


「私も知らないんだけどね、おじいちゃんが乗った時の話もしてくれたんだ。離陸するときの浮遊感とか、街がミニチュアのように見えることとか、着陸前に鼓膜が痛くなるとか。」


「…鼓膜が痛くなるってどういう感覚?」


「私もわかんないよ。でも、そんな話を聞いているとあんな鉄の塊が沢山の人を運びながら、米粒に見えるくらい高い場所を飛んでいることが不思議に感じたんだ。」


隣で美咲が「確かに」と呟く。


「でね、そんな飛行機が自然の中に溶け込んでいる写真を撮りたいなって思うようになったの。それが撮り続けている理由。」


「そういわれると…飛行機のおかげであんなにきれいな飛行機雲と夕焼けの写真が撮れたわけだもんなあ」


美咲が空を見上げながら言う。


私も一緒に空を見上げると飛行機雲はいつの間にか夕空に溶けていた。





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