モテたい男。的場孝太郎のお悩み(前編)
「なんなんだよ! あいつ」
「本当、嫌味だよな。課長」
孝太郎の会社の同僚、
華の金曜日。定時に仕事が終わると、二人は居酒屋に入っていた。
「この前もさ。少し提出が遅れただけで、『君の神経は図太いな。針金でも入っているのか』だってさ」
孝太郎は月に何回か、このように愚痴大会をしている。開催メンバーは同僚の宮本の場合が多い。
「そういえばさ。栄子ちゃんの今日の服装見たか? たまらないよな。あのナイスボディで肌の露出多めだったもんな」
宮本は話題を変え、鼻の下を伸ばした。栄子とは、会社の受付をしている若い女子社員だ。
「いや、俺は永山ちゃん派なので」
孝太郎は
「お前、好きだもんな。永山のこと」
「ば、ばか。大きな声で言うなよ。どこにいるかわからねえだろ」
孝太郎は慌てた。
「はあ。それにしても、彼女、欲しいな」
宮本が嘆息した。二人とも一年以上恋人がいない。
「欲しいよな」
孝太郎は恨めしそうに、隣同士で仲良くカウンターに座るカップルを眺めた。
「欲しいといえば、こんな都市伝説知っているか?」
宮本が言う。
「なんでも、どんな悩みも解決してくれる美少女が、突然現れるらしいぞ」
「はは。その御伽噺、童貞の妄想だろ」
孝太郎の否定に、宮本は声を潜め、
「ところが、案外そうでもないらしい。歩いていると突然見慣れない店が現れて、そこに年齢不詳の美少女がいるらしいんだ。その子に頼むと、たとえば『モテたい』という願望も叶えてくれるらしい」
鹿爪らしく言った。
*
「じゃあ。またな」
居酒屋を出ると、宮本が言った。
「またな」
孝太郎と宮本は電車通勤だが、乗る路線が異なるため、店先で解散した。
ストレスを吐き出すように予定以上の酒量を飲んでしまったため、孝太郎は足がふらついていた。
「いてーな。おっさん」
通行人の若者にぶつかってしまったが、孝太郎は酔いで気が大きくなっており、無視して歩く。
「待てよ」
若者二人が追いかけてきた。
(ヤバイ)
孝太郎は走った。普段使わない道を駆けていく。
五分ほど走っただろうか。ハンターの若者が見えなくなったとわかると、孝太郎はその場でへたり込む。
「はあ。疲れた。課長には叱られるし、若者とは逃走中ごっこするし……」
孝太郎は疲労と酔いにより、ウトウトと寝てしまう。道端の自動販売機が枕代わりになっていた。
「おにいさん。おにいさん」
若い男の声で、孝太郎は目が覚める。さきほどの若者かと思い身構えたが、違っていた。
「おにいさん。こんなところで寝ないで」
小太りの高校生くらいの男が不安げな様子で見ていた。
「あ、ああ。すまない」
孝太郎は立ち上がるが、ふらりとよろめく。
「危ないなぁ。もう」
小太り男子が彼を支えた。
「そうだ。うちの店で休憩していかない?」
「休憩? すまないが、俺は、あいにく、風俗は行かない」
孝太郎の発言に小太り男は笑う。
「違うよ。うちの店はそんなのじゃないから」
手を引っ張られ、建物の中に入った。
(あれ、さっきまで、こんな店あったっけ?)
孝太郎は不思議に思ったが、風俗店ではなさそうなので安心する。
「いらっしゃいませ」
中学生のような美少女が座っていた。店内は骨董屋のような趣で、周りの骨董品の数々とはそぐわない簡素なテーブルと椅子があった。
「どうぞ。お座りになって」
美少女に促され、孝太郎は着座した。黒く長い艶々した髪は胸の高さまで伸びており、小柄ながら端正な顔立ち、日本と欧米のハーフのような少女だ。
「お茶はまだかよ。ふとし!」
彼女は後ろを振り返り、言った。自分への言動とは異なる荒々しい態度なので、孝太郎は驚いた。
「はい。ただいま」
「私は、
少女は丁寧にお辞儀をすると、テーブルにお茶請けを置いている男を指差し、
「こいつは
と言った。
「ごゆるりとお過ごしください」
彼女は綺麗に笑った。少女のようでいて大人びた妖しい雰囲気に、孝太郎は一瞬、見惚れる。
「そういえば、ここって何のお店ですか?」
孝太郎は自分の視線を誤魔化すように聞いた。
「ここは、――お客様のお悩みを聞いて、解決する店です」
纏は凛然として言った。
「悩み?」
「ええ。私はカウンセラーです。お悩みを聞いて、適切な道具を貸し出したりしております」
「へえ」
孝太郎は、詐欺か新興宗教の類かと疑い始めていた。
「お客様は、お悩みはありますか?」
「あ、俺は的場孝太郎って言います」
「的場様は、お悩みありますか?」
纏は言い直した。
「悩みですか。強いてあげるなら、上司に嫌われていたり、彼女ができなかったり、人にモテないことですかね」
孝太郎はお茶を口にする。ほうじ茶だった。
「それなら、良いものがあります」
纏は後方に視線を向けると、
「ふとし!」
再び小太りの男を呼んだ。
「はい。どうぞ」
太は1リットルほどの瓶を持ってきた。小さいプラスチック製のカップが付いている。
「この商品ですが、ユーコードリンクといって、飲むと誰とでも友好的になります。好感度アップの品です」
胡散臭いものが登場したので、孝太郎は怪訝そうにしている。
「でも、お高いんでしょ?」
「いえ。こちらは無料です。お客様のお悩みを解決するために提供します」
纏は優雅に微笑んだ。
謎のドリンクを手に持ち、孝太郎は店を出た。
(無料ならば、いざとなれば捨てればいいさ)
効果は期待せず、無料という言葉で受け取った。
少女によれば、飲む量は、一日で20ミリリットル程度にしてほしいとのことだ。用量を超えると、よくないことが起きるらしい。
駅に向かい歩いていると、駅前でたむろする、さきほど衝突した若者たちがいた。
(ヤバイ。どうしよう……。そうだ)
孝太郎は瓶の液体をカップに少量入れ、飲んだ。茶色でどろりとしており、漢方のような苦々しい味がした。
意を決して駅に近づくと、
「よう。おっさん」
若者が声をかけてきた。
(やはり、効果がないか)
観念した時、意外なことが起こる。
「あまり飲み過ぎるなよ。体によくないからな」
若者は孝太郎の背中を撫でると、離れて行った。
「もしかして、これ、効果あるのか?」
孝太郎は、去り行く若者を、呆然と見つめていた。
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