第16話 早退

 翌日。

 授業を終えた時雨が廊下を歩いていると、ぎゃあぎゃあと聞きなれた喚き声が聞こえてきた。

 まさか、休み時間にまで騒いでいるのか……?

 時雨が恐る恐る様子を見に行くと、階段の踊り場で騒いでいる人影が見えた。

 見慣れた銀髪サイドテールと、見慣れた金髪縦ロール。

 唯華とエリーである。


「うぷぷぷぷ。再生数で負けちゃって悔しいですねぇ」

「はー? まだ、負けてませんわ。むしろ動画の伸び率で言ったら、こちらが上です。ここから再生数が上がっていきますわ!」

「そうですね。そうなったら嬉しいですねー」

「このメスガキ……!? ぶち殺しますわ!!」


 エリーが唯華の胸倉を掴むも、唯華はケラケラと笑っている。

 うーん。アレはムカつきそうだ。

 しかし、エリーも本気で怒ってる感じではない。学生同士のじゃれ合いだ。

 巻き込まれる前に、さっさと逃げよう。

 時雨はその場を離れようとしたのだが、唯華と目が合ってしまう。


「おやおや? 私の先生レーダーに反応があると思ったら、本当に時雨先生が居ます!」

「そのレーダー、すぐに壊してくれない?」


 見つかってしまったら仕方がない。

 時雨が二人に近づくと、唯華はいそいそとスマホの画面を見せてきた。


「見てください。昨日上げた動画はしっかりと伸びてますよ。ちなみに、私の動画のほうが再生数は上です!」

「どうせ百再生しか違いは無いじゃありませんの。すぐに追い抜きますわ!」


 二人の動画はどちらも数万再生を記録している。

 たしかに百再生くらいなら、ひっくり返ってもおかしくない。

 僅差のいい勝負と言えるだろう。


「あ、そうだ。先生、動画上げてませんよね? ちゃんと上げてくださいよ。このままじゃ、不戦敗ですからね? 負けたら言う事を聞いてもらいますからね?」

「あぁ、うん」


 時雨は首をかしげる。

 すでに動画は上げているのだが、気づいていないのだろうか。

 まぁ、バレたら真似される可能性が高いので、そのままにしておこう。


「まぁまぁ、仕方がありませんわ」

「なんですか、縦ロール。にやにやしちゃって」

「だって、昨日の先生はわたくしの家でお食事をしていたから、忙しかったのですもの。動画を作っている暇なんてありませんでしたわ」

「な、なんですとぉ!?」


 エリーから爆弾が投下。

 よくよく考えると、生徒の家でご飯を食べるのって、教師的にアウトラインだったかもしれない。


 唯華は『ひょえー』とムンクの叫びのようなポーズを取る。

 ただ、可愛さは崩していない。

 むしろ、SNSとかで見かけるポーズだ。小顔に見せる効果とかありそう。


「先生、初めてお食事デートは私とするって約束したじゃないですか!?」

「いや、まったくしてないけど……」

「そんな……私とは遊びだったんですね!!」


 ガツン!!

 唯華の叫びに被せるように、大きな足音が鳴った。

 何事かと階下を見ると、アメリカの特殊部隊とかに居そうな、筋肉もりもりのマッチョマンが時雨のことを睨んでいた。

 ちなみに体育の先生である。


(マズい!? ヤバい誤解をされる!?)


 いつものような唯華の悪ふざけ発言だが、そこだけを切りぬいたら完全に時雨が悪い奴だ。

 生徒に手を出したクソ教師である。

 このままだと教師の職どころか、社会的生命まで失ってしまう。


「な、なにを言ってるのかな時雨さん。悪い冗談は止めてよ」

「おや? ……なるほど。安心してください。先生」


 唯華は階段下を見て体育教師を見つける。

 どうやら事情は理解してくれたらしい。

 グッと親指を立てた。


「先生がヒモニートになっても、私が養ってあげます」

「まず、職を失わないように、本当のことを言ってくれるかな?」


 ガツガツと足音を立てて、体育教師が登って来た。

 まるで破滅の足音のようだ。

 時雨が冷や汗をかきながら、どう説明したものかと考えていると――体育教師は時雨を通り過ぎてエリーの元へと向かった。


「な、なんですの?」

「エリーちゃん、なにか悪い事でもしたんですか?」

「し、してませんわ!! ……たぶん」


 自信はないらしい。

 しかし、体育教師も怒る雰囲気ではない。ポンとエリーの肩を叩く。


「花子さん。すぐに帰る準備をしなさい」

「な、なんでですの?」

「落ち着いて聞くんだぞ――お母さんが倒れた。すでに病院に搬送されている」


 エリーの顔が真っ青になった。

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