第17話 お見舞い

 エリー母が倒れた知らせを受けて、エリーは早退していった。

 時雨はエリー母のことを心配しながらも仕事がある。

 やきもきしながらも授業を終えて、放課後を迎えた。


「失礼します」


 ガラガラと職員室に入って来たのは唯華だった。

 浮かない顔をしながら時雨の席へと駆け寄る。


「先生、エリーから連絡ってありました?」

「いや、僕にも学校にも連絡は来てないよ」

「そうですか……大丈夫ですかね……?」


 いつもの元気はどこへ行ったのか。

 唯華はしおらしく時雨を見上げる。

 無理もないだろう。友だちの親が倒れたのだ。

 心配もする。


「……一緒にお見舞いに行こうか? 入院場所は伝えられてるから。僕は昨日もお会いしてるから、お見舞いに行く理由としては十分だろうし」

「はい。あの縦ロールが落ち込んでたら、ライバルとして喝を入れてやります」

「そうだね。そうしてあげて」


 喝を入れる。なんて言ったが、ただ励ましたいだけだろう。

 唯華もエリーの事を大切な友達だと思っているようだ。


「それじゃあ。行こうか」

「はい」


 その後、時雨たちは電車に乗って病院へと向かった。

 あらかじめ聞いていた病室へと入ると――


「あら、時雨先生。わざわざお見舞いに来てくださってありがとうございます!」


 ベッドに座りながらも、にこにこと笑っているエリー母の姿があった。

 患者用のゆったりとした服を着て、腕には点滴が繋がれているが、すごく元気そうだ。

 隣ではエリーが顔を真っ赤にして座っている。


「えっと、倒れたと聞いたのですが……」

「そうなんです。ちょっと、ふらっとして、気が付いたら病院で」

「それは、一時的な失神という事ですか?」

「はい。お医者さんもそう言ってましたね。ごめんなさいね。ただの気絶でご心配をおかけして」

「……いえ、大事が無いようでしたら良かったです。あと、お見舞いのお菓子です。お子さんたちと、どうぞ」

「あらあら、気を使わせてしまって申し訳ありません」


 何事も無かったように世間話をするエリー母と違って、エリーは顔を真っ赤にしている。

 くだらない事でお見舞いに来られて恥ずかしい。なんて思っているのだろう。

 そんなエリーを見て、唯華はホッとしていた。


「エリー? お母さんが大丈夫なら、連絡くらい入れて欲しかったんですけど?」

「うぐぅ……な、なんで貴方に教えなければいけないんですの!?」

「私じゃなくても、先生に連絡してくださいよ。昨日も会ってるんだから、無関係じゃないでしょう?」

「うぐぐぅ……」


 残念ながら、今回ばかりはエリーに分が悪い。

 心配していた身としては、大事が無いなら連絡を入れて欲しかったと思っても仕方がないだろう。

 連絡も入れられないほど緊急なのかと、悪い方向に考えてしまう。

 しかも、エリーが連絡をしなかった理由が、たぶん恥ずかしかっただけなので質が悪い。


「良いですか、エリーちゃん。ほうれん草は社会人の常識ですよ? ほうれん草と言っても食べ物じゃないですよ。報告、連絡、相談です。気を付けてください?」

「はい……」


 ここぞとばかりにマウントを取る唯華。

 エリーは負い目もあって押され気味だ。

 まぁ、二人が元気ならとりあえず良いだろう。

 いつものようにじゃれている二人を無視して、時雨はエリー母に向き直った。


「どうか、ゆっくり休んでください」

「……ありがとうございます」


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 時雨たちが帰ったあと、エリーも病室を後にした。

 双子たちが帰ってくる前に、エリーが晩御飯の準備をしなければならない。


(あ、スマホを忘れましたわ)


 しかし、病院から出たところで病室にスマホを置いて来た事に気づいた。

 流石にスマホを置いては帰れない。

 取りに戻ろうと病室に向かうと、少しだけドアに隙間が空いていた。

 中からエリー母と医者の声が聞こえてくる。


「貴方の体はボロボロです。このまま行けば死にますよ?」


 扉を開けようとしたエリーの手が止まった。

 死ぬ? 誰が?

 エリーの頭が真っ白になった。


「大量のアルコール摂取、極端に短い睡眠時間、昼と夜を合わせれば長すぎる労働時間。これらは心臓病や脳卒中のリスクを跳ね上げています。今回は疲労から来る失神でした。しかし、次に倒れた時には脳卒中で死ぬかもしれませんよ?」


 エリーはゾッ背筋が寒くなるのを感じる。

 母の仕事が大変なことは知っていた。

 しかし、それによって命が削られているとは考えもしなかった。

 いつも元気で明るい母は、仕事をしながらも上手く休んでいるのだと思い込んでいた。


「仕事は辞められません……夫と約束したんです。私が子供たちを守るって……だから、あの子たちが大学を卒業して独り立ちするまでは休めません」

「無茶です。貴方の体が先に壊れますよ?」

「それでも……子供たちの幸せな将来のためには止まれないんです」


 エリー母は命を削ってまで、エリーたちのために働いている。

 それは、とても嬉しいことだ。自分のために、それほどまで尽力してくれる人が居ることは幸せだ。

 だけど、だからと言ってエリー母を、これ以上は傷つけるわけにはいかない。

 万が一にも、死なせるわけにはいかない。


 そのために、エリーにできることは――

 エリーは意を決して扉を開いた。

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