第27話 恋愛に理性的な答えを求めるのは難しい
プールで思いっきり遊び、夕食を終えると、就寝時間を迎えた。
男は一つの部屋にまとめられ、俺と田中と世羅くんが布団を並べている。世羅くんと部屋に入る俺たちを、松江が羨ましそうに見ていたのはたぶん気のせいだ。
それより麗奈の作ったシチュー、めっちゃうまかったなぁ。普段から自炊してるらしい。えらいなあ。
「田中さん、泳ぐの上手いんですね」
「まあな。小学生のころ少し習ってたんだよ」
「すごい! 今度教えてください」
「おお、任せとけ」
田中と世良くんがもう打ち解けている。イケメン同士気が合うのだろうか。
「ところで福地さん。少し聞きたいことがあるのですが」
「ん、どうしたの?」
世羅くんが改まって尋ねた。
「学校での姉は、どんな感じなんでしょうか」
「どんな感じ……」
村雨沙羅の学校での姿。うーん。入学してからずっと見てきたけど、一言で表すなら。
「怖いくらいに完璧、かな」
「ははは、たしかにそうだな」
「けど、少なくとも俺は、ライバルだと思ってる」
最近は格の違いを見せつけられてばかりだけど。やっぱりいまでも、彼女に追いついて……追い越したい。
「それは、良かったです」
「逆にお家ではどうなの? お姉さんは」
「そうですね。小学生の時から淡々と努力を重ねる人で。高校生になってもそれは変わっていないけれど、最近は以前より少し楽しそうに見えます」
楽しそうか。学校だとあまりそういう印象はなかったな。あ、Rainsの話をしてる時は楽しそうだったけど。
「今日の姉を見ていて、それはきっと、良い友だちに恵まれたからだと思いました。今後とも、姉のことをよろしくお願いします」
「こちらこそ、妹をよろ……いや、なんでもない」
危うく妹をよろしくするところだった。まさか、最初からそれを狙って……村雨世羅、姉に似て恐ろしい男。
ピロンッ
スマホの通知だ。送り主は……澄川麗奈。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
※※※
麗奈は玄関を出てすぐのベンチに座っていた。室内よりも風が涼しくて気持ちがいい。
「あ、がっくんやっほー」
「おう、麗奈」
俺に気がつくと、手を振って迎えてくれた。
こうして2人で話すのは祭りの時以来だな。
「それで話って?」
「まあまあ。とりあえずここ、座ってよ」
「うん」
そのまま麗奈の隣に腰かける。すると、彼女は唐突にこう言った。
「可愛いよね、涼音ちゃん」
「えっ? あ、うん」
「好きなんでしょ?」
俺に顔を寄せ、笑顔でそう尋ねた。けれど、その表情は引きつっていて、目も潤んでいる。俺は何も返せなかった。それを見て、麗奈は顔を離して続けた。
「……私ね、がっくんの選択がずっと許せなかった。愛北をやめる、という選択が。それと、がっくんが私を選ばなかったことは、何も関係ないのにね」
「それは……」
「ねえ、教えてよ。もしも私がもっと魅力的だったら、私と付き合ってくれた? もっと可愛いかったら、選んでくれた?」
澄川麗奈。頭が良くて、人望もあって、容姿も整っていて。俺にないものを全部持ってる。だからこそ、俺は彼女に向き合えないと思ってしまう。向き合う資格がないのだと。
「……俺は、麗奈に選ばれるべき人間じゃないから」
「ごまかさないでよ! 私はあなたが好き。どうあるべきとかべきじゃないとか関係ない。そうやって、他人の好意から逃げようとするの、がっくんの悪いとこだよ!」
麗奈の頬を雫が伝る。けど、俺は彼女に返すべき言葉を知らなかった。臆病で、自信がないからこそ、俺は
「がっくんは誰と付き合いたいの? 誰の隣にいたいの」
麗奈のその眼は、絶対に俺を逃がさないという意志を語っていた。向き合えなくても、向き合わないといけない。
以前、松江は言っていた。
『一緒にいたい人と一緒にいる、それだけでいいんじゃないかな』
これまでの人生で、一番長く過ごしてきたのは澄川麗奈だ。碧谷西に来てからはたぶん村雨沙羅。だけど……2人とも遠かった。
けど海原涼音は違った。彼女といる時は、弱い自分を忘れられた。彼女と過ごす時間は、惨めな自分のままでも十分幸せだった。ずるい自分が、唯一居心地がいいと感じる時間だった。それはきっと、彼女の器が俺と比にならないくらい大きいからだろう。けどそれでも――
「やはり、私ではないのね」
麗奈にそれを言わせる自分は、やっぱり最低だ。
いや、変わらなきゃ。それを告げる責任は、負の感情を引き受ける義務は、俺にしかないのだ。
「ごめん、麗奈。やっぱり俺は、海原涼音が好きだ。だから、麗奈とは付き合えない」
俺の返答を聞いた麗奈の表情は、意外にも清々しいものだった。
「……ずっと、それが聞きたかった。これで、私も前に進める」
「麗奈……」
「もう大丈夫よ、入ってきて」
彼女の呼びかけに、木の影から現れたのは……
海原涼音だった。
―――――――――――――
しばらく更新が不定期になりそうです。すみません。
次回は涼音ちゃんの回!
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