第6話 エリザベス=花子

 『ダンジョン配信部』のアカウントを作った次の日。

 放課後になると時雨たちはダンジョンへと向かった。

 先日、時雨と唯華で向かったダンジョンと同じ場所だ。


 ダンジョン配信部での最初の一回は、三人で配信をすることになった。

 そもそも、ある程度は集客しなければ動画の再生数も回らない。

 新しいチャンネルを作ったことを周知するためにも、最初は三人で配信をする。


「皆さん、こんにちは! 皆のアイドル唯華ちゃんですよー!」


『誰?』

『知らない人だ』

『初見です』


「またこのパターン!? いや待てよ。『誰?』とか言ってるの、こないだの配信に居た人達じゃないですか、名前覚えてるから! お決まりのパターンにしようとしてます!?」


 配信を開始すると、唯華がきゃあきゃあと騒いでいた。どうやら視聴者たちに、いじられたらしい。

 唯華は反応が良いので、いじりたくなる気持ちが時雨にも分かる。

 そんな唯華を見て、縦ロールがわざとらしく笑った。


「おほほほ、自分でアイドルとか……痛い人ですわー!」

「金髪縦ロールだって、お嬢様気取りの痛い人じゃないですか」

「心はお嬢様ですわ!」


『新人の子? キャラ強いなwww』

『期待ですわぁ』

『なんか、コメントで『ですわ』書かれると関西弁のおっさんみたいだ……』


 さっそく、きゃいきゃいとじゃれ合いを始める二人。

 これはこれで、子猫のプロレスみたいなものなので需要はあるかもしれない。

 しかし、このままでは話が進まないので時雨が止めに入る。

 

「グルルァァァァ!!」

「ぴぃ!?」

「ですわ!?」


 ただ、時雨のボソッとした声では二人に張り合えない。

 そこでドラゴンを呼び出して叫んでもらった。


 しかし、効果てき面すぎたらしい。

 二人は時雨の胸元にすがり付いて、ドラゴンから隠れる。


「あのドラゴン、また女の子を脅かしてニヤついてますよ!?」

「変態ドラゴンですわ!!」


 時雨に隠れて、ぴぃぴぃとドラゴンに文句を放っている。

 しかし、ドラゴンはどこ吹く風でニヤリと笑っていた。


「脅かしてごめん。とりあえず、自己紹介をしちゃおうよ」

「おっと、そうでした。つい縦ロールをかまってしまいました。先生も自己紹介を!」

「時雨です」

「うわぁ、塩対応ですね……」


 たしかに、もうちょっと地味かもしれない。。

 しかし、唯華のように『アイドルです!』なんて言うのはきつ過ぎる。

 これが精いっぱいの挨拶なのだ。


『先生、お疲れ様です』

『よく考えると、時雨先生のこれは残業なんだもんな』

『残業なら元気が無くても仕方ない』

『そう考えると不憫だな……放課後まで問題児のお世話か……』


「誰が問題児じゃい!?」


 しかし、コメントでは時雨の塩っぽい挨拶が受け入れられていた。

 どうやら、社畜からの同情票を集めているらしい。

 彼らも今日は早く帰れただけで、普段は残業があるのだろう。


「それでは、次はわたくしの番ですわね!」


 縦ロールがグイッとカメラの前に出た。

 流石は『お嬢様部』なんて変な部活を作ろうとしている人だ。カメラの前でも堂々としている。

 初配信で緊張していた時雨とは大違いである。


 そういえば、時雨は彼女のことを『縦ロール』として認識していた。

 本名はなんだったろうか。生徒名簿で見た気がするのだが……思い出せない。


「私は『エリザベス』です。『エリー』と呼んでも構いませんわよ?」


 そんな名前だったろうか?

 少なくともカタカナネームでは無かったはずだ。

 時雨は頭を捻って名前を思い出そうとする。


「そんな名前なわけが無いでしょう!? ちゃんと名前を言いなさい!」

「嘘じゃありませんわ!! 私の名前はエリザベスですわ! お嬢様な私にふさわしい名前ですわ!!」

「あ、『花子はなこ』さんだ。思い出した」

「なんで言っちゃいますの!?」

「え、ごめん……」


 ようやく縦ロールの本名を思い出した。

 彼女の名前は『佐藤さとう花子はなこ』だ。

 履歴書の例に書かれていそうな名前である。

 昔はたくさん居た名前なのかもしれないが、現代では逆に珍しい。

 おかげで、時雨もぼんやりと覚えていた。


『花子との差が凄いなwww』

『花子も良い名前なのに……エリザベスと先に名乗ってるとね……』

『どっちも良い名前なはずなのになwww』


「ごめんね。エリザベス――エリーさんって呼んで欲しいんだよね。これからはそう呼ぶから」

「ほーん。花子ちゃんはエリーって呼んで欲しいんだ。へー」

「う、うごぉぉぉぉ!? おフ〇ックですわ!!」


 エリー(笑)は顔を真っ赤にすると、Fワードを叫んで縮こまった。

 そんなエリーを、唯華はにやにやと見下ろしている。

 これは、いじられる流れだろうか。

 しかし、エリーはすでに満身創痍。これ以上の追撃は止めてあげるべきだろう。


「僕はエリザベスって名前も良いと思うな。きっと、花子さんが頑張って考えたんだろうし、もしかしたら好きなキャラクターとかから取ったのかもしれない。ともかく、尊重するべきだと思う」

「ぐほぉ!?」

「先生、フォローのつもりかもしれませんが、トドメ刺してます」

「え?」


 身もだえていたエリーは、悲鳴を上げるとごろごろと草原を転がりだした。

 制服が汚れるのも気にしていないらしい。

 まるで駄々をこねている子供である。


「そうよぉ!! 好きなゲームのキャラの名前を真似して、髪形も真似してるの!! 何が悪いのよぉぉぉぉぉぉ!?」


 しばらくの間、魂の叫びが響いた。

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