第15話 異性の家ってまるで異世界! まず匂いがいいよね。その人だけの香りというか。なんかそれだけでドキドキする。ああ、青春っていいなあ

 5月。ゴールデンウィーク明け。5月病の季節である。

 プニキュラは第二クールが始まり、中盤の山に向けたストーリーが動き出す。そして新キュラの予想が盛り上がる時期。俺はあの敵幹部が光堕ちすると思うめ。いや、して欲しい! 光に堕ちるって違和感ある人もいるかもしれないけど、そもそも光が上だと誰が決めたのか。むしろ闇の方がかっこいいまである。漆黒の〜とかちょーイケてるもんな。どうも、漆黒の福地です。


「テストまであと二週間だー。これからテスト範囲表を配るぞ。ゴールデンウィーク中ももちろん勉強はしていたと思うが、しっかりやれよー」


 久しぶりに聞く大原先生の声。ついにこの時期か。三度目の正直、今度こそ村雨を倒す。

 それに今回は前日に予定がぎっしりだし、早めに仕上げないとな。

 とはいえ、抜かりない俺は、準備もばっちりだ。

 まず山本先輩から既に去年の過去問を頂き、対策を行っている。さらに、入学後に受けた二つのテストの出展を調べた結果、どうやら地元国公立大学の入試問題を基に作成している傾向していることがわかった。そこで、過去20年分の入試問題を手に入れた上で、これまでに習った範囲の問題をピックアップ済み。あとは、国語と英語の板書と本文訳を丸暗記すればバッチリだ。定期テストはセンスじゃない、準備なのだ。


「おっはよー、が~くくんっ。宿題みーせーてー」


 SHRが終わると、いつものように松江がやってきた。こいつは宿題の『宿』という字の意味を何と心得ているのだろうか。


「お前はテスト勉強大丈夫なのか?」

「え? まだ二週間前だよ」


 見ている世界が違っていた。先生の話はどんな気持ちで聞いてたんだろうな。


「沙羅ちゃんは何してしっかりの? テスト勉強?」

「授業の予習よ。授業をしっかり受けていれば、テスト勉強になるわ」


 うわあ。天才型っぽい発言。どうせ今まで通りやっておけば一番になれるとか思ってるんだろ。

 俺はこの定期テストに全振りするからな。舐めてると痛い目見るぞ。 


「ねえ、学」


 とんと肩を叩かれ、振り返る。そこには俺の女神さまのお姿。


「おはよ」


 癒されるぅ。けど、涼音から声かけに来てくれるの珍しいな。


「おはよう、涼音。何かあった?」

「うん、ちょっとお願いがあって……勉強、教えて欲しいんだ」

「俺が、涼音に?」

「うん。今回の定期テストは頑張りたくて。学くん、頭いいから……」


 誰かに勉強教えてって頼まれたの初めてかも。めっちゃ嬉しい。他でもない俺を、必要としてくれたんだ。


「わかった。じゃあ、どこでやろうか。図書館……だと声出せないし」

「私の家!……は、どうかな?」

「涼音の家? いいの」

「うん! ぜひ来て!」

「わかった。じゃあ涼音の家で勉強しよ」

「やった、嬉しい。ありがとう、学」


 ペコっと頭を下げ、ルンルンと涼音が席に戻っていった。癒し、極まれり。5月病ウイルスは完全に撃退されたわ。


「沙羅ちゃん、楽しそうだったね~」

「そうね、松江さん。頬が緩みすぎていて気持ち悪かったわね」


 気がつけば、2人がジト目でこちらを見ていた。


「何ですか? お2人さん」

「「別に~」」

「は、はあ」


 なんだよ。俺が女子の家に行ったら悪いかよ。


※※※


 涼音の家は学校から電車で40分くらいの距離らしい。

 学校が終わると、涼音と一緒に駅へ向かった。そして徒歩通学の俺は、あまりの人多さに圧倒されてしまっていた。

 ちなみに、俺が碧谷西高校を受けた表向きの理由は徒歩圏内だからである。あこがれてたんだよねー。「なんで東大受けたの?」って聞かれて「家から近いから」って答える、みたいな。俺も近所に東大あったら受かるかな。

 駅の中はさらに人で込み合っていた。駅から溢れてしまってもおかしくない。

 

「涼音はいつものこれをかきわけて登下校してるの?」

「うん。テストが近くづいたら部活休みになるし、もっと混むんじゃないかな」

「うわあ。大変だ」


 ラッキーリゾートの人混みでもうんざりしていたのに、この狭い空間に大量の人……。うちの学校生徒多いもんな。

 明らかにキャパオーバーの電車に乗り込む。周りからめっちゃ押される。涼音との距離が近い。というかもう腕とか触れちゃってる。やばい、めっちゃドキドキする。どうしよう。


「学、大丈夫? 顔赤いよ」

「う、うん。大丈夫」


 待って待って待って。顔が近いよお。涼音の『スースー』という息づかいがよく聞こえる。汗も少しかいていて色気が……心臓持たないです助けてください。

 と、俺がSOSを発したところで、電車は次の駅に着き、大量に生徒が降りていった。ふう。

 もしかして入学一週間でカップルが発生してたのって、通学の人混みも一役買ってたりしない? これで身体の距離が近づいて、心の距離も……とか。校内のカップル全員に通学方法のアンケート取りたい。


「そこ、空いたから座ろうか?」

「うん!」


 そこからぼんやりと電車に揺られていると間もなく目的の駅に到着した。そして5分ほど歩き、涼音の家へ。友人宅訪問という、初めての経験に緊張が隠せない。正確には小さい頃、麗奈の家で遊んだことはあるけど、あれは家と言うよりお屋敷なのでノーカンだ。

 

「おじゃましまーす」


 ご両親は仕事で遅いらしい。俺は靴を揃えて涼音の後についていった。


「ここが私の部屋だよ」


 まず感じたのは甘い匂い。全身に涼音を感じる、という気色悪い表現が浮かんでしまったので取り下げる。でも、その人特有の匂いっていいよね。部屋は全体的にピンク色で、まさに女の子って感じだ。が、よく見るといろんな場所にプニキュラがいる。ぬいぐるみにポスターに変身アイテムetc。これはオタク部屋だね。あれ、机の前につるしてるのって……


「ねえ、それプニキュライトだよね? 映画でプニキュラを応援するやつ」

「うん! そうなの。初めて行った映画でもらったの。私の応援にプニキュラが応えて嬉しくて、いまでも宝物なんだ」

「それ、俺も行ったかも」

「ほんと⁉」

「うん。敵がすごく怖くて、夢中でライト振ってたよ」

「ふふ、かわいいね」


 涼音さんの方がかわいいよ? その笑った口を両手で抑える仕草、女神オブ女神ですわ。


「最近のプニキュライトって応援以外にも使われるよな。道を照らしたり、目くらましとか」

「そうそう。私笑っちゃった。映画な始まる前に、人に向けないでって注意してたのに、敵には向けちゃうの⁉って」

「俺もクスってなったよ」


 やば、プニキュラトークめっちゃ楽しい。


「あ~楽しいな。でも、そろそろ勉強しないとだね」

「そろそろ始めよっか。涼音は何の教科が得意なの?」

「英語かなぁ。学くんに比べたら全然だけどね。そして数学が壊滅的……」

「そっか、じゃあ数学から始めようか」


 今回のテストは確率と二次関数。中高一貫校あるあるだと思うのだが、中学生の段階で関連する高校範囲も学習していたりする。そのため、愛北という超名門中高一貫校出身の俺は、既にここをマスターしているのだ。

 というわけで、涼音の疑問点をクールに解消していく。数学が壊滅的という割に、飲み込みがかなりいい、おかげさまで、かなり気持ちよく教えさせていただいている。


「涼音はどうして俺を頼ってくれたの?」

「うーんとね、学くんを倒すため、かな」

「ほえ⁉」

「ふふ。っていうのは半分冗談」


 悪戯っぽく涼音が笑った。


「ほら、学くんも、その周りの人も、私よりずっとすごくてさ。なんだか眩しくて。普通の人間でも、誰かの役に立てればいいんだーって、私はいまでも思ってるけどね。それはそれとして、もう少し頑張れることもあるのかなって」


 自分のために頑張るか、他人のために頑張るか。別にその二択である必要はないもんな。涼音はいまの自分がしたいこと、なりたい自分をしっかり考えて、前に進んでるんだ。

 俺も、自分は人のためには生きられないって思ってたけど、何かできることはあるのかもしれないな。


「あとね、半分は本気だよ?」

「え?」

「学くんを倒したいって、ほんとに思ってるから。油断してるとやられちゃうからね?」


 それは冗談っぽい口調だったけど、その瞳はいたって真剣で。俺は自分を認め、勝ちたいと思ってくれる人がいることが嬉しかった。


 相手は村雨だけじゃない。だから、全力を尽くそう。


 そう、心に誓ったのだった。


 






 


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