陰キャな新米教師だけど、教え子をモンスターから守ったらバズり散らかしてしまった

こがれ

第1話 陰キャ教師の仕事

「眠いなぁ……」


 薄暗い洞窟にトボトボと足音が響く。

 歩いているのはスーツ姿の男性だ。眠たげに目をしょぼしょぼとさせている。

 彼の名は『右京うきょう時雨しぐれ』。私立桜庭高校で働いている新米教師だ。

 昨日も夜遅くまで仕事をしていた――わけでは無い。ゲームで遊んでいて夜更かししただけだ。

 だって時雨は非常勤講師。給料は低いが定時で帰れる。通常の教師ほどの激務では無い。


 ただ、教師という職に熱意があるわけでもない。

 以前の職場で起きたトラブルの責任を押し付けられて退職。その後、同じ業界で再度就活をするものの惨敗。流れ着いた先が教師だった。

 だから、やる気がない。生きるために、仕方なく仕事をしているだけだ。


 ビービーとポケットのスマホが騒いだ。

 学校側から貸与されているやつだ。

 なにごとかと取り出すと、すでに通話が繋いである。


「各教員に報告します。ダンジョンにユニークモンスターが出現しました。現時刻を持って実習は中止。生徒を避難させてください」

「……分かりました」


 仕事にやる気は無い。しかし、給料は貰っているのだ。時給分は仕事をしなければならない。

 時雨はスマホを操作して、生徒たちの位置情報を調べた。


「すぐ近くに一人いる……行かないと」


 時雨はダッと走り出す。

 走り出してすぐ、『きゃぁぁぁ!!』と甲高い悲鳴が聞こえてきた。


(マズいかも……もう少し急ごう)


 時雨はポケットからスマホに似た端末を取り出して操作した。

 ゴウ!!

 時雨の背後で突風が吹き荒れると、大きな影がそびえていた。

 それはドラゴンだった。人に似た体型のドラゴンが、大きな翼を広げて、腕を組み、仁王立ちしている。


「グオォォォ!!」


 背後のドラゴンは、地の底から響くような雄たけびを上げ、バサバサと翼をはためかせた。

 ドラゴンが宙に浮かぶと同時に、時雨の体もふわりと浮かぶ。

 ドラゴンと共に狭い通路を飛んで行くと、広い空間に出た。


「せ、先生……」

「ブルルァァァァ!!」


 そこに居たのは地面にへたり込んだ女子生徒。

 ついでに、岩の様な鎧をまとったバカでかい牛だ。


「もしかして、あれがユニークモンスターかな」

「ブルァァァァァ!!」


 牛は時雨を見ると、雄たけびを上げて突撃してきた。

 その突進は早くて重い。高速道路で大型トラックに迫られたら、こんな感じなのかもしれない。

 しかし、その攻撃が時雨に当たることは無かった。


「ブルァァ!?」

「グルォォォォ!!」


 時雨の背後に立っていたドラゴンが、牛の角を掴み止めていた。

 さらに、グッと力を入れると牛が宙へと浮かび上がる。

 こうなっては牛に出来ることはない。地面から離れた足をバタバタと動かすだけだ。


「グルァ!!」


 ドラゴンはさらに力を込めて、牛を放り投げた。

 そして両手を広げ、頭を突き出す。

 鋭い牙をむき出しにして口を開くと、まばゆい閃光が空間を切り裂いた。

 閃光はびりびりと空気を震わせて牛に迫る。

 それはドラゴンだけが放てる魔力の奔流ほんりゅう。竜のの咆哮ブレスだ。

  

 着弾した光が爆発を起こす。爆炎が晴れた時には、キラキラと粒子を残して牛は消え去った。

 代わりに、からりと小さな宝石が地面に転がった。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 と言ったことがあったのが、先週の金曜日。

 その後、女子生徒を避難させて実習は死傷者なく中止した。

 そして土日休みを挟んで月曜日。

 時雨が職員室でコンビニ弁当を食べていると、金曜日に助けた生徒がやって来た。

 銀髪をサイドテールにした女子生徒だ。

 名前は……たしか『梅宮うめみや唯華ゆいか』だったはずだ。


「せんせぇ。お疲れ様でーす。先週はありがとうございましたぁ」

「あぁ、うん」


 女子生徒は媚びたような甘ったるい声で話しかけ来る。

 助けた時はジッと静かにしていたのだが……やはり、初めて強いモンスターに襲われて怯えていたのだろうか。


「実は先生にお願いしたいことがあって……」


 正直に言うと面倒くさい。

 これで『勉強を教えて欲しいんですぅ』なんて言われたら、昼休憩が潰れてしまう。

 時雨にはスマホゲーのデイリーミッションを消化する予定があるのだ。

 しかし、仕事は仕事。必要ならば教師として働かなくてはなるまい。


「……なにかな?」

「これにサインして欲しくって」

「これは……魔法実験室の使用許可?」


 時雨の働く私立桜庭高校は、探索者を育てる学校だ。

 探索者とは『ダンジョン』と呼ばれる異空間に入り、そこに出現するモンスターを倒して資源を回収する仕事。

 そしてモンスターと戦うためには、ダンジョンからもたらされた技術である魔法が不可欠。


 そのため桜庭高校では魔法も教えている。その担当教員が時雨で、魔法実験室の使用許可も時雨が出すことになっている。

 ちなみに前任の先生は育休中。代わりとして時雨が雇われている。


(もう校長先生のハンコも押してある。じゃあ、僕も承認しちゃって良いか)


 紙には校長のハンコが押されていた。

 こうなると、非常勤講師がぐちゃぐちゃ言う余地はない。さっさと許可してしまおう。

 時雨はサラサラとサインをして、唯華に紙を返した。


「ありがとうございます。これで――先生は『ダンジョン配信部』の顧問でーす!」

「…………は?」


 一瞬、なにを言ってるのか分からなかった。

 どういうことかと唯華を見ると、てへっと可愛く舌を出しながら、ぴらぴらと見せつけるように紙を揺らす。

 それは部活動の立ち上げ申請書。顧問の欄には、しっかりと時雨のサインが書かれていた。


 いや、サインしたのは魔法実験室の許可書だったはずだ。

 なぜなのか時雨が困惑していると、唯華が空いた手で紙をくしゃりと握りつぶしていた。

 きっと、紙を二重にしてサインの部分だけくりぬいていたのだろう。

 まるで詐欺みたいな手法である。


「どうして、こんなこと……」

「ごめんなさい!」


 唯華が両手を合わせて、頭を下げる。

 本当に申し訳ないと思っているようだが……。


「実は、どうしても先生に顧問をお願いしたくって……」

「どうして僕なんだ? 僕は配信なんてやったこと無いから、配信部の顧問を任されても困るよ」

「えっ!? もしかして、気づいてないんですか?」

「なにを……?」


 時雨が首をかしげると、唯華はいそいそとスマホを取り出した。

 そしてスマホの画面を見せられると――そこに映っていたのは、時雨が唯華を助けた時の映像だ。

 どうやら動画投稿サイトにアップされているらしい。すぐ下に刻まれた再生数は、とんでもない数字になっていた。


「なっ、これは……どうして……?」

「実は助けて貰ったときに配信してたんですよー」

「え、だって学校の実習中だったよ?」


 あの日は生徒たちをダンジョンで実習させる日だった。

 もちろん授業中として扱われているはずなので、配信なんてしていいはずがない。


「えへへ……私の両親は割と有名な探索者で、学校に寄付してるんですよ」


 唯華はいたずらでもごまかす用に笑った。

 桜庭高校は私立である。汚い話だが、金である程度の融通は利いてしまう。

 寄付者の子供が言った、ちょっとした我がままを通してしまったのだろう。


「なるほど、その配信が人気になったから僕が欲しいわけか……」

「そうなんです!」


 唯華は配信が映された画面を見ると、両手を頬に当ててにへにへと笑い出した。


「私はもう『バズ』の快感を知ってしまったんです。爆増する再生数、鳴りやまないSNSの通知音、そして積みあがる『いいね』数……にへへへへへへ」


 唯華はスマホを眺めながら、へらへらと笑っていた。

 可愛い女の子に言うのは気が引けるが、ちょっと気持ち悪い。

 完全に脳をSNSに侵されてしまったらしい。

 しかし、ハッと正気に戻ったらしく、時雨に詰め寄って来た。


「だから、先生に顧問をして欲しいんです。お願いします!」


 ハッキリ言うと、部活の顧問なんてやりたくない。

 しかし、バッサリと断るのも気まずい。


(まぁ、僕じゃ数字が取れないって分かれば離してくれるか……)


 どうせ、時雨が手伝ったところで、そう再生数は伸びないだろう。

 まぐれで当たっただけで、自分の力で再生数を増やしたわけでもないのだから。

 再生数が伸びないと分かれば、唯華は時雨から離れるはずだ。


「分かった。引き受けるよ」

「あ、ありがとうございます!」


 唯華はパッと笑顔を咲かせると、深々と頭を下げた。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「失礼しましたぁ」


 唯華は間延びした挨拶をしながら、職員室を後にする。

 サササッ!

 一階の階段横に存在する謎スペースに隠れると、部活動の立ち上げ申請書を見た。


「やった、先生に顧問してもらえた……」


 申請書を見詰めながら唯華は顔を桜色に染める。

 時雨のことを考えると、ドキドキと胸が高鳴るのを感じた。

 

「こうして見ると、私と先生の名前が書かれてる紙って、実質婚姻届けなのでは? にへへへ……」


 唯華はにへにへと笑いながら、紙をギュッと抱きしめる。


「ちょっと先生の匂いがするかも……どうせなら、私のコレクションに……はっ!? いけない。これは提出しないと駄目なんだった……でも、もうちょっとだけ」


 結局、婚姻届け――ではなく、申請書が提出されたのは放課後になってからだった。

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