第13話 教師

「遅くなったから送っていくよ」

「まさかの同伴イベント!?」

「同伴って……どう考えたって違いますわ……」


 警察に解放された時には、すでに暗くなっていた。

 時雨のせいで遅くなったのに、現地解散では申し訳ない。

 せめて家の近くまで送ろう。


「あ、でも唯華さんは迎えを呼んでたから必要無いか」

「はっ!? 今からでも必要無いと連絡を入れます!」

「いや、もう近くに来てるんじゃない? ほら、あの車とか……」


 時雨が指した方向はホテルの駐車場。

 そこに黒塗りの高級車が止まっていた。

 運転席から出てきたのは、スーツを着た初老の男性だ。

 執事なのだろうか?

 時雨と目が合うと、丁寧に頭を下げてきた。時雨も思わず会釈を返す。


「ほ、本当に来てしまった……じゃあ、せめて一緒に乗って行ってください!」

「唯華さんとエリーさんの家は逆方向じゃないか……エリーさんと遊びたいのは分かるけど、今日は大人しく帰りなよ」

「こんなドリル頭と一緒に居たいわけじゃないのに……!」

「誰の縦ロールがドリルですの?」


 唯華はツンデレのように言い訳をしていた。

 しかし、これ以上はじゃれ合いをされて困ってしまう。早くエリーを送り届けなければ。

 時雨は唯華の背中を軽く押して、迎えの車へと向かわせる。


「ぐぬぬぬぬ。分かりました。今日のところは大人しく帰ります。縦ロール、先生に妙なことをしたら許しませんからね!?」

「発情期のあなたと一緒にしないでください」


 唯華は渋々と帰って行った。

 これで唯華は安全だ。後はエリーを送り届けるだけである。


「それじゃあ、エリーも帰ろうか」

「はい。エスコートをお願いしますわ」


 その後、時雨たちは駅へと向かって電車に乗った。

 ちょうど帰宅ラッシュにぶつかってしまったらしく、電車はそこそこ混んでいる。

 人ごみに流されるまま動くと、気がつけば時雨たちはドアの近くへと押し込まれていた。


「おっと、ごめんね。少し窮屈な体勢になっちゃって」

「い、いえ、気にしませんわ」


 なんだか、エリーに壁ドンをしているような形になってしまった。

 エリーを見ると顔を真っ赤にしている。

 ちょっと気まずい。

 せめて、エリーが立ちやすいように気を付けよう。

 時雨はエリーが楽に立てるように、壁となってスペースを作る。


「あの、先生に質問してもよろしいですか?」

「なにかな?」


 エリーがためらいながら聞いてきた。


「先生は、どうして『ダンジョン配信部』の顧問をすることになったのですか?」

「うーん……成り行きかなぁ」


 たまたま唯華を時雨が助けて、たまたまバズった。

 それによって唯華が時雨に目を付けて、顧問を頼まれた。

 あまり乗り気ではなかったが、『まぁ、良いか』と安請け合いしたから顧問を務めている。


「ただ、始まりは成り行きだったけど、今は部活動も楽しいと思ってるよ。唯華さんやエリーさんは愉快だからね。見てるだけで面白いよ」

「『アレ』と一緒にされるのは嫌ですが……気持ちは分かります。ダンジョン配信とやらも、悪くありませんわ」


 エリーは昨日今日のことを思い出したのか、穏やかに微笑んでいた。

 思っていたよりも楽しんでいるらしい。

 これは……勝負の結果に関わらず、ダンジョン配信部は無事に部室を手に入れることになりそうだ。


 エリーの笑顔につられるように、時雨も口角が上がるのを感じる。


(教師なんて、つまらない仕事だと思ってたけど……こうして生徒たちが成長してくれると嬉しいかも)


 前職を辞めさせられて、しぶしぶ流れ着いた教師の職。

 やる気も起きず、だらだらと過ごしていたが、少しだけ楽しみを見いだせた気がした。


 そうして、時雨が仕事への充足感を感じていた時だった。

 ガタン!!

 電車が強く揺れる。

 ドン、と後ろの人に背を押されて体勢を崩してしまう。


「せ、先生……近い、近いです!?」


 前のめりになったせいで、キスでもするようにエリーに顔を近づけてしまう。

 エリーは顔真っ赤に染めて、わたわたと慌てている。

 ぷるぷると震えている姿はハムスターみたいだった。


「あ、ごめん……」

「うぐぅ……心臓が破裂するかと思いましたわ……」


 エリーは心臓を抑えて、ぜーはーと息をしている。

 ……そんなに脅かしてしまっただろうか。


「……時雨先生は、先生に向いて居ないかもしれませんわ」

「なんで!?」

「そのうち、生徒と不純な行為をしそうです」

「いや、しないよ……」


 少しだけ自信を持った矢先に、生徒によって打ち砕かれる時雨だった。

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