幕間 涼音と麗奈の取引〜サイデリアにて

「それで、私があなたに勉強を教えて、なんのメリットがあるのかしら。海原さん?」


 私、海原涼音の想い人、福地学。その幼馴染である澄川麗奈さんが、私に問いました。その瞳に宿しているのは、私への敵意。でも、引くわけにはいきません。私は、『彼』を超えるために、彼女を呼んだのだから。


「麗奈さんも、学のこと好きなんですよね」


 学、という言葉に眉毛がピクリ。そして私を牽制するように返しました。


「ええそうよ。あなたよりもずーっと前から、が好き」


 強調される、彼女だけの特別な呼び名。眼前の少女に、私は何ひとつかなわない。容姿、頭の良さ……そして学と過ごした時間も。それらが合わさった彼女の圧倒的なオーラに、思わず怯みそうになってしまいます。

 一度息を吸う。冷静に考えてみると、こんなにも重たい空気なのに、ここがサイデリアであることが何だかおかしくて。まさか、彼女に提案された安くておいしいお店が、こんなにも庶民的な場所だとは思いませんでした。

  

「……私も学のことが好きです」

「そんなのわかってるわよ。なんでのあなたを、私が助けなきゃいけないのかを聞いてるの」


 当然の問いです。敵である私を、他校の生徒である麗奈さんが助ける道理はない。だけど、私は彼女と理解し合えるような気がしていました。同じ人を、好きになった者として。


「私は、いつか学と付き合いたいです。だけど、彼の慰めにはなりたくない」

「……慰め?」

「はい。もし彼がいまの私を選ぶとしたら、たぶんそれは、彼の誰かに認められたいっていう願望の穴を埋めるためだと思います。届かない人間のそばにいることは、別の学校まで逃げてしまうくらい、学にとってつらいことだから。でもそれは、私が欲しい関係性じゃないんです」


 初めは、彼と趣味を共有できることが嬉しいだけだった。でも段々と、私の頭を彼が占める割合が増えていって。他の女の子と楽しく話している彼が憎くて。いつも私より遥かに高い点数を取る彼が遠くて。釣り合わないと思えてしまうのが悲しくて。

 私は彼が欲しい。彼の穴を埋める存在じゃなくて、対等な関係性、互いが互いを必要とする繋がりを持った存在として、彼と付き合いたい。

 

「だから、麗奈さんや村雨さんみたいに、学を超えられるくらいの人間になりたい。そして二人と同じ土俵で、戦いたいんです!」


 ふう、と息を吐くと、麗菜さんがコップに入ったオレンジジュースを一気に飲み干しました。サイデリアのドリンクを飲む彼女の姿には、少し親近感を覚えます。


「つまり、海原さんが言いたいのはこういうこと? あなたはがっくんに選ばれるためじゃなく、がっくんの慰めにならないために勝ちたい。つまり彼との距離を縮めるものではない。したがって私に不都合はない」

「そうです」

「でも、がっくんを諦めるわけじゃないんでしょ?」

「はい!」


 麗菜さんはコップを手に取りましたが、空であることを思い出したようで、それを戻しました。そして再びふう、と息を吐き、言いました。


「残念ね。たしかに私にデメリットは無いのかもしれない。だけど、メリットも無い。私の時間をあなたに使う理由にはならない」

「そうですか……」

「でも乗るわ」

「え⁉」


 乗るって……いいってこと?


「なによ。教えなくていいの? 勉強」

「い、いえ。断られる流れだったので、ついびっくりして……」


 麗菜さんはふふっと茶目っ気のある笑顔を見せました。私が思っていたほど、近寄りがたい人ではないのかもしれません。


「私も、知りたかったから。がっくんが私を選ばなかった理由。あなたの試みが成功して、彼が本当に求めていたものが『慰め』だったとわかれば、私も諦めがつくわ」


 私が麗奈さんに相談した理由。彼女と会うのは今日が初めてだけど、もなぴちゃんや村雨さんづてに話を聞いて、それだけで学への想いの深さが伝わってきた。彼女ならきっと、この恋を、理解し合えると思ったから。


「でも、私の指導は厳しいわよ」

「望むところです!」

「あなたに必ず、福地学を超えさせてみせる」


 その自信に満ち溢れた表情は、眩しいくらいに輝いていて。

 彼女について行けば大丈夫。そう思いました。


「それと、最後に一つ聞いてもいいかしら?」

「なんですか?」

「海原さん、さっきからがっくんのこと呼び捨てにしてるけど、何様なの?」


 任せてください。

 この質問だけは、私も麗奈さんに負けないくらい、自信を持って答えられます。


「友情の証です!」


―――――――――――――

 次回はまた学くん視点の本編に戻ります。

 愛北模試……どうなるのでしょうか。


 さて、一つご報告です。昨日から新作の連載を始めました。


『幼馴染が欲しいと愚痴っていたら、学校1の美少女が幼馴染になってくれた~あれ、幼馴染の意味わかっていますかね……?』

https://kakuyomu.jp/works/16818023213033432284


 異常なまでに幼馴染を欲する主人公、久遠真那弥くんが、少し癖のある美少女、水上澄玲ちゃんと幼馴染の契約を結んで……というお話です。

 冒頭の真那弥くんが幼馴染について語る場面は、特に楽しく書くことができましたので、第1話だけでも読んで頂けると嬉しいです。

 投稿ペース落ちてるのに新作初めて大丈夫か?と思われそうですが、どちらも更新が滞らないよう、また楽しいお話を作れるよう、引き続き精進して参りますので、どうぞよろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る