第16話 妹がどんな格好でも、お兄ちゃんは何も感じないんだからね!(ツンデレじゃないよ)

 涼音の家での勉強がはかどったことから、俺はある仮説を建てていた。


   場所を変えれば集中力が続くのでは?


 そこで今日はリビングで勉強することにした。なるほど、悪くない。自分の部屋より誘惑が少ないし、なかなか集中できる環境だ。


 だが一つ問題があった。それは怠惰を極めた妹の芽玖めぐが、どうやっても目に入ってしまうということである。床に寝そべり、ポテチをつまみながらテレビを見る妹。制服のスカートとブレザーを脱ぎ、ワイシャツとインナーパンツという無防備すぎる格好だ。これが外だとけっこう女の子してるというからわからないものである。

 あと『妹のそんな姿見れてうらやましい……!』とか思う人は、親の下着姿を想像するといいよ。何も思わないでしょ?


「高等部上がってから、麗奈ちゃん元気ないんだよねー」


 テレビに身体を向けたまま、こちらに顔だけを見せる。おおよそ人と話す姿勢ではない。


「なんでお前が知ってんだよ。校舎違うだろ」

「だって昼休み覗きに行ったり、帰りの時間に玄関で待ち伏せして後つけたりしてるもん」

「それストーカーな」


 知らんあいだに妹が犯罪者予備軍になっていた。兄として教育し直さねば。


「でも成績はさらに伸びてるみたいだよ。こないだの模試の順位なんて全国三桁だって」

「すげえな……」


 恐ろしいのは、愛北学園は学習を先取りしているため、彼女が受けたのはおそらく一学年上の模試であるという点である。俺は中三に入ってから高校受験の勉強ばかりしていたため、先取りはほとんどできていないが、そうしている間にも彼女はさらに遠くに行っていたのである。

 これだから天才は嫌いだ。俺の努力の意味を簡単に奪ってしまう。何をしたって凡人は凡人であるという事実を突きつけてくる。避けられるもんなら、避けた方がいい。


「にいに、最近会ってないの? 麗奈ちゃんに」


 ポテチを食べきった妹が、俺の隣に座った。その恰好で近くに来られると、画ずらがちょいと危ないのでやめて欲しい。いくら俺がなんとも思わんとはいえだ。


「会ったぞ、カフェで偶然。サイデリアにも行ったし」

「カフェ⁉ にいに、そんなおしゃれなところにいくの?」

「おう、誘われてな」

「……女か?」

「おい、言い方」


 芽玖はわざとらしくため息をつき、呆れたような目で言った。


「にいにってほんと、悪い男だよね。昨日行った家だって、女でしょ」

「いや、まあそうだけど……なんでわかった」

「んなの匂いでわかるよ」

「まじ……」


 こいつ本当にストーカーの才能ありそうで怖い。


「けど、別に何もないぞ。知っての通り、生まれてこの方彼女いたことないし」

「あー、もういいや。勝手にすれば。だから麗奈ちゃんだって……」

「なんだよ」

「なんでもない!」


 怒りながら、妹が自分の部屋へ帰っていった。


 わかってる。あの選択が、自分の弱さを言い訳にした、ただの逃げだってことくらい……

 でも、できないんだ。


 俺は、自分の価値さえ、わかっていないんだから。


※※※


 さて。あっという間にテスト前日である。

 だが俺は、勉強するでもなく、村雨の弱点を探すでもなく、ただひたすらにたこ焼きを作っていた。幼馴染の隣で。


「たこ焼き2つくださ~い」

「はーい。1000円になります。がっくん、たこ焼き2つお願い」

「あいよ」


 12時を回ったあたりから注文が途絶えない。主に麗奈が接客と会計を行い、俺はタコ焼きの担当である。鉄板が熱いので汗が止まらない。そもそも五月なのに暑すぎるんだって。最近の異常気象なんなんだよ。もう地球全体にクーラー設置して欲しい。 

 麗奈も顔から汗が吹き出ている。もともと整った顔が汗により光沢を持って、艶っぽい。昔から美人だったけど、なんというか、大人の女性らしくなった。きっとモテるんだろうな。


「たこ焼き1つ頂けるかしら」


 その一言で、あれほど熱かった空気がさっと冷えた。村雨沙羅が客として、澄川麗奈の前に現われたのである。碧谷西のトップVS愛北のトップという頂上決戦の幕が、いま落とされた。


「……500円になり――」

「お願いします」


 麗奈が言い終わるより先に、村雨がワンコインを即座にトレイにおいた。ちなみにお金を置くそのトレイ、正式名称はカルトンなんだって。しりとりでも役にたたない知識だね!

 と、俺が心の中で博識を披露しながらたこ焼きを転がす間も、後ろの空気は恐ろしいほど凍てついていた。たまらず俺は村雨に声をかけた。

 

「お、お前、仕事はどうしたんだよ?」

「遅めの昼休憩よ」

「そ、そうか」


 にしてもここに来なくてもいいじゃん。他にもいろいろ店が……あんまないな。さすが、地元の人にも忘れられた小さな祭り。

 やっとたこ焼きが完成すると、麗奈がそれを村雨に渡した。


「はい、たこ焼きです」

「ありがとう、麗奈さん」


 村雨はわざとらしい笑顔を見せる。麗奈は歯ぎしり……してる気がする。やだ、ここいたくない。


 そして15:30。

 村様がいなくなった後はトラブルが起こることも客が増えることもなく、かなり余裕ができていた。そろそろ抜けても大丈夫かな。ライブ、楽しみ~。


「じゃあ俺、そろそろ行くわ」

「うん。がっくん、お疲れさま」


 俺は『屋台と言えばこれ!』と、何となく頭に巻いていたタオルを取り、かばんに入れた。ライブライブ~。


「ねえ、がっくん」


 麗奈が呟いた。あまりに小さい声だったため、それが俺に向けた言葉だと、すぐには気がつけなかった。


「なにか言ったか?」

「……私、あの時のこと、まだあきらめてないから」


 寂し気に、けど強く、彼女は言った。

 『あの時』という言葉だけで、彼女の意味することはすべて理解できた。


「ごめん……」

「謝ることないよ。……がっくんは何も間違えてないから」


 愛北の卒業式で、俺は麗奈に告白された。だがそれは、凡人たる俺の、最後の心の拠り所を奪うものだった。

 入学してから麗奈はテストの度に、平均点しか取れない俺の点数を尋ねては、自慢していた。だけど俺はそれが嬉しかった。彼女が、愛北で圧倒的トップに立つ澄川麗奈が、俺の実力を認めているということだと、信じていたから。

 しかし、あの日の告白は、彼女の行動が俺の期待した意味ではないことを告げるものだった。彼女は俺を『ライバル』ではなく、『恋愛対象』として、意識していたのだ。

 俺は麗奈の想いには応えられなかった。俺はやっぱり主人公になりたくて。彼女のの隣では、それはできない。そう思ってしまったから。


「でもね、がっくんに譲れないものがあるように、私にも譲れないものがあるの。だから、絶対あきらめない。どんな手を使ってでも、私はがっくんを手に入れるから」

「……うん」


 俺はそれしか言えなかった。恋愛以前に、俺は彼女を受け入れる器を持っていない。自己中な俺に、誰かを愛し愛される資格は、ないのだ。


 その時、祭りの会場全体がなにやら騒がしいことに気がついた。人が集まっている方向に目を凝らす。その中心にいるのは……村雨だ。

 次の瞬間、俺は駆け出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る