【一学期編完結】高校で主人公デビューをするため、志望校を下げて首席になった~なのにどうして推薦入学に俺より優秀な超絶美人がいるんだよ⁉

薬味たひち

第1話 完璧美少女という名の宿敵との出会い

「解せぬ……」


 俺は福地学ふくちがく。ぴかぴかの高校一年生だ。そして何を隠そう、碧谷西みどりだににし高校の首席合格者である。つまりこの学校で一番頭がいいとされる存在なのだ。どうだすごいだろ。

 だが残念ながら俺は天才ではない。努力家でもない。ただ、自分が一番でいられる環境を選択したにすぎないのだ。きっかけは、俺の悲劇の中学時代まで遡る。


 俺がいたのは県で一番の中高一貫校、愛北学園中等部。小学生の俺は運が良かったのか、試しに受けたこの学校に見事合格してしまった。だが入学後、俺の成績は常に平均点を彷徨う。どんなにがんばっても、凡凡人から抜け出すことができなかったのだ。

 しかし、俺がかろうじて人よりできるのが勉強だ。運動神経も、芸術的センスも、顔の良さも、他人に自慢できる才能なんて何ひとつない。そんな自分に誰も興味なんてない。誰も自分を必要としてもいない。いてもいなくても変わらない。そんな自分が情けなくて、悔しかった。


 俺は主人公になりたかった。みんなに注目されて、すごいって思われて、チヤホヤされて、時に嫉妬されて。そんな人間になりたかったのだ。


 ではどうすべきか。


 中学三年生に上がり、中等部から高等部への進学を意識するタイミングで、俺はついに気がついた。


   俺が凡人なら、


 俺は高等部への進学をやめ、自分が一番でいられる高校を受験することを決めた。

これまでの模試の成績と睨めっこし、どのレベルなら全志望者のトップを目指せるかを研究。いわゆる自称進学校だが、毎年最上位の大学にも数人の合格者を出している碧谷西高校に狙いを定めた。さらに、入試の過去問を解くこと二十年分以上。問題の傾向も当然分析した。


 そのかいあってこの春。見事に俺は最高点での合格を勝ち取ったのだ。

 首席として入学式で代表挨拶も行った俺は、周りから「きゃー、学年一位の学様よ~。かっこい~。すてき~。こっち向いて~」とか、「ちっ、オーラが違い過ぎる。俺じゃ歯が立たないぜ……」とか、はたまた「さ、サインください。家宝にします!」、な~んて言われる、そんな華々しい高校生活をスタートするはずだった。


 そう。はずだったのだ。

 それなのに……


「解せぬううわあああああああああああああ」


 いま、手許にあるのが入学式の翌日に行われた実力テストの成績である。トップで入試を突破したのだから、実力テストの順位欄にも当然、1が印字されてなければおかしい。それなのに。


「2…………」


 なぜだ。なぜなのだ。


「え、紗羅ちゃん1位だったんだ。すごいね~」


 俺は取れる問題は確実に得点した。ケアレスミスはない。

 つまり2位ということは、俺を実力で上回る生徒がいるということ。


「ありがとう。でもたまたまよ。わかる問題が出てくれただけ」


 だが、そんなレベルの生徒がいるわけがない。だからこそ、俺はこの高校を選んだのだし、現に首席で合格を――って、ん?

 

「いやいや、謙遜して~。運だけで取れないでしょ。学年1位は」


 思わず振り返る。そして俺は言葉を失った。

 目の前の少女から溢れ出る格上感に、圧倒されてしまったのだ。


 非現実的なまでに整った容姿。高い位置で一つに束ねられた美しい黒髪。そして夢の詰まった胸。あらゆる人を惹きつけるオーラが感じられる。


 俺は美人は嫌いだ。顔がいいというだけでみんなからチヤホヤされて、注目されて、心底羨まし……いや腹立たしい。

 その憎むべき超絶美人が学年1位だと? まさか。そんなことがあっていいのか……?


「じゃあ沙羅ちゃんまたねー」

「うん。またね」


 これはまずいぞ。このままではクラス、いや学年全体の注目がこいつに集まって、俺はおまけキャラになってしまう。学校の主人公になるために、わざわざ名門愛北学園を捨ててまで、ここに来たというのに……。


「あの、何か用ですか?」


 友人と話を終えたらしいその女は、美しい顔をこちらに向けた。いきなりなんだよ……は、俺の方か。突然振り向いた上、睨みつけているわけですからね。通報されてもおかしくない。


「いや、あの……学年1位だったって、ほんと?」

「何よいきなり」

「1位なのか?」


 すると眼前の美人はため息をつき、さらりと言ってのけた。


「そうだけど。それがどうかしたの」

「まじかよ……」


 絶望的な事実を改めて突きつけられ、俺は再び言葉を失う。一度はがっちり掴んだと思ったトップの座。それが、顔面だけで周りの注目を集めるようないけ好かない女に、いとも簡単に奪われるなんて。屈辱だ……

 こいつさえいなければ今頃、みんなから「きゃー、すごーい」と言われ、ことあるごとに「助けて~学様~」と頼られる、そんなキャッキャウフフの素晴らしい俺の学校生活が実現していたはずなのに。


「別に勉強ができたからって、人気者にはなれないわよ」

「は?」


 なんだこいつ。いま、俺の心を読んだのか? 能力者なのか?


「……お前、エスパーか?」

「そうね。あなたみたいに『きゃー、すごーい、助けて~学様~』なんて、でかい独り言を恥ずかしげもなくぶつぶつ呟いてくれる人が相手だと、エスパーの方も心を読むのが楽でしょうね」


 チクリチクリと、羞恥心を刺激しながら言葉が紡がれていく。しかも、俺の気持ち悪い声色まで真似して。なんと性悪な。このチクチク女め。


「福地くんだっけ? 名前」

「はい。福地学ですけど……」

「まあ驚いた。独り言は大きいのに、人と話すときはやけに暗いのね」


 チクチク女が挨拶と見せかけて攻撃を仕掛ける。器用なやつめ。おかげで俺の心はズタボロだ。


「……すみませんでした」


 これ以上、この女の顔を見ていると涙がこぼれそうだったので、俺は視線を落とした。すると、ちょうど制服のふくらみと目が合う。なるほど、顔だけでなく素敵なボデーまで持っているようだ、このチクチク女は。

 だが次の瞬間、そのふくらみが手で覆われてしまった。視線を戻すと、軽蔑したような目で俺を見る美しい顔。

 くっ。こいつ俺の弱点まで把握してやがる。やめろ、その表情は俺の性癖に刺さる。


「私は村雨沙羅むらさめさらよ。よろしく」

「よ、よろしく……」


 あまりよろしくと思っていなさそうな顔。というか不審人物を見る目をしている。

 村雨沙羅。こいつが学年1位か。

 だが、俺は模試の順位表でその名前を目にしたことはない。それに俺が1位である以上、2、3位の生徒は他クラスに配属されたはずだ。春休みに猛勉強してここまで昇ってきたのか? いや、俺だって入試の後も十分に準備を重ねてきた。そう簡単に追いつけるはずはない。


「……お前、入試の点数は?」

「入試? 私は推薦だから受けていないわよ」

「なん、だと……」


 盲点だった。

 推薦入試なんて、勉強したくない人間が受けるものだと思っていた。まさか、こんな優秀な女が紛れているなんて……


 まてよ。

 つまり、俺は入試でこいつに勝っていない。俺の首席は、かりそめ……?


「そういえば、福地くんって愛北出身でしょ? すごいわね」


 ピキッと、俺の怒りのスイッチが入ったのがわかった。

 お前がそれを言うのか? 何もかも持っているくせに、俺がやっと手に入れたものまで、簡単に奪い去ってしまったお前が。


「……それは嫌味か?」

「え?」

「だから。愛北から逃げたくせに、移った高校でさえ一番になれない俺に対する嫌味かって聞いて――」


 トンッ。

 鈍い衝撃をおでこに感じる。目の前には細く長い美しき指。

 まじかよ……。俺、まだ父ちゃんにもピンされたことないのに……。


「あんたなんなの? さっきからまるで、1番以外に価値がないみたいに。人生楽しい? 楽しくないでしょうね。とっっっても不愉快だわ。はっきり言って迷惑よ」


 ああ。美人は怒っても美人だ。

 そう、こいつは俺の欲しいものを当たり前に持っている。

 俺は許せなかった。所詮凡人には凡人らしい生き方がある。与えられた側の人間が、その事実をはっきりと突きつけたことが。


 気がつけば、俺は叫んでしまっていた。


「……持って生まれたやつに、俺の気持ちがわかるかよ!!!」


 大きな声に、教室中の視線が俺に集まる。やってしまった。こんな形で注目されたかったわけじゃないのに。


「はあ、呆れた。話にならないわ。私が何を持っているというの? これが持った人間に見えるというのなら。なるほど、あなたの視野の狭さは本物ね」


 周りの視線など気にも留めず、暴力女は淡々と言った。

 何を持っている、だと? 俺の欲しかった名声を、簡単に手に入れたくせに。


「どういうことだよ、おい」

「声の大きさはもう少し考えたらどうかしら。周りにも迷惑よ」


 そして、彼女はまるで騒音をシャットアウトするかのように、イヤホンをつけた。


「……少しだけ、期待してたんだけどな」


 その寂しげな彼女の呟きが、俺に対してなのか、自身に対してなのかはわからなかった。

 そして程なくして、彼女は機嫌よさそうに小さく鼻歌を口ずさみ始める。こいつ情緒どうなってるんだよ。


 それにしても、まだおでこが痛む。俺の主人公ロードも邪魔されるし、踏んだり蹴ったりじゃないか。このチクチク暴力女め、許すまじ。

 絶対にこいつから一番の座を取り戻し、みんなにちやほやされる素敵な学校生活を手に入れてみせる。


 これが我が宿敵、村雨沙羅との最初の出会いだったのである。


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