第2話 ツインテールはかわいい。特にハーフアップね

 今日の一限目はLHR。すなわちロングホームルームである。中学校だと学活なんて呼ばれてたけど、アルファベットで略した方が絶対かっこいいよね。まあ、今のところホームというよりアウェイなのが悲しいところなのだけど。


「よーし。ではさっそく各委員を決めていくぞー」


 担任の大原先生が黒板に『委員会決め』と書いていく。若い女性の先生だが、堂々として仕事ができそうな人だ。バスケ部の顧問もしているらしい。


 さて、俺の持つもう一つの目標。それは生徒会長である。

 皆に頼られ尊敬される優等生は生徒会長でもあると相場は決まっている。生徒のお悩み相談に乗ったり、部活動の予算を承認したり、時に生徒のためなら教師との対立も厭わない。文字通り学校の実権を握り、中心に立つ存在。それこそが生徒会長なのである。

 だが、生徒会長になるには当然、選挙に勝たねばならない。したがって、まずはクラスの役職で実績を作っておくことが必要なのだ。


「まず学級委員やりたい者はいるかー」


 さあ。いよいよこの時が来た。クラスのトップに、俺はなる!

 が、ここですぐに手を挙げてしまうのは二流のトップである。一流はここで3秒待つ。これにより、皆がやりたくない仕事を率先して引き受ける心優しい福地学くんという認識がクラス全体に自然と生じ、信頼されるリーダーへとつながるのである。

 ふっ。まあ、見ていなさい。

 1秒。2秒。3び――


「はい」


 背中から響く落ち着いた美しい声。それは、俺のピンチを意味していた。


「お、村雨。やってくれるか」


 またお前かーーーーーーーーーー。

 後ろの彼女を思わず見る。その澄ました瞳は告げていた。「あなたのような下賤な人間に私が大人しく従うと思って?」、と。ぐぬぬ。お、俺の理想の高校生活を、どこまで邪魔しようというのだ、貴様は……


「――よし、他にいなければ村雨に――」

「は、はい。はい。はーい!」


 俺は慌てて手を挙げた。くそ。これじゃただの目立ちたいやつじゃないか。


「お、福地も立候補をしてくれるか。今年のクラスはやる気があっていいな。他にはいないか? いなければこの二人で投票を行うが」


 教室からの反応はない。まずい。非常にまずいぞ。このままではチクチク暴力女と一騎打ちになってしまう。投票でこいつに勝てるか? いや無理だ。今のところ、こいつに優る要素が一つもない。どどどどうしよう、俺の生徒会長への道がぁ……


「他にはいないな。よし。じゃあ投票に――」

「すみません、先生。私、降ります」


 え、まじ?


「いいのか、村雨」

「はい。積極的にやってくださる方がいるなら、私は大丈夫です」

「わかった。では、学級委員は福地にお願いしよう」


 ぱらぱらと拍手が鳴る。助かった、のか? だがその拍手は俺を祝福するというより、村雨の心意気を褒め称えるようなものに感じられた。悔しい。苦しい。やるせない。


「では福地、学級委員よろしくな。村雨は副委員長ということで問題ないか?」

「はい。よろしくお願いします。」


 ぐぬぬ。これでは俺が譲られた委員長みたいじゃないか。そして自分は好感度を稼ぐ……なんて小賢しい女だ。相変わらず澄ました顔しやがって。

 いや、違う。きっとこいつは俺に負けるのが怖くて尻尾をまいて逃げだしたんだ。そうだ、そうに決まってる。ふんっ、哀れな女め。


「では次は副委員長だが、村雨ともう一人、やりたい者はいるかー」

「は~い」


 幼い少女のような可愛らしい声が響く。あれはたしか……松江さん、だっけ。身長が低く、童顔で目がクリっとしている。そして、特筆すべきはその髪。頭の横から二つに結ばれている。いわゆるハーフアップのツインテール。俺の一番好きな髪型だ。人類みんなツインテールにな~れ。


「松江だな。他にはいないか? よーし。じゃあこの三人に決まりだな。みんな拍手ー」


 一番任されたくない役職がすんなりと決まり、安心したような空気が教室に流れる。それにしても、松江さんのことはよく知らないが、村雨沙羅は本当に油断できんな。まさかこの女、俺を差し置いて本当に、学校の一番人気を不動のものにしようとしてるんじゃ……。


「では次は――」


 その後、残りの委員もすんなりと決まり、最後に今週末の宿泊研修の説明をされたところで授業終わりのチャイムが鳴った。


「よーし。では一限目はここまで。委員長と副委員長は放課後に全校協議会に必ず出席するように。以上」


 はあ、長かった。全校協議会でもあいつと顔合わせなきゃいけないのかよ……。先が思いやられる。とりあえず心を落ち着けるため、俺はいつも通り愛読書のニーチェを開く。

 俺が休み時間に読書する理由。それはいわゆる教養のためだ。真に優秀な人間は、ただ学校の勉強に追われるのではなく、常日頃から学びに貪欲なのである。だからこそ、俺は空き時間に難しい本を読む自分をアピールしている。アピールに何の意味があるかって? ちっちっち、何ごともまずは形からなのだよ。べ、別に難しくて内容が理解できないわけじゃないんだからね。


「やっほー、学くーん、沙羅ちゃーん」


 高校ではなかなか聞かない、トーンの高い幼げな声。先ほど副委員長に立候補した松江さんだ。やっほーと呼び合うような関係性を彼女と築いた記憶はないが、何用だろうか。


「自己紹介するね。松江まつえ萌菜もなだよ~。もなぴって呼んでね。好きなものは甘いもの全般! 楽なことと楽しいことがだ~い好き。あとコイバナも! よろぴ~」


 唐突に始まる新人アイドルのような挨拶。もな……松江はウィンクをしながら目を横からピースで挟み、決め顔まで披露している。かなりこだわりがありそうだ。あと、好きなことが楽で楽しいことっていうのはどうなんだ?


「よろしくな。……松江」

「も・な・ぴ」


 お・も・て・な・し。みたいに言われても困る。


「いや、さすがに高校生でもなぴはちょっと……」

「なんで? もなぴはもなぴだよ?」

「お前……まさか一人称もそれなのか」

「一人称ってなに? もなぴ難しいことわかんな〜い」


 まじかこいつ。いくら童顔ツインテールという最強コンボ持ちとはいえ、その生き方はそれなりにしんどいぞ。

 あと、暴チク女はなんで黙ってるの? 挨拶はきちんと返す。これ常識だぞ。たとえそれが『よろぴ〜』などというふざけた挨拶だったとしても。


「沙羅ちゃんもよろぴ〜」


 耐えきれなくなったのか、松江が横から村雨の身体に抱きついた。が、当人はまるでそれを認知していないかのように、自慢のポニーテールを結び直すのに集中している。ヘアゴムくわえているのがエロい。不本意だが、つい見とれてしまう。


「ごめんなさい。取り込み中で反応ができなかったわ。松江さん……だったかしら。よろしく」


 ようやく髪を結び終えた村雨さん。取り込み中だったなら仕方ないわね。ヘアゴムで口が塞がっていたもの。てっきり挨拶が異次元過ぎて無視したのかと思ってしまいましたわ。単に松江様よりご自身の髪を優先しただけなのですわね。おほほ。

 

「も・な・ぴ、だよ! 沙羅ちゃん、よろぴ〜」


 呼び名には思い入れがあるようだ。まあ俺は絶対呼ばないけどな。

 松江は村雨に手を振りつつ、その小柄な身体を有効に活用し、絶妙なバランス感覚で俺の椅子の背もたれに腰をかけた。視界の8割が彼女の背面に覆われる。ああ、眼前にJKの身体が……。スカートがしわまではっきり見える。そしてお尻の形もくっきりと――


「気を付けて、松江さん。その男、性欲お化けだから。無防備なことをすると危ないわ」


 せ、性欲お化け⁉ 

 見ると視界の2割が捉えた村雨が、俺をぎろりと睨めつけていた。ご、誤解ですって。私は何もしていません。お化けでもありません。性欲は年相応にありますけど。


「……学くん、気になるの?」


 試すような松江の挑発的な表情。魅惑的なその瞳を、俺は直視できなかった。


「な、なんのことだ?」

「ふ~ん。見たいんだ」


 すると松江はスカートの裾を引き、ゆっくりと滑らせた。艶やかな太ももが少しずつ露わになっていく。中に身に着けてるものも……って、べ、別に見たいわけじゃねえし。まあ、でも? どうしてもというなら? 見てやっても? と言うか見せて頂いても? よろしくて――


「やめなさい! はしたない」


 ぴしゃりと注意する村雨の声が、スカートの動きを止めた

 そうだそうだー。はしたないぞー。やーいやーい。怒られてやんのー。


「どうしようもない男ね、本当に」

「お、俺?」


 俺は無実ですよ裁判長。こいつが勝手にやっただけなんですって。


「も~冗談だよ~。沙羅ちゃ~ん」

「冗談にも限度があるわ」


 なぜか俺が睨みつけられる。いや、だから何もしてないじゃん。

 松江がヒョコっと椅子から降りた。スカートもひざ上まで降りる。あ~あ。パンツ見たかっ……いえ、何でもないです裁判長。


「そういえば、今朝の二人のバトルもすごかったよね~。大声張り上げてさ~。クラス中の注目を集めてたよ。」

「この男が一方的に騒いでいただけよ」

「お前が攻撃するからだろうが」

「さあ、なんのことかしら」


 馬鹿にしたような笑みを俺だけに見せ、いつもの澄まし顔に戻る。うう、やなやつやなやつやなやつ。


「いや~、でも沙羅ちゃんってやっぱり信じられないくらいの美人さんだよね。入学式の時点で話題になってたけどさ。学くんの挨拶の時も、保護者の人、沙羅ちゃんの方しか見てなかったもん」


 うそん。あたしの素敵な挨拶聞かれてなかったの? 文章10回は校正して、毎日3回は発声練習して、緊張しない方法の動画100本は見たのに。あたし頑張ったのに。ひどい、ひどいよ。


「気のせいじゃないかしら。注目されるほどの人間ではないわ、私は」

「うわあ。たしかにこれは嫌味だね、学くん」

「……だろ?」


 溢れ出そうな涙を堪える。お前、意外と話がわかるな。


「それに何を食べたらそんなに大きくなるのかな~?」


 松江が意味深に胸を見る。なるほど、たしかにでかいよな。何がとは言わんが。


「やっぱり、あなたの頭はお猿さん以下のようね」


 人間様に軽蔑の目を向けられた。だから、ぼくは悪くないウキ。

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