第4話 拳で


 初めての配信をした翌日の放課後。

 時雨が職員室で待っていると、唯華が迎えに来た。二人で部室へと向かうためだ。

 そして、いざ部室へと向かうと――


「な、なんですとぉ!?」

「なんだか、もう別の部活に使われてるみたいだけど……?」


 唯華が驚きの声を上げた。

 二人は空き教室に付けられた表示を見上げる。

 そこには『お嬢様部』と書かれていた。


「た、確かに、ここで申請したはずなんです。ちょっと乗り込んでみましょう!」

「いや、確認したほうが良いんじゃ……」

「おらぁ、私と先生の愛の巣を奪ったのはドコのどいつだぁー!」


 愛の巣ってなんだよ。

 唯華は時雨の静止が聞こえなかったらしい。

 ガラガラガラ!!

 勢いよくドアを開いて押し入った。しぶしぶ時雨も後に続く。


「あら、人聞きの悪い。ここは私たち、『お嬢様部』のものですわよぉー」


 そう言って、『おほほほ』と笑う女子生徒が中に居た。

 金髪の縦ロール。テンプレートをなぞったような、お嬢様風の見た目をしている。

 そんな彼女が学校に置かれている普通の机と椅子に座って、紅茶の入ったペットボトルを傾けているのはシュールな光景だ。

 ちなみに、教室に居るのは彼女だけである。


「『私たち』って何ですか。一人しか居ないじゃないですか」

「ぶ、部員はこれから増えていくんですわ!」

「なんでも良いから退けてください。ここは『ダンジョン配信部』が使用許可を取っているはずです!」

「嘘つきですわ! ここはわたくしが許可を取ったんですわ!」


 ギャイギャイと言い合う二人。どっちが許可を取ったの水かけ論だ。

 教師として止めるべきなのだろうが、陰キャな時雨では止め方が分からない。

 どう話に割り込んだものかと考えていると、教室に先生が入って来た。


「あー、ごめんねぇー。この教室、ダブルブッキングしちゃったのよぉ」

「だ、だぶるぶっきんぐ!?」

「だ、だぶるぶっきんぐ!? ですわ!?」


 唯華と縦ロールが同時に驚く。

 どうやら、同じ空き教室を別々の部活動に割り当ててしまったらしい。

 それなら話は簡単だ。別の教室を割り当てて貰えば良い。


「あの、他に空き教室は?」

「それが、ちょうど埋まっちゃったんですよねぇ」


 残念ながら、それもできないらしい。

 そうなると、事態はどっちの部活が教室を使うかの問題になる。


「……じゃんけんで決めるとか?」

「先生! 私たちの将来をじゃんけんで決めるつもりですか!?」

「そんなの納得できませんわ!!」


 残念ながら、じゃんけんは不評なようだ。

 ちょっと言い案だと思っていた時雨はしゅんとする。


「そもそも、お嬢様部ってなんですか!? 『ですわ』言うてるだけで、部活動になるわけないでしょう」


 ごもっともである。お嬢様部ってなんだよ。

 活動実態の無い部活動は認められないはずである。

 教室に集まって『ですわ』言うてるだけでは駄目なのだ。


「勘違いされては困りますわ。お嬢様とは『口調』でも、ましてや『身分』でもありません。『心』ですわ」


 心か。


 いや、意味が分からない。

 縦ロールは良いことを言った風にドヤ顔を決めているが、まったく説明になっていない。

 唯華もそう思ったようだ。


「意味が分かりません」

「まったく、これだから『銀髪サイドテール』は分かっておりませんわ。つまりは『ノブレス・オブリージュ』……高貴なわたくしは社会に奉仕する義務があるのですわ」


 社会への奉仕。それがお嬢様の『心』だと言いたいのだろう。

 時雨にも、なんとなく言いたいことは分かった。


「つまり……ボランティア活動とか?」

「その通りですわ。時雨先生は理解が早くて助かりますわ。きっと、お嬢様の才能が有りますわよ。一緒にいかがですわ?」


 そんな才能はいらない。


「うがぁー! 金髪縦ロールが先生に色目を使うな!」


 縦ロールが時雨を見詰めると、サイドテールがさえぎった。

 やはり『お嬢様部』とは、実質的にはボランティアをする部活動のようだ。

 そうなると部活動として申し分ない。


「……やっぱり、じゃんけんじゃないかな」

「どうして先生はじゃんけんを勧めるんですが。じゃんけんが推しなんですか? じゃあ、私がじゃんけんになるのでそれで満足してください」


 いや、時雨はじゃんけんでさっさと終わらせて欲しいだけだ。

 別にじゃんけんが推しなわけではない。

 ……『じゃんけんになる』ってなんだよ。


「それでしたら、わたくしに提案がありますわ」


 どうやら、縦ロールにアイディアがあるらしい。

 わざとらしく縦ロールを揺らして手を上げた。


「なにかな」

「拳で殴り合うんですわ!!」


 お嬢様にしては、バイオレンスすぎる提案だった。

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