第10話 メガネ女子

「あの蛇野郎め……次は炎上させてやる……」


 時間は巻き戻って、唯華の動画撮影後。

 ゲッソリとした唯華と共に、時雨はホテルへと戻った。


「次はわたくしの番ですわ!」

「あぁ、はいはい。せいぜい頑張ってください」

「私は貴方のように、コスプレなんて小細工には頼りません。己が道は己が拳で切り開くものですわ。それがお嬢様道!!」

「貴方の目指すお嬢様って、阿修羅かなんかですか?」


 修羅の道を歩むお嬢様。それがエリーなのだろう。

 ……意味が分からなすぎる。

 素直に紅茶とか飲んでてくれ。


「まぁ、そもそも縦ロールのコスプレなんて需要無いですから」

「な!? それは聞き捨てなりませんわ。美しい私のコスプレを望んでいる声は多いですわ!」

「ソースは?」

「ほら、SNSで私に関して呟いている方が居ますわ!」


 エリーは印籠のようにスマホを見せた。

 そこには『ダンジョン配信部のエリーちゃんにチャイナドレス着て欲しいなぁ』と書かれていた。

 たしかに、求める意見があったらしい。


「ほーん」

「どうですか、需要があったでしょう」


 胸を張ってドヤるエリー。

 しかし、唯華は小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「フッ……『配信なんて興味ありませーん』みたいな顔してましたけど、エゴサなんてしてたんですね」

「ふぐぅ!?」


 たしかに、すぐにSNSの呟きを出せたという事は、事前にその投稿を知っていたのだろう。

 唯華と比べて、配信に対してクールな態度を取っていたエリーだけに意外だ。


「そ、そそそそ、それは、勝負のためにデータを集めていただけですわ」

「その割には、自分を『カワイイ』って言ってる投稿に『イイね』送ってるみたいですけど」

「ほ、褒められたらお礼を言うのがお嬢様ですわ!!」

「へぇー……」


 奇抜な所のあるエリーだが、やはり年頃の学生だ。

 褒められるのは嬉しいのだろう。

 しっかりと自分を褒めている投稿に反応してしまったらしい。


「それだったら、もっと可愛いって言われるような衣装があるんですけど?」

「そ、そんな物は必要ありませんわ!! お嬢様がブレます!」


 お嬢様がブレるってなんだ?

 疑問に思ったが、時雨は突っ込まないでおいた。


「大丈夫ですよ。ちょっとしたメガネですから。お嬢様だってメガネは付けるでしょう?」

「そ、それぐらいなら……」

「それじゃあ、目をつむってください」


 エリーに目を閉じさせると、唯華はバッグからなにやら取り出した。

 確かにメガネのようだが……それをエリーにかけさせる。


「はい……目を、開けて……良いですよ……」

「ど、どうでしょうか。先生、似合っていますか?」


 唯華がプルプルと震えながら退けると、エリーの顔が見えた。

 鼻眼鏡を付けていた。


「ブフッ!? ごめん。ちょっと待って……」


 エセ外国人のような高すぎる鼻と立派なカイゼル髭が、エリーに似合わなすぎる。

 時雨は噴き出しそうになって、思わず顔をそらした。

 隣では唯華がゲラゲラと笑い出す。


「ぷはははははは!! エリーちゃんにはとってもお似合いですよ!」

「え、なに、なんなのですわ!?」


 エリーはキョロキョロと見回して、鏡に近づいた。

 鼻眼鏡をかけた自分を見ると、縦ロールが天に向かって逆立つ。


「どういう事ですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 エリーは唯華の肩を掴むと、ぶんぶんと振った。

 唯華ががくがくと頭を揺らしながらも笑い続けている。


「くくくくく……いやぁ、とってもお似合いですよ。きっと視聴者も大笑いです!」

「ぶっ殺しますわ!」


 エリーは唯華の胸倉を掴んでぶん投げる。

 ベッドに投げ出された唯華に馬乗りになると、自身にかけられた鼻眼鏡をはずした。


「貴方の顔にかけてSNSに晒してやりますわ!!」

「うびゃぁ!? ちょっと、可愛い唯華ちゃんには似合わないですから……ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 すごい。社会的にぶっ殺しに行ってる。

 有言実行お嬢様だ。


「あの、そろそろ時間が無いけど?」

「そうでしたわ。こんなバカ野郎に構っている暇はありませんでしたわ」

「た、助かった……」


 唯華はなんとか鼻眼鏡の刑から逃れる。

 ちょっと、涙目になっていた。

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