第28話 告白は夜の方が成功率が高いらしい

「涼音、どうして……」

「私が呼んだの。彼女にも、私の告白を見届けてもらいたくて」

「ごめんね、学。盗み聞きみたいになっちゃって」

「ううん、気にしないで」

 

 麗奈は、俺が本音から目を背けないように振舞っていた。それはきっと、麗奈の覚悟であり、涼音への誠意であり、そして俺に対する優しさだったのだろう。

 麗奈だけじゃない、俺の周りにいる人たちはみんなそうだ。他人を思いやる強さがある。正直、俺にはもったいないくらいだ。


「それじゃ、私は部屋に戻るわね」


 こうして、俺と涼音だけが夜のベンチに残された。


※※※


 見渡す限り、星々の光を遮るものは何もなく、満天の星空が広がっていた。その美しい空の下、涼音と2人。


「ねえ学、覚えてる? 私が、学と初めて話した時のこと」

「うん。もちろん」


 ニーチェを読む彼女の姿に、俺は一目惚れした。自分には恋をする資格はないと、その感情に一度は蓋をしようとしたけれど。やはり、忘れることはできなかったのだ。

 涼音が空を見上げながら呟いた。


「人間は意欲しないよりは、むしろを意欲することを望むものである……」

「ニーチェの言葉、だね」

「うん。私あのお揃いの本、最後まで読んだんだよ。半分もわからなかったけど、学がこの本ニーチェに惹かれた理由は、わかった気がしたんだ」

「そっか」


 前にも涼音に話したっけ。自分だけの価値を創造を促してくれるところが、ニーチェの好きなところなんだって。結局自分は、何の価値も創造できていないけど。それどころか、足踏みしている間に周りはどんどん前に進んでいて。自分がなりたかった自分とは、程遠い。


「……それに、私が学に一目惚れした理由も、ね」

「えっ?」


 涼音が、一目惚れ……? 


「も~。信じられないって思ってるでしょ?」

「いや、それは……」

「顔に出てるよ」


 だって、俺に人を惹きつける力なんてある訳ない。ましてや初見で。だからこそ、俺はこれまでずっと、もがき苦しんで来たというのに。


「入学式の日、体育館で代表挨拶をした福地学に、私は惹かれたの。首席なんて、自分に最も縁のない存在のはずなのに、どうしてか、私に近いものを感じたんだ。あの時は、理由がわからなかったけどね」

「涼音に、近いもの……?」

「うん。でもいまなら少しわかるよ。たぶん、学は私と同じで、自分が嫌いだったんじゃないかな。輝きを持てない自分が。私から見たら、学はものすごく輝いてるのにね」

「自分が嫌い、か」


 たしかにそうかもしれない。何者かになりたいのに、何者にもなれない自分が嫌いで。自分が嫌いな自分も嫌いだった。たぶんそれは、これまで人生の中で、一度も変わったことはなくて。首席になった時も、そんな栄光はただのまやかしとしか思えなかったんだ。


「……涼音も、自分が嫌いなのか?」

「う~ん、昔はたしかにそうだったかも」

「そっか」

「でもね、いまの私は違うよ。いまの私は、学が好きで、

「涼音……」


 彼女のその言葉は、あまりにも眩しかった。涼音は、俺がずっと欲しかったところに、手をかけたのだとわかったから。


「学だってそうだよ。あなたは既に自分だけの価値を創造している。自分の力で輝けてる。ただ、それに気が付けてないだけ。私はその輝きを、あなた自身に知って欲しい。私があなたに価値を与えるんじゃない。あなたが、自分の価値に気がつくためのお手伝いをしたいの。私はあなたよりもずっと、あなたの良いところを知っているから」

「涼音……ありがとう」


 みんなから認められたい。その心の穴を埋めるため、俺は学年トップを目指してきた。

 そこに躓いた時、今度は涼音の優しさにそれを埋めてもらおうとした。

 でも彼女は、海原涼音は信じてくれるんだ。その穴は、俺自身福地学が、埋められるのだと。


「あのさ、学」

「なに?」

「――ずっと、あなたの隣にいてもいいかな――」

「⁉」


 涼音は首を軽く傾けながらこちらに顔を向けていた。頬は赤く染めて照れつつも、口元は、俺を試すかのように少しだけ笑っていた。


「えっと、それは告白……?」

「も~それを聞くのは野暮だよ」

「ご、ごめん」


 でも、その問いへの答えはもう決まっている。きっと、彼女と初めて会った、あの日から。


「ねえ、涼音」

「な~に?」

「俺も、涼音の隣にずっといたいから、その……よろしくお願いします!」


 互いが互いを見るだけの音の失われた時間、の後。涼音がふふっと吹き出したのを合図に、俺と彼女は、顔を見合せて笑い合っていた。幸せに満ちた表情で。


「あ~あ、でも学の方から告白されてみたかったな~」

「うう、ごめん」

「ま、前回の学の告白を止めたのは私だから仕方ないか。でも次は期待してるね」

「うん……って、次?」


 すると涼音は俺の耳元でこう囁いた。


「……ずっと隣にいてくれるんでしょ?」


 真っ赤になった俺の頬に、涼音は置き土産を残した。彼女のそれは柔らかくて、ふわっとしていて、そこから全身が溶けていきそうだった。 



 告白プロポーズの言葉、考えておかないとな。




―――――――――――――

4000pvありがとうございます!


作中のニーチェの引用は【ニーチェ,中山元訳,2009『道徳の系譜学』光文社】の最終頁です。

『道徳の系譜学』は私の一番好きなニーチェの著作なので、読んでもらえたら嬉しい……

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