モテたい男。的場孝太郎のお悩み(後編)
翌週の月曜日。
孝太郎は出勤前にユーコードリンクを20ミリリットル飲んだ。
日曜日に試してわかったことは、飲むと一日近くは効果が続くようだ。いつも利用しているコンビニ店員や近所のおばさんが親しげに挨拶をしてきた。
「おっす。孝太郎」
会社近くで、宮本が声をかけてきた。
「おはよう」
孝太郎が返すと、宮本は笑みを見せた。ドリンクは友人にも効果的なようで、普段より柔和に見える。
「おはようございます」
社内に入ると、永山楓が挨拶をしてきた。今日も黒髪がさらさらで、服装も落ち着きがあって楚々としている。
「おはよう。今日も可愛いね。永山ちゃん」
セクハラとも思われかねないノリで孝太郎は言った。
「あは。ありがとうございます」
彼女はにこやかに笑顔で応じた。やはり、ドリンク効果はあるようだ。
「あのさ」
孝太郎は昨夜から考えていた計画を実行する。
「今夜、一緒に飲みに行かない?」
「いいですよ」
即答だった。
「かんぱーい」
夜。二人はグラスを合わせた。
「こうやって、マンツーマンで飲みに行くのって、初めてですよね」
「うん。嬉しいよ。来てくれて、ありがとう」
「こちらこそ」
孝太郎と永山は笑い合う。
「いきなり飲みに誘われて、警戒しなかったの?」
孝太郎が聞くと、永山は首を捻った後、
「なんでかな。普段お世話になっているのもありますが、的場さんと飲みたい気分でした」
好感触の反応だ。
「へえ」
孝太郎はほくそ笑んだ。ドリンクの効果てき面。
「的場さんは大丈夫なんですか?」
「ん? なにが?」
「ほら、彼女さんに嫉妬されたりとか」
永山の発言に、孝太郎は笑った。
「それはないよ。だって、いま、恋人いないから」
「あ、そうなのですか。よかった」
「逆に、永山ちゃんは大丈夫なの?」
「はい。私も居ませんから」
永山は上目遣いに孝太郎を見つめた。酔っているせいなのかどうかわからないが、頬を染めている。
(これは……。このまま、最後までイケちゃう?)
孝太郎は永山の露わな姿を想像した。
「じゃ、じゃあ、二次会とかも行けるかな?」
「はい!」
永山は快諾した。
食事の精算を済ませる前に永山はトイレに立った。お色直しだろうか。
孝太郎は鞄からユーコードリンクの瓶を取り出す。かさばるが、いざという時のために忍ばせておいた。
(量を飲みすぎるなと言われていたが、飲み過ぎたら異常なくらい惚れまくるってことだよな?)
孝太郎は瓶を直接口につけ、がぶがぶと飲んだ。
「こちら、お会計になります」
女性店員が請求書を持ってくる。店員は孝太郎の顔を見ると、うっとりとした表情に変わった。
(これは、思った以上に効果があるぞ)
確信した時、永山楓がトイレから戻ってきた。
「戻りました。あっ……」
彼女は恍惚とした表情で彼を見つめた。
会計を済ませ、店外に出る。永山は相変わらず恍惚とした表情で見つめていた。
「どこで二次会する?」
「私に、提案があります。とっておきの場所があるので、ついてきてもらえないでしょうか」
彼女は艶やかな声で答えた。
「うん。いいよ」
これはアダルトな展開に突入だなと孝太郎が確信していると、永山は手を挙げてタクシーを停めた。
「どうぞ」
永山の促しに従い、一緒にタクシーに乗る。
「どこに行くつもり?」
孝太郎が聞くと、
「とっておきのところです」
彼女は、はにかみながらそれ以上は教えてくれなかった。
タクシーは繁華街を離れていた。様々なブティックホテルが通り過ぎていく。
(俺はどのホテルでも構わないんだけどな。ここら辺じゃなく、別の場所に好みのホテルがあるんだろうな)
孝太郎は不審に思わず、まだ到着しないかとそわそわしていた。
*
「的場さん。起きてください」
いつの間にか車内で寝てしまったらしく、永山が揺り動かして孝太郎を起こす。
「着きましたよ」
すでにタクシー運賃は永山が支払っており、二人が降りるとタクシーは去って行った。
「ここは……?」
寝ぼけまなこで孝太郎は聞いた。山に来ていた。あたりは暗い。
「こっちです」
永山が先導する。
(もしかして、廃墟であんなことやこんなことを?)
変態的な想像をしながら、孝太郎は永山の臀部をじっとりと見ながら歩いていた。
「ここです」
永山に連れてこられたのは、白を基調とした教会風の建物だった。
「お、お洒落な建物だね」
言葉とは裏腹に、孝太郎はざわざわと恐怖を感じ始めていた。
「どうぞ」
永山はドアを開けた。孝太郎がまごついていると、彼女は彼の背中を両手で押す。
「こんばんは」
中に入ると、中年男が出迎えた。永山に似ていないが、家族なのだろうか。
「こんばんは」
別の男女数人も現れ、孝太郎を出迎える。同じく永山に似ていない。
(この集まりはなんなんだ?)
孝太郎は滝のように汗が流れていた。冷や汗だ。
建物の中は、聖堂のようになっているが、ステンドグラスにはよくわからない呪文や人物が描かれていた。少なくとも三大宗教のひとつではなさそうだ。
「さ、こちらに立ってください」
講壇のほうに指示される。
「こうですか?」
孝太郎が立つと、その場に集まっていた男女すべてがひれ伏した。
「ああ。素晴らしい」
「なんと、神々しい」
口々に孝太郎に向かって、褒めたたえ始めた。
「そんな、私は、崇めるような人間ではないです」
孝太郎が否定すると、
「的場さん、いえ、的場様は素晴らしい方です!」
永山が法悦した表情で語る。
「この前も、私が仕事の上司に叱られそうなところを庇ってくれました! 身代わりになってくれたのです!」
周りの信者たちはパチパチと拍手喝采した。
「やめ、やめてくれ」
孝太郎は否定の意味で手を振ると、彼らはそれを「もっと崇めろ」という意味に解釈した。
「やめる?」
若い男が首を傾げた。
「人間をやめるという意味だわ!」
永山が言った。
「なるほど。人間をやめ、神になり、永川さんだけではなく様々な人間の身代わりになってくれるのですね! 救ってくれるのですね!」
男女数名が孝太郎に縋りついてきた。彼は足を滑らせ、床で頭をしたたかに打ちつけた。
*
ブラックアウトから戻ると、孝太郎は大木に縛りつけられていた。
「ああ、神の子よ。お目覚めになったのですね」
木の傍には、聖堂にいた人々が熱心に祈っていた。わけがわからず混乱する。
「すみません。なぜ、このようなことをするのですか? 解放してください」
孝太郎は訴えるが、彼らは心打たれた様子で、
「おお! 我らをこの世の呪縛から解放してくれるのですね!」
「素晴らしい!」
またしても曲解していた。
「違います。縄を解いてください。早くしないと、悔いることになりますよ」
孝太郎は必死に抗議した。
「やはり、世の中の縄、呪縛から解放してくれるのですね!」
「やった! 素晴らしい!」
「杭が必要なのですね!」
男女数名がぞろぞろと聖堂に行くと、しばらくして戻ってきた。手には大きめの木槌と鉄釘を持っている。
孝太郎は叫ぶ。
「なにするつもりだ!」
「ありがとうございます! 神様! 私たちの代わりに杭に打たれる御子をありがとうございます!」
信者たちの目は血走り、もはや正常に声が届くような相手ではなかった。
――孝太郎の咆哮が山に響いた。
*
「あーあ。だから、飲み過ぎないでと注意したのに」
羽織纏は新聞をテーブルに置いた。
新聞の一面は、『カルト教か? 教祖と思われる男性が殺される』という的場孝太郎の顔写真付きの記事だ。
「お酒と一緒ですね」
細川太は尤もらしく言った。
「あんたは、お酒どころか、色々と飲食しすぎなのよ」
纏は彼の腹をつねった。やわらかく弾力がある。
「イテテテ。すみません。ダイエットします」
「ダイエット発言、もう聞き飽きたわ。全部三日坊主だったじゃない」
纏は小さな右手で拳を作り、何度も太の腹部を小突いた。
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