第22話 結ばれる前の両想いが一番尊いと思う

 翌日の放課後。

 碧谷西から愛北模試を受けた5人が麗奈の家、というかお屋敷に集められ、自己採点会が実施された。一人で粛々とやるよりも盛り上がるから、ということらしい。たしかに模試を頑張った後、帰りにお好み焼き屋とかで友だちと模範解答見ながら『勘当たった~』とか『うわ、二択ミスった』とかやるの楽しいもんな。まあ、俺にそんな友だちはいないんだけど。


 というわけで福地、村雨、海原、田中、澄川の5人が模範解答と照らし合わせながら採点していく。国数英の300点満点だ。マーク式なのでミスがなければ点数にぶれはないだろう。盛り上がるからという話だったが、そういう空気にはなっていない。田中と、そして受けていないのになぜか来ている松江以外は真剣そのものである。


「よし、おわったーーー」


 という田中の声に続き、皆も続々とペンを置いていく。俺の結果は253点だ。9割には届かなかったが、愛北の模試にしては悪くないような気がする。


「みんなおつかれ~。せっかくだから見せっこしようよ~」

「いや、受けてないやつが提案するなよ」

「えへへ」


 ずっと退屈してたのだろうな。ここに来てから松江のあくびを3回は見たし。

 とはいえ、せっかく集まったのだしということで、結局点数を見せ合う流れになった。採点した用紙がテーブルの上に集まる。


 まず目に入るのは麗奈の点数だ。

 293点。

 次元が違い過ぎる。


「やべっ、俺最下位じゃね」


 田中の点数は225点。ちょうど7割5分だ。じゃあ涼音は……242点だ。すごい! 俺と8点差しかない。

 そして。


「負けた……」


 村雨が呟いた。

 一瞬、俺に対しての言葉だと思った。

 だが違った。彼女が見ていたのは、愛北のトップ澄川麗奈だ。


 282点。


 俺とは勝負になってない、だと……?

 これまでは、村雨に届かないにせよ、見えるところに彼女の背中はあった。だけど今回は違う。村雨は、俺が目指せる場所から、完全に姿を消したのだ……


※※※


 その後、俺は速やかに麗奈の家を出た。感情がぐちゃぐちゃで、誰かと話したら、不意に涙が落ちそうだったから。

 結局、俺は何も変わっていなかったんだ。俺は愛北から逃げた。でも、それは最善の環境を選ぶための挑戦だと、心のどこかで信じようとする自分もいて。だけど……結局、俺は本当にただ逃げただけで、挑戦なんて立派なものはなかった。依然として、何の価値も持たない凡人にすぎない。俺は――


「学くーーーん」


 俺の背中を、涼音が追いかけてきていた。俺は振り返り、彼女を見た。


「涼音……」


 やや息を切らした彼女の顔には、優しさの中に強さがあった。


「学くん。大丈夫?」


 その言葉に、涙がこぼれそうになってしまったので、俺は一度空を見上げた。そして、まずは彼女の結果を讃えた。


「涼音、8割越えだもんね。おめでとう」


 だが、澄玲は首を振った。そして、こう返した。


「私、学に勝ちにいってたもん、。だから悔しい」


 真っすぐに俺を捉えるその瞳は、はっきりと、俺が宿敵ライバルであることを告げていた。


「もしかして、麗奈と一緒にいたのって……?」

「うん、勉強教えてもらってた。でも、やっぱり学くんはすごいね。また負けちゃったよ」

「そんなこと、ないよ」


 今回は涼音に抜かれてもおかしくなかった。だって、俺はこの点数を見た時、、と思ってしまったんだから。


「……麗奈だけじゃなくて、村雨にも完敗して。正直、無理だと思ったんだ。もう追いつけないって」

「そんな……学は私の憧れだよ」


 憧れ。

 そうやって俺を認めてくれる人がいる。これ以上、頑張る必要あるのかな。努力する理由、あるのかな。彼女に甘えて、走るのをやめたら、だめなのかな……


「ねえ。涼音」

「なに?」


 俺は、自分の感情に、心を委ねた。


「俺、涼音のこと――」

「ストッッップ!!!」

「え?」

「いまは駄目だよ。まだ」


 人差し指を立て、注意するように涼音は言った。


「まだ……?」

「いまの私は、学くんに好きになって欲しい、私じゃないから」

「そっ、か」


 遠回しに振られてしまった。

 てか、いま俺、勢いで告白しようとした? 交際には誠実さを!、なんて。どの口が言うんだろ……


「でも、これだけは覚えておいてね」


 涼音は背伸びをして、俺の耳元で囁いた。


「――私も好きだよ。学のこと――」



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