第18話 今どき男子小学生でもやらん

 時雨が目を覚ますと、いつもより早い時間だった。

 エリー母への心配があって、寝つきが悪かったせいだろうか。

 せっかく目が覚めたのだからと、時雨はいつもより早く家を出て学校へと向かった。

 学校の校門をくぐると、ちょうど体育教師が出てきたところだった。


「おや、時雨先生。今日は早いですな!」

「あはは、いつもより早く目が覚めちゃって」

「それは良かった。早起きは三文の得です!」


 グイグイと話しかけて来る体育教師。

 決して悪い人では無いのだが、苦手なタイプだ。


「よければ、一緒に朝の挨拶活動をしませんか?」

「あ、あはは……」


 それは遠慮したかった。

 だって、時雨は人と関わるのが苦手だ。

 部屋の隅っこに生えるカビのように、じめじめとした暗い毎日を送っているのだ。

 例え生徒が相手でも、朝の挨拶活動なんて爽やかなことはできない。


「さぁ、荷物を置いてきてください!! 挨拶を始めますよ!!」

「……はい」


 しかし、ここで上手く断れないから陰キャなのだ。

 時雨は挨拶活動をすることになった。


「おはよう!!」

「お、おはよう」

「おざまーす。あれ、なんで時雨先生が居るの?」

「え、マジじゃん。レアキャラー」

「あはは……」


 教師の挨拶活動なんて、面倒がられるだけかと思ったが、意外と生徒たちのノリが良い。

 時雨に生徒によっては、軽く時雨に話しかけながら通り過ぎていく。


 そうして挨拶活動をしていると、テクテクと歩いてくるエリーの姿があった。

 今日は無事に登校できたらしい。

 しかし、俯いた顔は、どことなく元気が無い。


「エリーさん、おはよう」

「――ッ!? お、おはようございます」


 時雨が挨拶をすると、エリーは一瞬だけ驚いた顔をしたものの、その後はそっぽを向いて通り過ぎてしまった。

 よそよそしい態度だ。

 なにかマズいことをしただろうか。


 時雨は首をかしげながらも、朝の挨拶活動を続けた。


 その後、授業を終えてのお昼休み。

 時雨が昼食を終えてスマホをいじっていると、唯華がやって来た。

 少し込み入った話だからと、職員室の外に連れ出される。


「先生、エリーと話しました?」

「えっと、朝に挨拶したくらいかな。なんとなく、変な雰囲気だったけど」

「やっぱり、先生にも変な態度でしたか? エリーったら可愛い私のことを無視するんですよ。ひどくないですか!?」

「う、うーん……唯華はアレな性格してるからなぁ……」

「アレってなんですか?」


 唯華は明るく元気なのだが、ちょっとウザい系の性格である。

 ウザかわとでも表現するのだろうか。「先生、アレってなんですか?」

 相手をするのが面倒になるときもあるだろう。

 そんな事を考えていると、時雨たちが話している目の前をエリーが通った。


「あっ!? 下手人が居ましたよ。逮捕します!!」

「ッ!?」


 唯華はエリーの目の前に飛び出す。

 無視して行こうとするエリーだが、唯華は見事なディフェンスによって行く手を阻む。

 凄くウザそうな動きだ。そういう所なんじゃなかろうか。


「ほら、どうして私の事を無視するんですか?」

「……」

「黙ってるなら、こちょこちょしちゃいますよー」


 唯華はワキワキと手を動かして、エリーの体を触る。

 セクハラしてるおじさんみたいなテンションだ。

 花の女子高生がそれでいいのだろうか。


「あれ、反応が無い……」


 エリーをくすぐるが反応がない。

 いや、よく見るとエリーの頬がぴくぴくと動いている。

 あれはやせ我慢だ。


「それなら、次は縦ロールで遊んでやります。ほーら、みょんみょんみょん」

「……」


 唯華がエリーの縦ロールを伸ばして遊んでいる。

 正直言うと、時雨もちょっとやってみたい。

 縦ロールを引き伸ばして、みょんみょんと遊んでみたい。


 しかし、エリーが頬をぴくぴくとさせているので、触るわけにはいかない。

 今度は笑いを我慢しているわけでは無いだろう。

 たぶん、キレるのを我慢している。


「これでも駄目ですか……こうなったら最後の手段です」


 唯華はその場にしゃがみ込むと、エリーのスカートをぺらっとめくった。

 思わず、時雨は目をそらす。


「おー、意外と可愛い系をはいてるんですねぇ」

「な、なにをしやがりますの!? この変態が!!」

「いたぁっ!?」


 ばちーん!!

 景気の良い音が鳴った。

 どうやら、頭をはたいたらしい。


 時雨が恐る恐る顔を戻すと、スカートめくりは終わっていた。

 代わりに唯華が頭を押さえて悶絶している。


「女子のスカートをめくるとか、今どき馬鹿な男子小学生でもやりませんわよ!?」

「な、なんですか!? 人の事を無視するからいけないんでしょう!?」

「うぐっ……う、うるさいですわ!!」


 どうやら、エリーは痛い所を突かれたらしい。

 苦し紛れに捨て台詞を吐くと、カツカツと行ってしまった。


「な、なんなんですか。あいつー」

「どうしたんだろうね。様子はおかしかったけど……」


 残された時雨と唯華が首をかしげていると、時雨のポケットから音楽が鳴った。

 スマホの着信音だ。

 スマホを取り出すと、画面にはエリー母の名前が映っている。

 病院にお見舞いに行ったときに連絡先を交換しておいたのだ。


 もしかしたら、エリーがおかしい理由が分かるかもしれない。

 時雨は電話に出る。


「はい。時雨です。どうかなさいましたか?」

「急にお電話して申し訳ありません。花子の母です。ちょっとお時間よろしいですか?」

「はい。どうしましたか?」

「実は……花子が学校を辞めると言い出してしまって……」


 エリーが学校を辞める。

 その言葉に時雨は目を見開いた。

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