第10話 好きな髪型? そんなのツインテールに決まってる
観覧車から脱出した俺たちは、再び丘を降りていた。うん、やっぱり坂は下りに限る。重力のサポートが違うわ。
「それで、次はどこ行きたいんだ? 松江は」
「んっとね……お馬さん。だけど、沙羅ちゃんは乗れないよね?」
お馬さん……メリーゴーランドか。コーヒーカップほどではないが、十分に回転するアトラクションである。酔いやすい村雨は無理をしない方がいいだろう。
だが彼女は少し考えた後、前向きな返事をしていた。
「……せっかくだから乗ろうかしら」
「ほんと!」
「ええ。今日はとても楽しかったし。どうせなら最後まで付き合うわ」
「ありがと~。沙羅ちゃ~ん」
松江が村雨に抱きつき、顔を胸にうずめている。そこ代わってくれないかなあ……とか思ってないよ。ほんとだよ?
「お前、大丈夫か? 無理はしない方が――」
「問題ないわ。これくらい」
「じゃあ行こ~」
松江が村雨の手を引きメリーゴーランドへ一直線に進んでいく。まあ、本人が問題ないと言うなら大丈夫か。
列はそれほど長くなかったので、すぐに案内された。今日の来場者のほとんどは高校生みたいだし、それならジェットコースターとかの方が人気だよな。
さっそく松江が白い馬にまたがった。顔がにっこにこで相当ご機嫌なご様子だ。そんな彼女を横目に、日影を好む俺は馬車へ。うぬ、なかなかいいぞ。シンデレラになった気分だ。まあカボチャの馬車ではないんだけど。
と、考えていると本物のシンデレラ……を思わせる美貌の持ち主、村雨も乗り込んできた。
「隣、失礼するわ」
「お、おう」
自然に横に並ぶ村雨。こいつ、昨日もわざわざ俺の隣に座ってたよな。はっ! まさか俺のことが……の可能性は120%ないので廃棄する。こいつは俺の敵!
周りの馬が上下移動をはじめ、外の景色だけが後ろに流れていく。馬車は静かに揺れるくらいの動きしかないため、なかなかに快適だ。こういうのもたまにはいいな。
ふと、肩に重みを感じた。さらさらの髪が耳に触れる。視界に現わるは村雨沙羅の美しき横顔……って、なんだなんだ?
「ど、どうした?」
「ごめんなさい。少し酔ってしまったみたい」
「まじかよ」
ちょうど回転が終わったため、俺は村雨に肩を貸しながら馬車を降り、出口に向かった。足がふらついているようだ。
「もう平気よ。……ありがと」
「お、おう」
メリーゴーランドを出て日光に照らされた村雨の顔は、やや火照っているように見える。本当に平気なのか?
先に出ていた松江も、こちらに合流してきた。
「楽しかったね……って、沙羅ちゃん⁉ 大丈夫⁉ ご、ごめんね。もなぴが無理言ったから……」
「気にしないで……少し酔ってしまっただけ。それに乗ると決めたのは私だから。松江さんは何も悪くないわ」
少しと言いつつ、村雨はかなり青い顔になっている。これは日陰で一度休んだ方がいいな。
「村雨、そこのベンチまで連れていくから背中乗れ」
「だ、大丈夫よ。歩けるか――⁉」
俺は村雨の足を持ち、背中に乗せた。あの木陰のベンチまででいいだろう。
「ちょっと、恥ずかしい。降ろして」
「おい、暴れるなって」
「いいから。降ろしなさいって」
ペシッと頭を叩かれる。そして村雨は背中から降りると、ベンチへと走っていた。
「走れたのかよ……」
「沙羅ちゃ~ん」
追いかける松江の後を俺も追う。
ベンチに座った村雨は、先ほどより少し顔色が良くなったようだった。
「さっきより具合もいいわ。もう少し休めば大丈夫そう」
「そうか、よかった。……むりやりおぶってすまん。つい焦った」
「私こそごめんなさい。取り乱したわ」
村雨が少ししゅんとしている。珍しい光景だ。俺も反省しないとな。おんぶは最終手段!
「あのさ、学くん」
「松江、どうした?」
「もなぴは沙羅ちゃんと休んでるから、さ。学くんはラッキーリゾート、楽しんできてよ」
「いや、俺も残るよ。お前一人だと心配だし」
「ううん、もなぴは大丈夫だから」
松江の潤んだ瞳は、俺に強く訴えかけていた。
「元はと言えば、もなぴがメリーゴーランド乗りたいって言ったのが原因だから……。せめて学くんには、楽しんできて欲しいの」
「わかった」
好意を受け取ることは、自分だけではなく相手のためでもある。きっと松江なりに責任を感じてのことなのだろう。それならば、俺の選択肢は一つだ。
ラッキーリゾートにいられるのはあと一時間ほど。もう少しだけ、思い出を作ってくるとしよう。
※※※
いざ! 一人遊園地である。
さあ、どこへ行こうか。とはいえ、昔に何度も来てるから大体のものは経験済みなんだよな。とりあえずコーヒーカップでも乗るか。一人ならハンドルも回されずゆったり座れるからな。
俺は最後尾についた。この感じだと次の案内で中に入れそうだ。
「あれ、福地くん? こんにちは」
「あ、こんにちは」
前に並んでいたのは海原さんだった。今日は髪を巻いていて、また一段とおしゃれな感じだ。宿研中は会うたびに髪型が変わっている気がするけど、どれも似合っているのがすごい。
「海原さんはお一人?」
「うん。福地くんは?」
「俺も一人だよ。連れが具合悪くなっちゃったさ」
「そう、なんだ。えっと、連れって――」
「あ、そのかばん!」
海原さんの肩にかかった小さなかばん。そこには、愛すべきプニキュラのロゴが描かれていた。
たしか3年前くらいに売られていたやつだ。欲しかったけど、当時は普段使いできないからと購入を断念したんだよな。惜しいことをしたものだ。あの時の俺は中学生で、プニキュラを観ていることが少し恥ずかしかったのだ。未熟であった。子どもにとって大切なメッセージは、大人にとっても当然大切。そんなことにも気がついてなかったんだから。
「うん、プニキュラのなんだ。お気に入りなの」
「めっちゃかわいいね。いいなあ」
海原さんみたいなかわいい女の子が持ってるとより映えるな。やはり俺が持つべきかばんではなかったのかもしれない。
「福地くんはずっとプニキュラ観てるの?」
「うん、観てるよ。初代から今作まで」
「私も!」
自分の声の大きさに驚いてしまったのか、海原さんが恥ずかしそうにうつむいた。気持ちはわかるよ。推しのことになるとつい熱くなっちゃうんだよな。
「それで、昨日プニキュラ見られなかったのショックでさ」
「わかる! プニキュラのために一週間頑張ってるのにね」
海原さんはむくれていて本当に怒っている様子だ。
好きなことで感情を共有できるの、めっちゃ楽しい。
「ねえ、福地くん」
「なに?」
「――学って、呼んでもいい、かな?――」
彼女の頬は、感情を抑えるように小さく震えていて。少し触れるだけで、その感情が漏れ出してしまいそうだった。
「……あの、えっと、ほら。プニキュラだと名前で呼び合うのは友情の芽生えって感じだし。だから、私たちもどうかな、なんて……」
当然、断る理由なんてどこにもない。
「うん、もちろん! す、涼音……」
「……はい」
プシューと音がなった……ような気がする。涼音も、あとたぶん俺も、顔が真っ赤だ。
いや、名前で呼んだだけじゃん。なんでこんなに熱いの?
「が、学。コーヒーカップ、一緒に乗らない」
「う、うん。乗ろっか」
「やった!」
何その笑顔。落とされそうなんですけど。てかもう落ちてる。
そしてゲートの扉が開いた。
こういう時は男性がリードすべきなのだろうか……? いや、でもレディーファーストとも言うしな……。と、悩んでいると、レディーに手を引かれてしまった。
おそらくだけどこれ、ジェントルとしては一番だめなやつだ……って、ん? なんだこのふわふわな感触は……手⁉ 握られてる!?
「学、これにしよ」
「う、うん」
ドキドキで頭が回っていない。うみは……涼音ってこんなに積極的だっけ。手を握るとか心臓破裂しそうなんですけど……。俺は言われるがまま、黄色のカップに座った。
「……嬉しいな、学と乗れて」
「そう、だね」
ああ、お顔を直視できません。巻いた髪が風に吹かれている。黄色いカップも相まってプニキュラ味も感じられる。……あれ、そういえば黄色いコーヒーカップって、今朝松江が何か話してなかったけ? たしか――
「それでは、出発で~す」
係のお姉さんの合図と共にカップが回り出す。すごい勢いで回っていく。ミキサーに入れられた野菜くらい回っている。このアトラクション、こんな激しかったっけ……と思ったら涼音が全力でハンドルを回していた。俺の思考もドキドキも回転ですべて吹き飛んだ。
「がくー、楽しいねーーー!」
「お、おううううううう」
涼音の問いかけに答える余裕は俺にはなかった。すごいスピードで動く背景の中、カップと涼音だけが制止している。これ、村雨じゃなくても具合悪くなるよお。
※※※
何回転したのだろうか。
俺は回ることの大変さを身を持って学び、約46億年前から自転を続けているこの地球に対して、改めて尊敬の念を覚えていた。
「ごめんね、学。遊園地あんまり来ないから、ついはしゃぎすぎちゃって……」
「大丈夫、大丈夫」
とは言いつつも、視界がまだぐるぐるしてる。ぐるぐるしすぎてこれはすごいどっかーんが来そうだ……。あとどうして涼音はこんなにぴんぴんしてるの? あ、そういえば酔いにくいんだっけ。
「……そろそろ集合時間だね」
「うん。バス戻らないと」
気がつけば残り15分。楽しい時間はあっという間だ。でもやっぱり……名残惜しいな。
「あのさ……学」
「何? 涼音」
「また今度、二人で遊んでくれる、かな?」
「うん! ぜひ」
俺に人を幸せにする力はないけれど。
楽しい時間を共有できるのは、やっぱり嬉しい。
それに気づかせてくれた、涼音との遊園地だった。
「あと、もう一つだけ聞いてもいいかな?」
「うん。なに?」
涼音は小さく息を吸い、恥ずかしそうに、けれど悪戯っぽい表情でこう尋ねた。
「髪型毎回変えてたんだけど。……どれが好きだった?」
この宿泊研修中、彼女の髪型はいつも違っていて、どれもものすごく似合っていた。
だが、この問いの答えは一つしかない。ないに決まっている。
俺は彼女の瞳を真っすぐに見据え、はっきりと告げた。
ツインテール、と。
※※※
バスに戻ると、既に村雨は座席に座っていた。
「お前、大丈夫か?」
「うん。5分くらい休んだらよくなったわ。……その、乱暴してごめんなさい」
「お俺も焦って、いろいろとごめん」
いくら村雨がふらついていたとはいえ、肩を貸してゆっくりと移動するなり、他に選択肢はあっただろう。現に、彼女は走ることさえできたわけだ。俺らしくない、反省せねば。
「ところで、あれから松江さんと歩いていたら、すごい勢いで回転するコーヒーカップに、あなたと海原さんが乗っているのを見かけたのだけれど。ずいぶん仲がいいのね」
「ま、まあそうだな。趣味が合うんだよ」
「ふーん。そ」
なんかいつも以上につんつんしてる気がする。おんぶしたこと、まだ根に持たれてるな、これ。
「まあ、お幸せにね」
「そ、そう言うんじゃ――」
「よーし。出発するぞー。福地と村雨、点呼頼むなー」
人数の確認をしてバスが出ると、すぐに村雨はイヤホンをつけた。
俺も疲れたし寝るか。
帰ったら録画したプニキュラ観よっと。
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