第2話 初めての配信

 翌朝。

 今日も今日とて仕事だ。時雨は眠い目をこすりながら学校に出社。

 挨拶活動をしている生徒たちに、ぼそっとした挨拶を返しながら校門をくぐる。


「先生、おはようございます! 今日も私に会えてラッキーですね! ログインボーナスですよ!」

「あ、うん、おはよう」


 校門の影から飛び出してきたのは唯華だ。

 朝から元気なもので、にこにことはじける笑顔を浮かべている。

 これが若さなのだろうか……。

 いや、時雨は学生のころから、朝は陰鬱だった。ただの性格の問題だ。

 このまま校門で立ち止まっていても邪魔ので、二人は学校へと歩きながら話す。


「どうして、あんな所に隠れてたんだ?」

「登校中に先生を見かけたので、驚かせようと思って」

「そっか……」


 なんとも、サプライズ精神が旺盛な子である。

 時雨はドッキリのようなものとは、無縁の学生生活を送っていた。

 教室の隅で本を読んでいるような、絵にかいたぼっちである。


 こうして驚かされるのは、どう反応したらいいのか分からない。

 ただ、嫌な気持ちでもない。


「ところで先生、昨日は顧問を引き受けてくださってありがとうございます」

「まぁ、放課後は暇だし……ちょっとくらいは大丈夫」


 教員にとっては部活動の顧問も仕事だ。

 時雨が働いているのは私立学校のため、普通のサラリーマンと同じように割り増しの賃金が支払われる。

 仕事と思えば、納得できる程度の面倒事だ。


「部活動の立ち上げ申請書は、昨日のうちに出しておきましたから! さっそく、今日から活動しましょうね!」

「分かった。ちなみに、部室はどこになるのかな?」

「旧棟四階の隅っこにある教室です。ただ、まだ教室は使えないんですけどね」

「それは、どうして?」

「直前に使っていた部活が、まだ完全には退去していないらしくて。明日から使えるそうです!」


 どうやら、古い部活と入れ替わるような形で部室を貰えるらしい。

 しかし部室が使えるようになるのは明日から。

 そうなると、今日はドコで活動をするのだろうか?


「それじゃあ、今日の活動場所は?」

「さっそくなのですが、ダンジョンに行って配信をしようと思います。まだ部活のチャンネルは作れていないので、とりあえず私のチャンネルを使って」

「そっか……いきなり配信は緊張するなぁ……」

「大丈夫ですよ。可愛い私に任せておけば問題はありません!」


 唯華はピースサインを決めて『にひひ』と笑う。

 SNSも使わない時雨と比べて、唯華の方が配信の経験は豊富。

 とりあえず彼女に頼るしかないだろう。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その日の放課後。

 時雨と唯華は近場のダンジョンへと向かった。


 ダンジョンの入り口は、倉庫のような建物によって守られている。

 万が一にも、ダンジョンからモンスターが出てこないようにするための防壁だ。

 駅の改札のような入り口を通ると、広間の中央に水晶で作られた柱のような物が建っている。

 それがダンジョンの入り口だ。


「先生、初めてのダンジョンデートですね」

「デートでは無いけどね」


 唯華に袖を引かれて、時雨は水晶の柱に近づく。

 二人で一緒に柱を触ると、一瞬で景色が切り替わった。


 目の前に広がるのは広い平原だ。

 すぐそばには水晶の柱。もう一度触れれば、元の場所に帰ることができる。


 ちなみに、二人は学校から直で来たのでスーツと制服姿だ。

 これからモンスターと戦うには舐めた格好に見えるが、桜庭高校の制服は魔法を用いて作られた特殊な制服だ。

 その防御力は鉄の鎧並みである。


 そして時雨が来ているスーツは、ただの安物スーツ。

 防御力はゼロである。

 モンスターを舐めた格好だった。


「さて、先生。さっそく配信を始めちゃいますよ」

「分かった」


 唯華は学生カバンの中から、拳より少し大きいくらいの球体を取り出した。

 それは丸い金属ボールで、中央には黒いレンズが付いている。

 それは魔法を用いて作られた魔導具であり、対象を自動で追跡して撮影をしてくれるカメラだ。


 ダンジョン配信者などが利用しているが、なかなか良い値段がしたはずである。

 少なくとも、時雨の安月給では手が届かないくらい。


「凄いね。どうして持ってるの?」

「ふふふ、親におねだりしたんです。私の実家はお金持ちなので、逆玉ですよ?」

「へー」


 親が太いのは羨ましい……。

 思えば、最近の学生たちはスマホも最新機種なことが多い。

 下手な社会人よりも、お金持ちの子供のほうが羽振りが良いのかもしれない。


 時雨が一人でショックを受けている間にも、唯華は配信の準備を進めていた。

 ふわりとカメラが宙に浮かび上がると、唯華を捉える。


「さぁ先生、配信を始めますよ!」

「分かった」


 そうして、時雨にとっては初めての配信が始まった。 

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