第18話 一般で大学受けるなら定期テストより模試の方が大事だったり……

 迎えたテスト当日。

 俺は1時間前に登校し、テストの最終確認を行っていた。

 宿敵も既に登校しているが、出席番号順で男女の席が別れているため、言葉を交わすことはない。

 だが窓側に座した彼女の横顔は、どこか自信に満ち溢れたように見える。


 でも、俺は負けない。

 今度こそ、俺は一番に立ち、この学校の主人公になるのだから。



※※※


 テストは滞りなく行なわれ、さらにその翌日の昼休み。

 ここまで、国数理社が返却され、残すは英語のみである。

 俺の点数は以下の通りだ。


 国語91 数学98 理科95 社会95 合計379点


 完璧……とは言えないまでも、勉強したことはすべて出しきれた。

 俺は後ろを向き、デザートのこんにゃくゼリーを食べている村雨に尋ねた。


「お前、何点だった?」

「……まだ食事中なのがわからないかのかしら。見るなら勝手に見なさい」


 と、テストが入ったクリアファイルをそのまま渡された。なんか俺、めっちゃ図々しいやつって感じだけど、まあいいや。お言葉に甘えて拝見しよう。その点数は……

 

 国語95 数学90 理科92 社会94 合計371点


「8点勝ってる!」

「そ、よかったわね」

「どうだ、村雨。いまの気分は」

「本当にあなたは……わかりやすく上機嫌ね」


 今度こそ、宿敵を、村雨沙羅を倒せるかもしれない。

 主人公への道が見えてきた。


「二人ともすごいね~。もなぴは全部30点も行ってないよ~」


 赤点濃厚な松江がやってきた。既に赤いソースを頬に付けている。


「だから早く勉強した方がいいって言っただろ」

「いいのいいの。補習受ければいいし~。それより学くん。声が大きすきて周りに全部聞こえてるよ」

「ほんとにこの男……デリカシーのかけらもないわね」

「……すみません」

 

 少し調子に乗りすぎたかなと反省する。

 食事を終えた村雨はイヤホンを付けて澄ました顔だ。この表情に腹を立てるのも、今日で最後かもな。


※※※

 

 そして放課後。


「村雨、英語何点だった」


 5時間目に返された英語のテスト。俺の点数は91点。苦手な英語で9割に乗せられたのは悪くない。

 村雨が満点じゃない限り俺の勝ちだ……まさか、まさかね?

 

「はあ、わかったわよ。ほら」


 クリアファイルごと手渡される。一番先頭にあった英語の答案用紙が、すぐに目に飛び込んできた。


 100点。


 俺は負けた。1点差で。


「何でだよ……」


 ここでまくるのかよ、村雨沙羅は。どんな主人公だよ。

 涙で視界がぼやける。やめろ、福地学。負けの涙は……惨めになるだけだ。


「……やっぱり、あなたは私と違うのかもしれないわね」


 ぽつりと村雨は言った。

 あの時と同じだ。お前も俺を、、認めてはくれないんだな……


「ねえ、聞いてもいいかしら」

「……なんだよ」

「あなたはどうして、1番になりたいの?」


 それを俺に聞くのか? 完璧で、俺の欲しいものをすべて持った格上のお前が、


「……そんなの、自分の価値を証明して、認められて、主人公になりたいからに決まってるだろ」


 涙が頬を伝った。

 俺にはもう、無理な目標なのかもしれないけれど。


「ごめんなさい」


 突然、村雨が俺に頭を下げた。

 何を謝ることがあるんだよ。俺はおまえの眼中にもなかった。それだけじゃねえか。


「私、あなたを誤解していたわ」

「……俺は取るに足らないってか?」

「そうじゃない! そもそも、あなたは自分が手に入れたい環境を、その手で自らつかみ取った。でも、私は違うわ。本当に欲しいものを、自分で掴んだことはないもの」

「……愛北のことか?」


 村雨はコクリと頷き、そして自らの過去を語りだした。


「絶対受かると思ってた」


~~~~~


 小学生の私は、クラスで一番勉強が得意だった。そして、それは自分が一番努力していたからだと信じていた。クラスメイトも先生も、沙羅ちゃんはすごいね、努力家だねと褒めてくれていた。


 県内一の中高一貫校、愛北学園を受験を受けると決めた時も、周りは口を揃えて、『沙羅ちゃんなら絶対受かるね』と言ってくれた。


 そんなある日。一人の男子が私のところに来た。

 彼は一言。


「俺も愛北受ける。お前には負けないから」


 それだけ告げた。

 私は無理だと思った。彼は目立った成績ではないし、何より、私以上の努力ができるとは、到底思えなかったから。


 そして春。

 愛北学園の合格者番号に、私のものはなかった。

 

 小学校の登校日はまだ残っていたけれど、行く気は起こらなかった。卒業式だけは生きなさいと言われたので、渋々出席した。思いのほか、みんな普通に接してくれた。だが、彼はボソッと、でも私にははっきりと聞こえる声で言った。


「お前、たいしたことないんだな」


 悲しくて、悔しくて、憤った。だけど、何も言葉はなかった。だってそれは、私があの時、彼に対して抱いた感情だったから。

 いや、あの時だけじゃない。私はこれまで、1番になり続けながら、そうでない人間を常に見下してきていた。


 それに気がついた時。私は自分が大嫌いになった。

 下の人間を見つけて安心する自分、上の人間を見て妬む自分、才能もないのにプライドだけ高い時分、現状に満足できない自分。

 それらすべてを、私は憎んだのだ。


~~~~~


「私が推薦入試を選んだのも、自信のなさからだったわ。もう、あんなつらい思いはしたくないって思ったから」

「……そうか」

「あなたも、昔の私と同じだと思っていた」


 宿泊研修で村雨は、『』に、俺がよく似ていると言った。いまならその意味がわかる。彼女が俺に重ねたのは、過去の自分。自らが1番であることを疑わない自分だ。

 だけど……


「でも違った。あなたはたとえ失敗しても、誰になんと思われても、自分が叶えたい目標に向かって進み続けている。それはとっても、素敵なことだと思うわ」


 仏のような優しい顔を俺に向ける。

 だがそんな言葉に、俺は慰められない。だって、お前が憎んでいるのは1番を確信し、他者を見下していた自分だ。だが、俺はそんな確信を持てたことすらないのだ。俺はお前と違って、ずっと、だったんだから。


「……勝手に結論づけんなよ。俺は、努力を認められたいんじゃない。俺のを認められたいんだよ。全力で一番を取りに来るお前を倒さなきゃ、意味がないんだよ」


 たぶん、いまの俺の顔は強者の色は微塵もない。紛れもなく、弱者の顔だ。けどそれでもいい。どんなにかっこ悪くても、俺は自分の価値を認めるために何だってする。どんなことだって。本気のこいつを倒して、トップに立ちたいから。

 村雨はそんな俺を、見てニヤッと笑った。


「それなら心配ないわ。私も頑張る理由を一つ見つけたから」

「え?」

「あなたの悔しがるその顔を、、もっと見たいから。次も全力で叩きのめすわ」


 村雨は、信じられないほど満開の笑顔だった。

 そしてこの言葉に、俺は救われた。こいつは俺の可能性を、実力を、信じてくれるんだ。


「……望むところだ」


 見てろよ。次こそはお前を超えて、主人公になってやるからな。


※※※


「学、本当にありがとね」

「ううん。俺も勉強になったし」


 涼音は俺を待っていたらしく、玄関の前で声をかけられた。どこかすっきりした表情に見える。


「それで、テストはどうだったの?」

「合計400点超えたよ! 学と比べたら全然だけどね。だけど、中学校でもこんなにいい点数取ったことないから、すごく嬉しい」

「おお、すごい!それはよかった」

「ふふふ。それとね……」


 涼音がにやりとした。なんだなんだ。


「英語の点数、勝負しない?」

「英語? いいけど……」

「じゃあ、学くんの答案見せて」

「はい」


 俺は先ほどの91点を見せる。


「私のは……これ」


 92点。俺より1点高い点数だ。


「次は合計でも勝つから。覚悟しててね」


 こうして、今回の定期テストは村雨に敗れたのみならず、弟子にも牙を向けられるという結果に終わったのだった。


 俺の主人公ロードは、まだまだ険しいようだ。

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