第15話 晩御飯
リビングに向かうと、部屋の隅に小さな仏壇が置かれていた。
飾られている遺影には、優しそうなメガネの男性が写っている。
時雨が仏壇を見ていると、エリー母がそっとささやいてくる。
「私の夫です。下の子たちが小さいときに職場の事故で……」
「そう、でしたか……手を合わせても良いですか?」
「ありがとうございます」
時雨は仏壇に線香を上げて、手を合わせた。
時雨が見ている限り、エリーは優しくて真面目な子だ。
きっと、お父さんも良い人だったのだろう。
「さぁ、ご飯ができましたよー」
「「わーい!」」
時雨が拝んでいる間に、食事の準備ができたらしい。
リビングのテーブルに美味しそうな料理が並んでいる。
今日のメインは唐揚げのようだ。
「さぁ、先生も花ちゃんの隣に座ってください」
「ありがとうございます」
時雨はエリーの隣に座る。
揚げたてのからあげと、炊き立てのご飯が美味しそうだ。
「「「「いただきます」」」」
「はーい」
エリー母以外の四人が席に着くと、食事が始まった。
始まると同時に双子はひょいひょいと唐揚げを頬張っていく。
これでは、あっという間に無くなりそうだ。
「こら、お客様の前ではしたないですわ!」
「えぇー、姉ちゃんだって普段はパクパク食べるじゃん」
「先生の前だから良い子ぶってるんだぁ」
「ち、違いますわ。先生、そんなことはありませんからね!?」
「あぁ、うん」
時雨は唐揚げを口いっぱいに頬張っているエリーを想像する。
なにも違和感が無い。
たぶん、普段は双子と競争するように食べているのだろう。
姉弟らしくて微笑ましい。
「それじゃあ、僕も一つ貰うね」
時雨も唐揚げを一つ摘まんで食べる。
うま味の詰まった肉汁が噴き出した。柔らかいお肉と、サクサクとした衣の食感もたまらない。
「うん。とても美味しいです」
「うふふ、ありがとうございます」
こんなに美味しい物を食べたのは久しぶりな気がする。
「先生は自炊をしますの?」
「いや、僕はコンビニで済ませちゃうなぁ」
「それじゃあ、体に悪いですわ!」
そうは言っても、一人だと自炊をする気力が起きない。
買って済ませられるなら、それが楽で良い。
「うふふ、夕飯を食べに来てくださっても良いですよ?」
「いや、そうさせて貰いたいくらい美味しいです」
「あら、お上手ですね」
そうして団欒を楽しみながら食事を進めていく。
しかし、ふと時雨は首をかしげた。
いつまで経ってもエリー母が食事を取ろうとしない。
そもそも、エリー母用の食器も用意されていなかった。
「あれ、お母様は食べないのですか?」
「ごめんなさい。私はこれから仕事なんです」
「あ、そうだったんですか」
気がつくと、エリー母はエプロン姿からよそ行きの服へと着替えていた。
「私はもう出ますが、先生はゆっくりしていってください」
「あ、はい。いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいですわ」
「「いってらっしゃーい!」」
「はい。行ってきます」
エリー母はバタバタと出かけて行った。
これから仕事となると、夜職の類だろうか。
「……母は、昼間はスーパーで働いて、夜はスナックで働いていますわ」
「それは……大変だね……」
昼も夜も働くとなれば、ゆっくりと休める時間など無い。
だが、エリー母はそれを感じさせないほど明るく元気だった。
きっと、子供たちに心配をかけさせないように頑張っているのだろう。
「私もバイトが許可されたら働くつもりです。少しでも家計を助けたいですから」
エリー家の家計は、あまり良い状態では無さそうだ。
たしか、エリーも特待生として桜庭高校に入学している。
少しでも母の負担を減らすための選択だったのだろう。
「そっか……僕に手伝えることがあったら、何でも言って。まぁ、勉強を教えるくらいしか役に立たないと思うけど……」
「はい。頼りにいたしますわ」
その後、時雨は食事を終えてから、ゆっくりと帰路についた。
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