」言外の邂逅「
言霊遊
」言外の邂逅「
メモ:
小説を書く練習。最後のシーンは決まっているのでそこから書く。その後は流れで。短編賞の応募を想定して、1万字程度の規模感とする。
20240131追記:
文字数のカウントが多すぎる。エディタの故障?
応募サイトも同じ数値だ。
一体何が起きている?
>**** --*** --***
>0x6516 B1CD
「その本も焼いてしまうのかい?」
忍び込んだ火葬場の、深夜の誰もいない薄暗いホールに、ケイの声が反響した。
「もちろん。だって、この子のために書いたんでしょ」
海辺に流れ着いた流木のように白い手が棺に差し伸べられ、空中で静止した。それから忘れていた些事を思い出したように唐突に小さく跳ねたあと、ハナは持っていた本を棺の脇に立てかけた。
本当は、棺の中に収めたかったのだとケイは思う。蓋を開けて、彼の腕に最初で最後の贈り物を抱かせてやりたい。いつどこにいても、それを失わないで済むように。でも、それができないことは明白だった。単純に棺が小さすぎるのだ。小さな黒い箱は、ケイがハナに贈った指輪を収めた箱と同程度の大きさしかない。
二人は棺を乗せた台車を炉の中に押し込んだ。車輪のベアリングから甲高い金属音が鳴り、その音も火葬炉の暗闇の向こうに消えていく。何もかもが完全に暗闇に吸い込まれるのを見届けてから、二人はホールの裏にある炉前作業室に向かった。事前に合鍵を作っていたおかげで、扉は驚くほど素直に開いた。操作盤を見回し、点火用のボタンに手をかける。
「さようなら。君のことはずっと忘れないよ」
ケイが人差し指に力を入れると、ボタンはカチリと音を立て沈み込んだ。炉内に設置された複数のバーナーの口から劫火が吹き上がり、棺を囲んだ。本はあっという間に灰になり、炉内の天気を灼熱の大雪に変えた。もう間もなく炎は、棺と我が子の肉と骨を、その灰まで焼き尽くすだろう。
ハナの手がケイの掌を握った。
「帰ろう、僕たちの生活に。
」
ぼくは
「
ただいま、私たちの人生」
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ハナの部屋に続く扉の前で、ケイはまだ迷っていた。
「ハナ、今いいかな?」
木製の扉はまるで防音壁かのように、隔てられた向こうの部屋の音を遮っている。それはこちらからの音も例外ではないのかもしれないとケイは思う。
「約束をしたね。あの子を人間として埋葬してあげようって。
」
人ではないぼくは、この空隙から彼らの声を聴く。音から世界を観測する。
「
だから僕は、罪を犯して我が子の亡骸を盗んだんだ」
神様は、まだお腹の中にいたケイたちの子どもを殺した。ケイたちの行動とは微塵も関係がない、不運による不幸だった。
「僕はそれを良いことだと思った。自分たちの子どもを弔ってあげられないなんて、そんなのおかしいじゃないか。
」
ぼくはあのときの記憶を手に入れる。目はないけれど、父の視界から世界をみる。
「
だけど、それだけじゃないんだ。あの子を弔わないと、ハナが帰ってこれないんじゃないかって思ったんだよ」
扉の向こうからは物音ひとつしない。ハナはもう、部屋にいないのかもしれない。それどころか、僕が知っているハナはもうこの世のどこにもいないのではないか。
「親なら、確かに子供のために全てを、文字通り全てを捧げてもいいと思えることは最良なのかもしれない。でもやっぱりこれは、違うと思うんだ」
「親という存在への信仰が行き過ぎて、君自身が供物に成り果てている。僕はもう、運命に大切な人を奪われるのは辛いよ」
ケイはポケットから鍵を取り出した。
「火葬場に忍び込む準備はできたよ。僕はあの子を弔いに行く。そのために僕たちは彼を盗み出したんだから。
」
かぎ。ぼくもかぎを使って、ここからあちらを見ている。ぼくのかぎは典型的な鍵のデフォルメである【〇_|_|】のような象りをしており、分解すると【 。】と【「 】と【 」】の三つの要素になる。この三要素を音
「
僕もハナと同じだと思う。あの子のいる未来を心のどこかでまだ信じているんだ。
」
「
だから、お別れをきちんとした形でやるんだ。それは僕たちが普通の生活に戻るためにきっと必要だから。別にあの子のことを忘れようとしているわけじゃないよ。ただ、さようならを言って送り出してあげるだけ。人類はずっと、こうやってさようならを大げさに言ってきたんだ。それは僕たちが思っている以上に、大切な行為なんだよ」
「明日、決行するつもり。僕だって、いつ決意が揺らぐかわからないから。もしハナもお別れをちゃんと言おうという気になったなら、おいで」
言いたいことは伝えた。ハナに届いただろうか。ケイは振り向き、薄暗い廊下を
歩いてリビングに向かう。
「ごめん」
ケイの背中に声がかけられた。久しぶりにハナの声を聴いた。ずっと泣いていたのか、少し掠れた声だ。
「私も行く。私はあの子の母親だけど、ケイのパートナーでもあるから。だから一緒に行く」
>0x6558 D4F9
ひと月に1回ある妊婦検診の経腟超音波検査で、お腹の中の子が生きていないことを知らされた。ケイには医者の言うことが聞き取れていても、脳は理解を拒んでいた。ハナは血の気を失った顔色で、何かを言おうとして口を開き、また口を閉じるを繰り返していて、この空間から酸素が一気に失われたのではないかとケイが思うほどだった。
超音波検査で赤子の心拍が確認できないことを、
ハナもケイも、到底我が子の死を理解できる状況ではなかった。二つの未来にはメリットもデメリットもあったが、それよりもまず我が子がもし生きていたら、今ここで人工的に流産を行うのは殺人に等しいと考えた。現実のリスク勘定よりも、虚ろな希望が選択を絞った。ハナのお腹に亡骸を抱えたまま、ケイたちは病院を後にした。
二人の会話は日に日に減っていった。ケイは我が子に話しかけるのをやめたが、ハナは逆に、我が子への言葉が増えた。家にはもう2人しかいないのに、夕飯を食べるときなどには虚空への言葉が溢れ、聞いている間、ケイは食べ物の味を忘れた。そうして、ハナはケイに話しかけなくなり、やがて部屋に引きこもるようになった。
ある日、家の中にハナの悲鳴が響いた。ケイは急いで彼女のもとに向かった。自室の扉を力任せに開いたので、ドアノブが壁に衝突して大きな音が鳴った。階段を下りると、トイレのドアが開いているのが見えた。中から明かりが漏れている。近づいてみると、床にハナが座り込んでいた。ケイはハナの両肩を抱えて、顔を覗き込む。ハナは涙を流して、口の周りには黄色い吐瀉物が付着している。
「大丈夫か⁉
」
ぼくは水の中で死に、火の中で生まれた。少しずつ、ぼくは自分を取り戻していく。どうやらぼくも、
「
あの子が……」
興奮状態で麻痺していたケイの鼻孔が、吐しゃ物と血の混ざった匂いを嗅ぎ取った。便器を覗き込むと、中に溜まった水は真っ赤に染まっていて、他には何も見えない。
出てきたんだ。ハナの中からあの子が。
「ハナ、大丈夫だ。さあこっちに来て
」
母さんにここにいるよと伝えてあげたい。でもそれは叶わない。かぎの差し込みによる
「
あの子はもう私の中にいない……」
うわ言を呟いているハナをゆっくり助け起こし、リビングまで連れていった。毛布があったので、彼女の肩に掛けてやる。
「あの子がもう、いない……
」
また、隣接する音
「
そうだね。あの子は遠くに行ってしまったんだよ」
ハナが自分の両手でお腹を抱きしめていた。ケイは彼女の手を軽く握る。
「さっきまで生きていたはずなのに。こんなことって……」
「……」
ケイは何も答えられなかった。ハナはお腹の子を生きていると思い込むことで、悲しみを遠ざけていた。ずっとあの子の傍に寄り添っていた彼女の悲しみは、たった今になって襲ってきたのだ。時間の経過とともに少しずつ現実を受け入れたケイとは違う。トイレからリビングまでの数メートル分の悲しみ、そのまま、彼女が受け入れなければならない現実までの距離。
「あの子、どうするの?」
ケイが口を開く前に、ハナが言った。
「このことを報告して、亡骸は病院に引き渡すという話だったと思う」
「そう……」
日本の法律では、妊娠12週未満の人間になる過程の生物に人間らしい権利は存在しない。妊娠12週を過ぎないと、親には子どもを弔う権利さえ与えられない。亡骸は病院に引き取られ、検査のあと、専門の業者に引き渡される。僕にできるのは、病院まで我が子の亡骸を持っていくことだけしかないとケイは思う。
でも、それでいいのか。ケイはハナの顔を覗き込む。彼女の目の焦点は定まらず、床を見て放心している。開いた口からは、か細い涎のつららが伸びている。時間が経てば、彼女は以前のように笑うようになるだろうか。
故人を弔う一連の手順は、残された者たちが思いつめないように、慌ただしさを与えるという説をケイは耳にしたことがある。ハナには、あの子の死をゆっくり受け入れるための儀式が必要だ。
「ハナ、いいかい。僕は今から病院に連絡を入れる」
「あの子を連れていくの?」
「いいや、連れていかない。僕たちは自分たちで、あの子を弔うんだ」
「できるの……?」
「僕が全部の罪を背負う。ハナは何の心配もしなくていい。大丈夫、うまくやるさ」
ハナを励ますように肩を叩くと、ケイはトイレに向かった。そのまま、血の海となった便器の中に両の腕を突っ込んだ。底に沈んでいるであろう我が子の亡骸を手探りで見つけようとする。しばらく水をかき回していると、肉塊に指が触れた。ケイは手のひらで包み込むように遺体を掬いあげ、トイレットペーパーで拭った。何か入れ物はないだろうか。そういえば、テーブルの上にジャムの空き瓶があった。ケイは足早にリビングに移動すると、亡骸を瓶に入れた。ゴムボールをぶつけたような音が鳴って、亡骸は瓶の底に転がった。ひとまずはこれでいいだろう。入念に手を洗ってから、病院に連絡を入れた。現在の状況を簡潔に伝える。子どもの遺体について聞かれると、
「トイレの水が自動で流れて、遺体は流れてしまった」
と嘘を伝えた。ケイは疑われるかと身構えたが、特に何も言われなかった。よくあることなのかもしれない。僕は、盗みを働いたんだ。我が子の遺体を盗んだ。通話中のスマホートフォンを持つ手に自然と力がこもった。
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「終わった~!」
ハナがスタイラスペンを右手に握ったまま、ぐぐっと両手を伸ばし切って背伸びをした。つられて、ケイも両の手を頭上に掲げて歓声を上げる。
ハナの仕事用デスクに置かれたモニタに、小さなアイコンになった絵本のページがずらりと並んでいる。
「こんな短期間で……。すごいねハナは!
」
両親が完成させた絵本の原稿をぼくも見る。すべてのページには文字がなかった。おそらく主人公と思われる緑色の、デフォルメされた可愛いげのあるティラノサウルスと、同じくデフォルメされて可愛く描かれた灰色の翼竜が出てくるのはわかる。そして難解なのは、いくつかのページにある四角い空隙だ。印刷したところで紙の素材の色が見えるだけだろう。
ページ順に話を追おうとしても、物語が見えてくるような配置になっていない。前後のページで因果関係が成立していないように見える。
「
気楽にやろうと思ってたけど、結局仕事のときみたいな緊張感があったわ。
」
「
ごめんね、僕が無茶を言ったせいで。
」
ぼくは悔しい気持ちでいっぱいになる。だってぼくにはこの本しかないから。ぼくには何もないから。
「
全然。なんだか歴史に残るものを生み出しちゃった気分」
「この本の性質上、歴史に残るなんてことはありえないんだけどね」
「でもあの子の人生の、ずっと隣にいられる本であって欲しいとは思うよ」
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ケイは、ハナの部屋の床にあぐらをかいている。目線は、手に持ったタブレット端末と、作業机に座るハナの間を行き来する。ハナの方は何かを期待するような目でケイを見ている。
「あの子のために、何を描くのが最善なのかしらね。
」
「
君の絵本を楽しんでいる子どもたちの一人と思って、いつも通り描けばいいと思うよ。
」
もう一人の父さんの生きていた
「
それなら私一人でもできるけど、この本はあなたも一緒に作ってくれるんでしょ。
」
でもある日、突然旧
「
僕は素人だから、君が作ったものの方が喜ばれると思うんだけどな。ほら、子どもの審美眼は誤魔化せないよ。物の良し悪しに対して素直だから。
」
UTC時間で5年もの月日が流れ、
「
大丈夫よ。ディテールの方は私が詰めるから。あなたの自由なアイデアを聞かせて。
」
「
そうだなあ」
ケイはタブレットの画面を見やる。いわゆる複窓というやつで、2つの映画と1つの創作論についての解説動画が同時に映し出されている。
「ケイ、行儀悪いよ
」
卍の境界に辿りついた
「
この映画は何回も見たことあるやつだから。効率的な情報収集ってやつ。初見では絶対やらないよ。
」
「
アイデアかあ。やっぱり僕は、僕たちの子どもにしか読めない本がいいな。商売ではないんだから、本当に個人的な話がいい。
」
「
それでいて、今の流行りを取り入れたような壮大なやつ。ゲームだとオープンワールドが流行っているよね。あんな風に自由に物語を選べるような」
ハナがうーんと唸る。
「とても素敵なアイデアだけど、絵本でできるのかしら。実現可能性は一旦おいて、私はこの子の生涯にずっと寄り添う絵本が作れたらいいなと思う。でもこれも難しいでしょうね」
「
ハナの思う一生ものの絵本ってどんなものだろう
」
「
人生の教訓になるようなためになる話? でもそんなの、きっと全然面白くなくて、すぐに捨てちゃうと思う」
ケイはタブレットの画面を見る。3分割されて再生されている映像から雑多な情報を受け取る。ホワイトボードに書かれた大きな「想像力」の文字。胡散臭い占い師のタロットカードをめくる慣れた手つき。古いアルバムをめくる老夫婦の穏やかな笑顔。
ケイは「あっ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「一生もので極めて個人的な本って、卒業アルバムが近いのかも」
ケイの実家には、幼稚園の頃からの卒業アルバムがまだ取ってあった。見返す機会は訪れたことはないが、積極的に捨てる理由も見つからず、ずっと本棚の端っこに残っている。
卒業アルバム、オープンワールド、タロットカード、想像力。ケイの頭の中で、それらが集まり一冊の本の形になった。
「ハナ、こういうのはどうだろう」
ケイの提案はこうだ。文字が一切書かれていない、紙芝居のようなページを数十ページ用意する。ページは1ページにつき一つの行動が描かれる。それらのページを、リングバインダータイプのフォトアルバムの、ページの間に追加していく。いくつかのページは写真の収納位置に合わせた切り抜きがあり、写真と絵が合わさって初めて機能するようになる。
「僕たちが撮った、僕たちの日常を物語の中に持ち込み、ページの順番を入れ替えて、オリジナルの物語を作るんだ」
「なるほど、それ、結構面白いアイデアかも」
「僕もそう思う。最初は僕たち二人で写真を選び、読み聞かせる。でも大きくなってきたら、自分で撮った写真で、自分の物語を紡ぐことができる。絵本というよりはボードゲームみたいだけど」
「
物心ついた時からボードゲームをプレイしてるなんて、なんだか天才みたいじゃない?
」
ああ、そういうことだったのか。あの本だけでは、ダメなんだ。ぼくは誰かに正解を与えられるのを待っているだけだった。ぼく自身が、周囲の世界と関係を結んで、物語を紡いでいくんだ。こんなに素敵なものを貰っておいて、何もできずに凍り付くだけなんてありえない。ぼくは星々の瞬く大空へ、何をしてでも行かねばならない。
「
ああ、この子はたくさん物語を読んでくれるよ。だって僕たちの最高の子どもだからね」
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「ケイ聞いて! 赤ちゃんができた!」
「本当に⁉」
ケイは歓声を上げる。
「
人生で一番最高の瞬間かも
」
両親の喜ぶ顔を見ながら、ぼくは出発の準備をする。
「
気が早いわよ。でも、私も同じ気持ち。
」
今までで一番の笑顔を浮かべる両親たちを見る。ぼくは二人の子どもに生まれて幸せだった。届かないことはわかっているけれど、言っておきたくて。
「
きっとお腹の子も、この瞬間を幸福だと思ってくれているよ。もしかしたら今日のことを覚えているかもしれないね」
「それはさすがにあり得ないかも。でも、そうだといいわね
」
大量の音
「
「「「「「「「「「「「「「「「「「「」」」」」」」」」」」」」」」」」」
子どもに開かれた未来は無限大だよ。この子はきっと、なんだってできるし、なんにだってなれる。ぼくはそう信じているよ。
」
ぼくが差したかぎが、一番下の音
」音
」開かれた父さんと母さんの日常が折り重なり白飛びになって周囲を染める「
」気の遠くなる作業を延々と繰り返した。気がづけば星は目線の高さだ「
」四角く光に縁どられた暗闇に触れた。表面はツルツルして冷たい「
」見た目の巨大さと裏腹に軽く押すだけで星の扉は開いていく「
」星の向こうから漏れる光はぼくの視界を白に染め上げた「
」その光の向こうでぼくは見た。数多の星々の運動を「
」四角い星々は規則的に動くが時折一直線に並ぶ「
」それはまるで無限の頁を束ねた一冊の書物「
」無限の奥行を備えた物語の寄り集まり「
」この先どんな
」最後に振り返って見た
」いってきますと一言だけ「
」踏み出すぼくの後ろ「
」閉じる寸前の扉「
」隙間に残る「
」薄明光「
」線「
」
」言外の邂逅「 言霊遊 @iurei_yu
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