第6話 大縄跳びって一人一人の責任が大きすぎると思うんだよね

 40分ほどバスに揺られ、宿泊施設に到着した。

 バス移動って嫌だよな。電車なら本とか読めるけど、バスだと絶対に酔うし。かといって周りに話す友だちもいない。暇すぎて脳内で一人しりとりしてたよ。俺が俺にプ攻めをしてくるからきつかった……。『セロハンテープ』は無しだろ。それなら『マスキングテープ』も『スズランテープ』も『両面テープ』も『ビニールテープ』も『ラインテープ』も有りになるじゃねえかよ。


 だが、そんな退屈な時間を乗り越えた後にやってきたのは、また別の退屈な時間であった。

 バスを降り、移動させられた先は体育館ような場所。そこで生徒たちは、先生方のありがたいお話をオムニバス形式で聞かされている。入学おめでとーとか、高校生としての自覚がーとか、本研修の意義ーとか、その他もろもろーとか。右から左に流れていく。思うんだけどレジュメにして配布したらどうかな。視覚情報ならまだ頭に入るからさ。

 というわけで、聴覚情報は夢の世界への入り口にしかならないので、一度周りを見渡してみる。建物はかなーり年季が入っているようだ。柱は色が落ちてるし、天井は雨漏りしているのか、下にバケツが置いてある。そういえば、さっき廊下がミシミシいってたな。……夜に虫とかでないよな?


「――なので、来た時よりも、美しく。ということで。整理整頓含め、きれいに使ってください。以上」

「教頭先生ありがとうございました。ではさっそくテストを行うので、今から言う教室に移動するように。一組は――」


 睡眠用音楽ことありがたいお話はおわったものの、退屈→退屈→テストの流れに不平不満の声があちこちから上がる。当然だろう。テスト大好きの俺も、正直少し休みたい。

 だが、気を抜くわけにはいかない。

 この数日間。俺は一位を取るため、テスト範囲である数学と英語の春休み課題を十周した。おかげで答えをほぼ暗記してしまったよ。残念だったな村雨沙羅。お前の天下もここまでだ。

 

――二時間後――


 テストが終わった。

 手ごたえは悪くない。春休み課題と同じ問題が半分以上だったし、残りの問題も余裕を持って解答できた。英語の長文と数学の最後の大問だけ自信がないけど。ま、どうせ誰も解けないだろ。……あれ、この展開、前にもなかったか?


「が~くくんっ」


 何者かに背中を叩かれた。まあ、男に気安くボディータッチするような軽い女なんて、俺の周りには一人しかいない。


「どうだった? テスト」


 松江が視界にひょこっと入ってくる。顔が近い。ドキドキするから離れて欲しい。


「一応全部解けた……はず。後半自信ないけど」

「わ~お。すごいね~。もなぴはねえ、な~んもわかんなかったよ~」


 な~んもわかんなかったくせになぜかご機嫌だ。今回のテスト、一応中学範囲なんですけどね。それともう少し距離取って。すぐ勘違いしちゃうんだから、私たち。


「あ! 沙羅ちゃんはどうだった?」


 どうやら、興味が別の対象に移ったようだ。俺もそれ、気になるぞ。


「いつも通りよ」


 だが、その興味が返ってくることはなく、村雨はそのまま部屋を出ようとしていた。相変わらずの澄まし顔である。嫌な予感しかない。こいつまさか、また満点だったり……さすがにないよね? え、ないよね?


「やっぱり沙羅ちゃんもすごいね~。一緒に部屋戻ろ」

「ええ、構わないけど」


 こうして、二人は施設の部屋に戻っていった。だが俺には当然、一緒に戻る友達などいない。ふっ、優秀な人間は往々にして孤高なものよ。……悲しくないもん。


 テストが返されるのは夕食前である。俺の運命やいかに。


※※※


 テストの次はクラス対抗バスケットボール大会だ。文武両道。いかにも自称進学校らしいモットーだ。本宿泊研修で初めてのイベントらしいイベントであり、生徒たちもかなり盛り上がっている。

 だが、俺はスポーツが大っ嫌いだ。特に、団体競技に対しては嫌悪を通り越してもはや憎しみまで覚えている。


 忘れもしない小4の大繩大会。

 俺のクラスは優勝を目指し、毎日昼休みに全員で練習を重ねていた。

 そして、本番当日。

 せーのっと声を合わせ、繩が回ったその0・5秒後。俺の左すねに繩が直撃していた。痛かったよ。脚も、周りの視線も。その日以来、団体競技は俺の敵となったのだ。


 そのため、今回のバスケもすべて見学する気だったが、どうやら一試合は出る必要があるらしので、俺は最初の試合だけさっと出場した。そしてボールを二度触っただけでコートを去った。まずパスが来ない。ブロックは一瞬で抜かれる。転がってきたボールにやっと触れたと思ったら、すぐにパスしろと怒鳴られる。まったく。これだから嫌なんだよ、団体競技は。

 そんなわけで、俺はステージの縁に座り、女子の試合の観戦に徹している。村雨沙羅の弱点を見つけねば。

 さて、村雨は……いた。めっちゃ動いてる。ゴール前でボールを奪って、ドリブルで上がり、一人、二人と交わして、そこからパスっ、と見せかけて直接シュート。吸い込まれるようにネットに入った。


 すげえ。


 女子の黄色い歓声と、それを上回る大原先生のうおーっという雄たけび。そして、その盛り上がりとは対照的な、村雨の何のことはないといういつもの澄まし顔。まるで村雨沙羅という人間を中心に、世界が回っているようだった。華ありすぎだろこいつ。悔しい。ずるい。俺も黄色い歓声欲しい。

 その後も、村雨の大活躍が続き、急速に興味を失ってしまった。そもそもスポーツは俺の専門外だしな。

 気分転換に他の人間に視線を移す。みんな一生懸命ボールを追っていて結構なことだ。あの人は休んでるけどな、試合出てるのに。……あれ松江じゃね? さすが、楽なことと楽しいことしかない人種である。

 次にベンチの方を見る。知らない顔ばかり……と眺めていると、ポニーテールの少女と目が合った。


 海原さんだ。


 彼女はこちらに気がつくと、控えめに手を振ってくれた。俺も小さく振り返す。全身の力が抜けていく。朝は髪を下ろしていたけど、今は上で束ねていて、スポーツフォルムって感じだ。癒されるなあ。海原さん、運動得意なのかな。


「な~に見てんの?」

「うわっ」


 ぬるっとイケメンが視界に入りこんできたため、イケメンアレルギーの俺は思わず拒絶反応を示してしまう。


「いきなり『うわっ』て、ひどいな~」

「……お前、試合は?」

「予選負けしただろ。委員長、見てなかったのか?」

「ああ、あまり興味なくてな」


 この男は田中。顔がいいだけでなく、運動能力もずば抜けており、男女ともに人気が高い。もちろん俺の嫌いなタイプだ。噂によると、サッカー部に入部して一週間足らずで既にレギュラーに選ばれたらしい。実に憎たらしい。人気者は去れ!


「そうか、委員長は女子の試合の方が気になるか……」

「な、なんだよ」

「委員長ってもしかして女好き? むっつりスケベ?」

「なっ⁉ ちげえよ」


 こいつ、失礼すぎるな。……でも、村雨にも性欲お化けって言われたんだよな。もしかして俺、ムラムラがめっちゃ顔に出てたりするのか? ムラムラフェイスなのか?


「それか好きな女とか……」

「いねえよ。お前に関係ないだろ」


 なんで陽の者はこんなにぐいぐいプライベートに踏み込んでくるんだよ。それにもしも、もしもな? 俺に好きな人がいたとしても、お前に教える義理はねえよ。


「まあ、村雨は美人だよな~」

「たしかに顔は良いよな。……なんだよ」

「いや~。なんでもないぜ」


 田中が意味ありげにニヤリと笑っていた。いや、村雨はマジでないぞ。だって交際したらあの人、絶対恐怖政治始めるもん。


「ま、夜にでも話聞かせてくれよ。好きな人の話」

「うるせ」


 誰が聞かせるものか。こんなやつに話したら、どこに広まるかわかったもんじゃない。

 それより、『村雨沙羅の弱点発見プロジェクト』だ。今のところ、コイバナを知らないって情報しか得られてないぞ。


 よし、そろそろ本気を出そう。そして、この学校を我が配下に収めてみせる。がーはっはっはっはっはー。


―――――――――――――

近況ノートの方にも書かせていただきましたが、今作、累計100pvに到達しました!

読んでくださっている皆様、ありがとうございますm(__)m


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