第19話 遠足のお菓子って300円以内だったけどさ、あれ税抜きの値段だとありがたくない? 百均行けばぴったり買えるもん

「テストご苦労だったな。成績が芳しくなかった者はしっかり復習しておけよー」


 朝のSHR 。テストも終わり、何だかクラス全体が開放的な空気に満ちている気がする。俺も少しだけ肩の力を抜こう。


「今日からクラス旗の製作が始まるぞー。球技大会や学園祭で使用するものだ。誰か、参加してくれる者はいるか?」


 クラス旗か。あれだ、行事の度に体育館に吊り下げるやつ。参加したい気持ちはやまやまだが、俺は芸術的センスがまったくないからなあ。


「は~い」


 教室にかわいらしい声が響く。松江が自分から仕事に向かうなんて珍しい。そういえばコスプレ作りとかしてたもんな。キュラもなぴ、良かったなぁ……


「お、松江やってくれるか」

「はい! 海原さんと福地くんと一緒にやりま~す」


 お、俺?

 海原さんは、うんうんと頷いている。いいの?


「二人とも、いいのか?」

「はい、大丈夫です」


 涼音はすぐに返事をした。なんだか作為的なものを感じる。


「福地はどうだ?」

「……大丈夫です」


 何考えてるんだ、松江さんは。


「もう一人くらい、誰かいないか」

「はい」


 俺の後ろ。村雨さんですね。相変わらず美しいお声です。

 結局いつものメンバーに収まった。けど、この4人で一緒になるのは地味に珍しいな。


 そして放課後。

 大きな布の周りに4人が集まった。


「それで、デザインはどうする?」

「もなぴ刺繍した~い」

「別にいいけど、俺は何もできんぞ」

「不器用そうだものね」

「うるせ」


 村雨お得意の嫌味。前は腹が立ったけど、最近はこれがないとしっくりこない。慣れって恐ろしい


「海原さんは刺繍できるかしら?」

「は、はい。自信はありませんが、たまにお裁縫はたまにやります」

「それなら福地くん以外はできそうね。まずは道具を買ってこないと」

「……俺が行きます」


 こき使ってください。どうせ戦力外なので。


「学くんだけだと不安だな~涼音ちゃんも一緒に行ったら?」

「は、はい」

「松江さんが行った方がいいんじゃないかしら。手を挙げるくらいだから何かイメージあるんでしょ?」

「う、うん」

「じゃあ行くか」

「はーい……」


 なんか急に元気なくなったな。松江さん、そんなに俺と行くの嫌ですか? めっちゃショック、略してめちょっく……


 そんなわけで、俺と松江は近所の百均へ。

 俺は全然わからないのですべてを松江に任せ、かご持ちという名の肉体労働に徹する。


「どっちの色がいいと思う?」


 刺繍用のピンクとオレンジの糸を俺に見せる。


「オレンジかな」

「なんで?」

「推しのプニキュラの色だから」

「あ~、キュラクローバーか」

 

 プニキュラの話もちゃんとわかるのが松江の良いところだ。


「でも、もなぴはピンクが好きだからピンクにするね」


 もなぴの『ぴ』はピンクの『ピ』だもんね! ……なんで俺に聞いたの? 


「ねえねえ、みんなに差し入れ買っていこうよ~」

「そうだな」


 こういう時の差し入れ、けっこう大事だ。意外と好感度アップにつながるからな。ここで良い差し入れをチョイスできれば、人気者になれる日も近い。


「ならあそこで選ぼうぜ」


 やはり駄菓子コーナーである。俺はよくここでおやつを調達しているからな。


「いやいや、学くん。小学生の遠足じゃないんだから」

「いいだろ、うまいんだから」

「まあ、そうだけど……ちなみに何を買う予定なの?」

「おいしい棒。最近値上がりしてるけど。百均なら十本で百円+税で帰るんだよ。それにいろんな種類から選べる。めっちゃ楽しいだろ」

「うん、まあ学くんがいいならいいよ」


 松江に大人な対応をされ、俺はおいしい棒10本をかごに入れる。これで108円はマジでコスパ良いぞ。残念ながら10種類は置いていなかったので明太子味を多めにいれる。いろんな味が出てるけど、結局これが一番うまいからな。


 無事すべてを購入し、袋を持って学校へ戻る。そういえば、松江と二人で歩くのって初めてかもな。


「ねえ、学くん」

「ん、なんだ?」

「学くんってさ、結局どの女の子が好きなの?」

「な⁉」


 突然ぶっこまれた松江の問い。そういえばこの人、コイバナ大好きだった。


「だって学くん、いつも女の子に囲まれてるじゃん。もなぴと、沙羅ちゃんと、涼音ちゃん。それと幼馴染の……麗奈ちゃん?だっけ」

「囲まれてるっていうか……なんとなく一緒にいることは多いかも」

「そりゃ恋愛に興味ない人もたくさんいるけどさ、学くんはそんなことないと思うんだよね~」


 それは松江の願望では? それか、彼女のコイバナがしたいという想いが生み出した幻影……


「……何を根拠に?」

「もなぴの恋愛レーダーがそう言ってる」

「なんだそれ」


 すると、松江が急に足を止めた。そして俺に腕を絡ませ、耳元でこう囁いた。

 

「……わたしが奪っちゃおうかな」


 俺は瞬時に腕を抜き、戦闘態勢を取る。こいつ……偽物か? それかなにか悪いものでも食べたか?


「冗談だよ~」


 いつもの松江の顔に戻った。なんだったんだ、いまの。急に悪女みたいに……。


「そういう反応はもてなそうに、ね」

「いや、普通に困るんだけど」

「ごめ~ん。つい調子乗っちゃった。てへっ」


 舌を小さく出す。くそ、俺の知ってる松江はどこまで本物なんだ。まさか、このあざとさも計算済みなのか……?


「学くんが恋愛に奥手なのって、何か理由があるの?」

「いや普通にモテないだ――」

「嘘! 学くんのこと好きな人たくさんいるもん」

「それは……」

「気づいてないわけじゃないよね?」

「……うん」


 少なくとも、麗奈は俺を好いてくれている。それに涼音……は、まだ確信が持てないけど。他者の好意を避けているのは事実だ。


「俺、愛北の卒業式で、ある人に告白されたんだよ」

「……麗菜ちゃんか」


 瞬時にその名前を出す。コイバナモードの松江は頭の回転が速い。


「小学校の時からずっと好きだったって。中学校に入ってから勉強を頑張ったのも、生徒会長になったのも、全部俺に見てもらうためだったって。けど俺は、彼女が多くのものを手に入れるほど、それを見るのがつらかった。そんな、誰かを認めることができない自己中な人間に、他者の好意を受けとる資格なんてないんだと思う」


 松江は難しい顔をして聞いていたが、うーんと唸ると、いつもの笑顔でこう言った。


「学くんらしいね!」


 その表情は自信たっぷりで、俺の悩みなどちっぽけであると、思わされてしまった。


「もなぴは学くんみたいに難しいことわかんないけどね。自分中心に考えちゃうのって当たり前だと思うよ」

「そう、かな」

「そうだよ! だから一緒にいたい人と一緒にいる、それだけでいいんじゃないかな」


 松江の言う通りかもしれない。お互いが一緒にいたいと願えば、それを禁じる罪なんてない。俺に枷を付けているのは、他でもない、俺自身だ。


「……それにもなぴは、学くんの優しいとこも知ってるし」

「なにか言ったか?」

「なんでもないよ〜。早く学校戻ろ!」


 だから、俺もいつか自分を許せるように頑張ろう。

 一番一緒にいたい人の、隣に立ちたいから。


 


 



 

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