第12話 レベルが違い過ぎると嫉妬すらできない

 学校が終わるとそのまま、三人でカフェへと向かった。道は松江に任せているのだが、いま歩いている場所はどう考えても住宅街である。こんなところに本当にあるのか?


「ここだよ〜」


 と、松江が指したのはぱっと見普通の一軒家。だが、たしかに『Café de Blume』と書かれた小さな看板が立っている。どうやらここが目的地のようだ。俺一人では間違いなく見つけられなかっただろうな。はっ! もしかして陰の者には発見できないよう隠れたところに……。カフェ、恐るべし。

 村雨と松江に続いて店内に入ると、そこにはなかなかにオシャンティーな光景が広がっていた。まずテーブルには『私、映えるでしょ♪』とばかりに鎮座した小さなお花。そして天井には淡く輝きを放つシャンデリア。さらに周りはキラキラした女子ばかり。もはやメニュー表まで光っている気がする。何を選んでいいかまるでわからん。


「沙羅ちゃんはどれにするの?」

「そうね……。私はいちごのパフェにしようかしら」

「おお。いいねえ。じゃあ、もなぴはバナナのパフェにするから、学くんはチョコのやつね。それで二人とも一口頂戴」

「……お前、全種類食べたいけど食べきれないから、俺たち呼んだだろ」

「てへ」


 まあ正直、どれを選んでいいかわからなかったのでむしろありがたい。『モナピ♪セレクト』に託そう。


「それにしても、宿泊研修。沙羅ちゃん大活躍だったね」

「そうかしら?」

「そうだよ! 沙羅ちゃんのおかげで女子のバスケは優勝。宿研のテストは満点。それに他クラスの男子に告白までされたんでしょ?」

「一応ね。でも断ったわよ。私にそんな余裕はないから」

「お前ってホント。絵にかいたような主人公だよな。……腹立つ」


 弱点を見つけるはずが、むしろ格の違いを見せつけられてしまった。わかったのは、コイバナ知らない、人混み嫌い、酔いやすい、ってくらいか。これはあれだな。恋に飢えた人間を村雨の周りにたくさん集めて机を揺らしてもらおう。弱点を3つ揃ればさすがに勝てそうだ。


「別にたいしたことないわ。私、推薦だから。合格が決まってからずっと高校の勉強してたの。いまはその貯金があるだけ。スポーツだって、両親が小さい頃から習い事をさせてくれていたおかげだし」

「そこでがんばれるのがすごいよ~。……あと、学くんもすごい顔してるよ」

「ルサンチマンが沸々と……」

「るさんち……ってな〜に?」

「嫉妬ってことよ」


 このままでは俺の中の弱者が奴隷一揆を始めてしまいそうだ。価値の転換、我こそが善人である! ……ニーチェ大先生、私を叱ってください。


「え~、卑屈になりすぎだよ~。学くん首席なんだからさ。ちょっと小者っぽいけど」

「ほっとけ」


 うすうす感じてはいたけど……やっぱり小者なの? 俺。


「まあ、二人が勉強できるから、もなぴも副委員長になったんだけどね~」

「そうなのか?」


 初耳だ。でもたしかに、こいつは楽で楽しいことが好きな人間だし、わざわざ仕事を引き受けるということは、何かしらの理由はあるか。


「うん。学くんは代表挨拶してたし、沙羅ちゃんは最初のテスト満点だったみたいだからさ。勉強教えてもらえるなーって」

「お前、そんな下心があったのかよ……」

「あともなぴがあんまり働かなくても、二人が何とかしてくれそうだし~」

「はあ、呆れたわ」


 たしかに、松江の動機は不純オブ不純だが、そういう人間も必要だよな。不真面目な人間がいるからこそ、優秀な人間の価値が高まるというものだ。問題は、俺がその優秀な人間になりきれていないということなのだが。


「松江は勉強苦手なのか?」

「苦手というか、最低限しかやりたくないんだよね~。楽しくないんだもん。だから直前期にちょこっとお二人を頼らせてほしいな~って思ったり……。それで、いまのうちに根回ししてるんだ~」

「いや、その時間で勉強しろよ」

「も~わかってないな~、学くんは。もなぴは楽で楽しいことしかしたくないの。二人といるのは楽しいこと! そんなわけで、今後ともよろしくね♡」


 まあ、なんと図々しいこと。とはいえ、松江にはなんだかんだ世話になっているし。助けてやらんこともないか。俺ってまじ天使。


「あ、がっくーん!」


 後ろから響く懐かしい声。

 その名前で俺を呼ぶのは、一人しかいない。

 そう確信し、俺は振り返った。


「麗奈……」


 愛北学園高等部一年澄川すみかわ麗奈れな。俺の幼馴染であり……愛北を捨てるきっかけとなった人物だ。

 村雨に匹敵する美貌。そして愛北学園に属しながら学年トップの成績。さらに中等部では生徒会長。まさに非の打ち所のない完璧な主人公である。俺の理想のトップ像は、彼女の影響を大きく受けている。休み時間は哲学書を開くのもその一つだ。良くも悪くも、いまの俺はこいつなしには語れない。一番近くて……遠い存在なのだ。


「こんなところで奇遇ね! どうしてここに……」


 麗奈はこちらに駆け寄るが、連れの存在に気がつくと、一度言葉を飲み込んだ。そして二人を――特に村雨を――鋭く睨みつけた。


「……あなた、名前は?」

「あら、名前を尋ねるならまずご自分が名乗るべきではないかしら。」

「チッ」


 え、いま舌打ちした? 村雨もいつもの澄まし顔ながら、目は敵意に満ち満ちている。文字通り、火花が散っている。


「澄川麗奈よ。がっくんのなの。よろしくね」


 なぜか『幼馴染』にアクセントを置く。やめてよー、マウントみたいなやつ。あたし関係ないわよ? あーん、こわいよお。ママ―。


「私は村雨沙羅。よろしく。学とはそうねえ……一緒に遊園地に行くような関係よ」

「なっ⁉」


 違うでしょー! いや違わないけれども。その言い方だと私とあなたで遊園地デートしたみたいじゃないの。三人で回ったのよ、三人で! そもそも村雨さん、普段あたしのこと名前で呼んでないじゃないの。


「あなたのことは存じ上げないのだけれども、いまは三人で仲良くお茶の時間を過ごしているところですので、邪魔をしないでいただけると助かりますわ。おほほ」


 あなた、こんな悪役令嬢みたいな話し方でしたっけ。おほほって実際に使ってる人初めて見ましたし……。それと、この空気をまったく気にせずパフェを頬張ってる松江も怖い。


「くっ、この泥棒猫め。覚えておきなさい」

「ほほほ。ごきげんよう」


 あ、こいつ泥棒猫だったのか。たしかに俺の学年一位の席とか華麗に奪っていったもんな。そっか、そういうことか。


「またね。が~っくん♡」

「お、おう。またな」


 麗菜は最後に村雨にあっかんベーをして退散した。

 嵐が去ったようだ。死ぬかと思った。


「ねえ誰、あの女? 腹立つんだけど」

「えっと、俺の幼馴染で、愛北の学年一位」

「え……」


 村雨が絶句した。それはそうだろう。愛北学園は全国でも有数の中高一貫校。そこのトップだぞ? 俺だってドン引きだ。あいつを見ていると、努力ではどうにもならない壁があるのだと、嫌でも思い知らされてしまう。


「怖い顔してたね~沙羅ちゃん。おもしろかった~」


 どこをどう取ればあれが面白くなるのかはご教授願いたいところであるが。たしかに怖かった。めちゃくちゃ怖かった。ちびるかと思った。


「そうだ、愛北といえば。今週末、愛北で祭りの打ち合わせをするそうよ。さっき生徒会長から連絡が来たわ。福地くんにも伝えておいてって」

「あ、愛北⁉ どうして?」

「どうしてって……今度の祭りは愛北と合同でお手伝いするんだから、何もおかしくないでしょ?」

「いや、聞いてないぞ」

「そうだったかしら。ああ、あなた会議に遅刻したものね」

「うっ」


 久しぶりの嫌味。遊園地の時はちょっと気が合うかな~とか思ってたけど、まっっったくそんなことないわ。


「そ、それに、何でお前が生徒会長の連絡先知ってるんだよ」

「あなたみたいな会議に遅刻する人間に連絡するためよ。議事録、スマホに送っておくわね」


 生徒会長を目指すために委員長やってるのに、先にそのパイプを作られるとは……。俺もこの間の会議の時、山本先輩に連絡先聞いておけばよかった。くそう。


「それと明日の放課後、学校パンフレットの写真撮影があるそうよ。うちのクラスの委員長と副委員長が載るらしいわ」


 学校パンフレット……受験生とかが読むあの冊子か。俺も去年読んだな。どのページにも、学校生活満喫してます!みたいな男女が載っていて気分悪くなった記憶がある。


「写真か~、いいね。もなぴ、どの服着ていこうかなあ」

「いや制服だろ。というか、なんで俺らなんだ?」

「大原先生が決めたらしいわよ」

「そ、そうか」


 大原先生、まだ若いのに学年主任やってるもんな。それならまあ、自クラスから選ぶのもわかるか。


「てか、なんでお前が先にその話を知っているんだよ」

「さっき連絡が届いたのよ。帰りのSHRで言い忘れてたって」

「お前、先生の連絡先も持っているのかよ!」


 俺、委員長なのに大原先生の連絡先知らないぞ。もはやこいつの方が先生の信頼を得てるんじゃ……。くう、副委員長の分際で生意気な。

 さらに問題なのは写真の画である。村雨は言わずもがな、松江の顔もかなりかわいい。それに並ぶ俺の顔。やばい、逆に目立つやつだ。全国の中学校で二人と俺の顔が比較されて笑われる……屈辱極まれり。


 明日、学校休もうかな。

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