第7話 かわいい女の子のカップリングほど美しきものはない。そこに男などいらぬのだ

 今日の夕食はみんな大好きカレーである。おいしいよねー。昔はからいからカレーって名前なんだと思ってたけど、よく考えたら日本発祥じゃないわ。

 まあ、いまの俺に興味があるのはカレーの由来などではない。その前のあれだ。


「よーし。夕食の前にテスト返すぞー」


 来た。運命の時。

 ここで一位なら、『村雨沙羅の弱点発見プロジェクト』など必要ない。そして、俺の学年トップとしての華々しい学校生活が、遅ればせながら幕を開けるのである。

 一人ずつ名前が呼ばれ、答案が返される。

 俺は……やはり数学と英語、いずれも一問ずつ間違えていた。とはいえ一問。配点は同じなので、満点の人間がいない限り、俺の勝ちだ。


「今回のテストの一位は――」


 大原先生が口を開く。どうなんだ。どうなんだ……?


「数学・英語ともに満点の村雨だ。よく頑張ったな。今回のテストはほぼ中学校の範囲だぞー。半分に届かなかったものはしっかり復習するように」


 両方満点……だと。

 もしかしたら、とは思っていた。だがやはり、完璧にならないと勝てないのか、こいつには。


「よーし。では、いただきます」

「いただきます!」


 カレーを口に運ぶ。味を感じない。精神がやられると味覚もなくなるんだな。

 落としたのはいずれも初見の問題。高校の範囲も含まれたものだ。だが、俺だって愛北で三年間それなりに頑張ってきた。少なくとも、公立出身の人間よりはアドバンテージがあるはずなんだ。それなのにどうして、村雨沙羅には勝てないのだろう。

 味を感じることなくホイホイとスプーンを動かしていたら、あっという間に完食してしまった。

 まあ、終わったことを悔やんでも仕方ない。わからなかった問題、もう一度考えて――


「え! 福地くんすごい」


 急に声を掛けられ、振り返ると、ツインテールの海原さんが俺の答案を覗き込んでいた。大事なことなのでもう一度言おう。、である。


「海原さん。もう食べ終わったの?」

「うん。カレー美味しかった~」


 満足そうな笑み。傷ついた俺の心に癒しが注がれていく。そしてツインテールがかわいすぎる。


「福地くんって、やっぱり頭いいんだね」

「そんなことないよ。現に村雨には負けてるし……」

「たしかに村雨さんもすごいけどさ。私からしたら、どっちも雲の上って感じだよ」

「そう、かな」


 嫌味っぽさも、卑屈さも少しもなくて、純粋にそう思っているような表情だ。彼女と話していると、自分の性格の悪さが露呈して、羞恥の感情が沸きあがってくる。


「そういえば、バスの時間にニーチェ読んでみたんだ」

「おお。どうだった?」


 海原さん、バスで本読めるのか。一人でしりとりをしていた人間とはえらい違いだな。


「それが、難しくて全然わからなくて……。福地くんはニーチェのどんなところが好きなの?」

「好きなところか。うーん」


 なんかかっこいい!っていうのが正直な答えだけど。その答えはかっこよくない。そうだな、強いて言うなら。


「自分だけの価値を創造しろって、背中を押してくれるところ……かな」


 凡人であることが、その他大勢であることが嫌だった俺にとって、『自分だけの価値』は何よりも魅力的で、どうしても欲しいものだったから。


「たしかにニーチェって、常識を批判するイメージあるかも。『神は死んだ!』とか」

「そうそう。大衆の価値にあえて抗うというか。そういうの、なんかいいなって」

「……やっぱり福地くんは、自分だけの価値を見つけたいんだね」


 なぜか寂しそうに、海原さんは言った。


「海原さんは違うの?」

「そう、だね」


 海原さんは親指を唇に当て、視線を落とした。そしてゆっくりと、言葉を紡いだ。


「私は自分の価値を見つけるより、誰かに価値を与えたい……かも」

「価値を与える?」

「うん。ほら、福地くんとかと違って、私には取り柄とかないからさ」

「そんなこと――」

「ううん、そうなの。私には何もない。だからせめて、誰かの役に立てる人間になりたいんだ」


 たぶん、俺も海原さんも根本は同じだ。自分自身に価値を見出せていない。俺はそれが嫌だからこそ、一位になって、価値ある存在になりたいと願った。

 でも海原さんの発想は正反対だ。自分に価値を見出だせずとも、他者のために行動し、誰かにとって価値ある人間であろうとする生き方。それは、ないものねだりの人間よりもずっとすごいと、俺は思った。


「素敵な考え方だね」

「ありがとう。でも私はただ、福地くんみたいになれないから、消去法で人のためになる生き方を選びたいってだけ。だから、そんな素晴らしいものじゃないよ」

「そっか……」


 それでも、俺はそれを素敵な生き方だと思う。利他的な生き方は簡単じゃない。それに動機がなんであれ、誰かの役に立とうとすることに、優劣なんてないから。


「なんの話してるの~」

「キャッ」


 後ろから海原さんに抱きつく影。頬に米粒をつけた松江である。


「涼音ちゃんの身体柔らか〜い」

「あの、えっと……」

「おい、離れろって。あとお前、ここ。ついてるぞ」

「あ、ほんとだ。テヘッ」


 引き剥がされた松江は指で米粒を取り、パクっとくわえる。エロスが感じられる仕草だ。本人は何も意識してなさそうだけど。 


「ねえねえ、涼音ちゃん。一緒にお風呂入りに行こ」

「わ、私⁉ えっと、松江さんと……?」

「うん! あともなぴって呼んで~」

「……も、もなぴ、ちゃん?」

「ふぎゃ!」


 海原さんが発する『もなぴちゃん』という単語がかわいすぎて、思わず変な声が出てしまう。初めて松江の呼び名のメリットがわかった。メモしておこう。


「あのさ~学くん」

「ん? なんだ、松江」

「もなぴも学くんがちょっと変わってるのは知ってるよ。でもさ、人の呼び名に奇声を上げるのはさすがに良くないかな~って、もなぴは思うんだ」

「す、すまん」


 たしかに良くないことではある。てか俺、松江にも変わってるって思われていたのかよ。けっこうショックだ。


「それでね。もなぴ、涼音ちゃんと一回話してみたかったんの」


 松江は元の目的だと思われる海原さんに、再度話しかけている。グイグイと来る松江に、海原さんはやや困惑している様子だ。


「そ、そうなんですね……」

「うん! だって涼音ちゃんかわいいから」


 かわいいと言われ、海原さんは頬を赤らめている。なんだこのカップリング。俺に得しかないや。だって二人ともツインテール、ツイン♡ツインなんだぜ? 最高過ぎるだろ。もな×すず? すず×もな? どっちでもいいからもっと供給してくれ。


「か、かわいいかな。私……」

「かわいいよ~。じゃあね、学くん。涼音ちゃんはいただくから」

「お、おう」

「ま、またね福地くん」

「またねー」


 こうして、海原涼音は、米粒をつけたJKに誘拐されていった。二人はこの後、どんな交わりを……だめだ。邪念が払えん。

 とりあえず、俺も大浴場に行って気持ちを落ち着かせよう。ちなみにシャワー派なので入浴はなしだ。田中とかに絡まれてもめんどくさいしね。

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