第11話 妹属性ってフィクションの産物だと思うの。まじな話、兄と妹ってなんっっっにも芽生えないからね。芽生える余地もないからね。いやまじで

 火曜日。宿泊研修の振り替えで、学校は休みである。

 昨日は家に帰ってすぐ、録画でプニキュラを確認した。やっぱりかわいくて強いって最高だね。そしてスマホに送られた『コイバナ大好き♡キュラもなぴ』の鑑賞。キュラクローバーの変身ポーズを忠実に再現していて素晴らしかった。


 ちなみに、このポーズにおいて注目すべきは、身体の前でなされた両手ガッツポーズと、腰を落とした内股である。この二つが合わさった時、連想されるのは『かわいさ』と『幼さ』、悪く言えば『あざとさ』だろう。しかし、キュラクローバーはそんな枠組みには留まらない。育ちの良さから来る落ち着きを持った彼女が、『かわいさ』と『幼さ』に全振りしたこのポーズをすることは、『あざとさ』を『神々しさ』に変える。つまりキュラクローバー最高!


 そんなわけで、久しぶりにキュラクローバーのお姿を拝みたくなり、昔の録画を一話から観ていたら驚くべきことにもう夕方である。後悔はないね。


「ただいま~。ねえ、にいに。これ一緒に観ない?」


 妹の芽玖めぐが学校から帰ってきたようだ。手にはアニメのDVD。パッケージにはアイドルのような衣装に身を包んでステージに立つ9人の女の子が描かれている。


「なんだそれ?」

「友達に勧められて借りてきたんだ。Rains?っていうグループが出てくるアニメらしいよ。めっちゃ感動するんだって」

「あっ、村雨がすごい推してたやつだ」


 宿研の行きのバスで言ってたな。彼女たちだけの煌めき?だっけ。たしかに一生懸命な女の子というのは素晴らしいものである。とはいえ、まあまあ昔のアニメだと思うのだが、こう同時期に勧められるということは、再ブームでも来てるのか?

 気がつけば芽玖がジトーッとこちらを見ている。なんでしょう。


「……村雨さんって、女の子?」

「え? うん、まあ」


 はぁと、芽玖がわざとらしくため息をついた。なんだよ、女だったら悪いかよ。


「にいにってさ、モテとは程遠い性格なのに、仲いい女の子多いよね」

「そうか? 単に友達が少ないから相対的にそう見えるだけだろ」

 

 たとえ女友だちが数人でも、友だち自体が少なければ必然的にその割合は高くなる。これは自明の理だ。あと村雨に関しては俺を友達と思っているかも怪しい。


「……でも、にいに女の子泣かしたじゃん」


 ボソッと芽玖は言った。


 あの日の俺の選択を、大切な人を悲しませたことを、こいつはまだ許していない。いや、俺自身だって許せていない。

 でもだからこそ、その責は俺が背負わなければならないのだ。


「だから、もう俺は――」

「あのさ。言っておくけど、にいにの『悪いのは全部自分なんだ……』みたいな態度も相手からしたらめっっちゃ腹立つからね」

「は、はい」

「もっと乙女心を勉強しなさい!」


 相変わらず口うるさい妹だ。ちなみに芽玖は愛北学園中等部の2年生。俺の二つ下である。兄妹揃ってそれなりに勉強はできるのだ。前まではお兄ちゃんって呼ばれてたのに、最近はにいに呼びである。本人いわく「えー、にいにって呼び方、妹属性が強化されてよくない?」だそうだ。妹属性ってなんだよ。


「まあいいや。これ明日聖羅せらくんに返すから、早く観よ」

「……聖羅って、男か?」


 先ほど妹に言われた言葉をそのまま返す。ついでにジト目も。


「そうだよ。……何よその目」

「なんでもねえよ」


 そっちの方が絶対異性の友だちいるだろ。友だちの総数も多いし、ついでにかわいいから確実にモテる。言っておくけどな、お前らに俺のかわいい妹はやらねえかんな。


「じゃあ、早く観ちゃお」


 さっそくDVDをデッキに差し込んだ。


――4時間後――


 テレビの前には、号泣する兄妹の姿があった。


「にいに。最後のライブすごかったね」

「ああ。彼女たちは自分が輝ける場所を見つけて、努力でそれを手に入れたんだ」

「うん! 素敵な光景だった……。青春って尊いんだね、にいに」

「そうだな。妹よ」


 これは村雨がはまる気持ちもわかる。

 青春の煌めきが眩しすぎる。

 これがコ―コーセーかぁ。夢があるなぁ。俺もいつかコ―コーセーになってみたいなぁ。


 それはそうと、今日は一日中テレビ観てたな。

 だが後悔はない。ないったらない。


※※※


「めっちゃかっこよかったよ、Rains。昨日一気見してしまったぜ」

「でしょ⁉ 青春って素晴らしいのよ」

「ああ、素晴らしいな」


 翌日。

 俺と村雨はRainsの話に花を咲かせていた。この感動を誰かと共有せずにはいられなかったのだ。もっと早く出会いたかったぜ。何やってんだよ、小学生の俺!


「初のライブでは一票も入らず最下位でさ。その悔しい気持ちがどこまでも真っすぐだから、最後のライブでみんなから応援される場面なんて涙なしでは見られないんだよな」

「わかるわ……! そうなのよ。完璧じゃない普通の高校生だからこそ、夢に向かってがむしゃらに努力する姿に心惹かれてしまうのよね」

「ほんと。自分が戦える土俵を見つけて、そこで努力して、優勝という結果を得る。まさに青春って感じだよな」


 不意に村雨の表情が曇った。腑に落ちないという感じだ。あれ、俺変なこと言ったか……?


「……それは違うんじゃないかしら」


 ゆっくりと、彼女は言った。


「違う? なにがだよ」

「彼女たちにとって、あのライブに至るまでの時間の一つ一つが煌めきだったのよ。優勝したか否かは問題ではないわ」

「いや。それは勝ったから言えることだろ。その時間の一つ一つが結果に結びつかなかったとして、それを煌めきだったと彼女たちは認めるか?」

「そういう問題じゃ……いえ、争うことではないわね。感じ方は人それぞれだもの」

「ああ、そうだな」


 どうにも、村雨とは根本的なところで価値観が合わないようだ。

 こいつは勝利に対して価値を見出さないのか? あくまで努力にこそ価値があるのか? じゃあ、彼女を努力に駆り立てるものは何だ? こんなにも一番を欲する俺が、彼女に勝てないのはなぜなんだ?


「二人とも~。一昨日はほんとにごめん~」


 気まずい空気を松江が切り裂いていった。一昨日……遊園地の話か。まだ責任感じてたんだな。やっぱりいい子だ。痛いとこもあるけど。


「気にしないで、松江さん。この間も言ったけれど、乗ると決めたのは私だから。あなたに非は一つもないわ」

「うう。沙羅ちゃ~ん」

「それにすっごく、楽しかった! ありがとう。素敵な想い出を作ってくれて」


 村雨の優しい言葉に、松江が彼女の胸に顔をこすりつけている。いいなぁ、そこ代わって欲しいなぁ……とか思ってないからね?


「じゃあせめて、お詫びの気持ちとしてカフェ行かない? もなぴ、奢ります!」

「お詫びなのにめっちゃどや顔……」

「学くんも行くんだよ?」

「俺も?」

「うん! 三人で」


 そんなわけで、俺は二人とカフェへなる場所へ行くことになった。

 趣味はカフェ巡りです!とか言う人間を疎ましく思っていた俺が、まさかきゃつらのホームに赴くことになるとは……


 やっぱサイデリアじゃだめかな。コーヒーゼリーとジェラートのやつ食べたい。

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