最終話 約束されたバッドエンド

僕は母親の顔を知らない。

僕を産んですぐに若い男と何処かに行ってしまったらしい。

そんな家庭環境を持っている僕だから莉々と同棲するのは大賛成だった。

何故ならば父親は心の傷を埋めるために仕事に没頭するようになった。

家に帰って来ることは殆ど無い。

深夜まで働くと会社の近くのスーパー銭湯に行き風呂に入ると仮眠を取るらしかった。

会社のロッカーには着替えがいくつも存在していて暇な時間を見つけたらコインランドリーで洗濯をするようだった。

家に帰ってくると妻のことを思い出すのかもしれない。

しかしながら父がお酒やギャンブルに溺れなかったのが僕ら親子の不幸中の幸いだったと言える。

父親は僕が成人するまで何不自由無く暮らせるようにと毎日帰宅することもなく仕事に励んでいた。

それに働くことで余計な思考をしないでいられるのだろう。

だから僕は成人したらすぐに結婚をして身を固めたかった。

さすれば父は今よりもゆっくりとした生活を送れるのではないだろうか。

僕の心配がなくなったら父はもう少し気軽に生きられるのではないだろうか。

そんな事を考えてしまう。

そして僕が結婚したい相手は今まさに目の前にいる。

僕は莉々を選び同棲生活は一週間が経過しようとしていた。

莉子から幾度となく連絡が届いていたのだが僕はそれを殆無視していた。

「莉子とちゃんと別れてきたほうが良いんじゃない?」

莉々の勧めで僕は莉子に連絡を取りお別れをすることを告げた。

「最後に一度ぐらい…直接会ってくれないの?」

別れのチャットを見たであろう莉子に僕は申し訳無さそうに拒否をした。

「ごめん。もう莉々だって決めたんだ。勝手なことしているのは分かっている。けどもう無理だから。ごめん」

そうして僕と莉子は完全に別れた。

ここから僕と莉々の莉子を犠牲にした上での幸せの日々は始まろうとしていたのであった。



私は結局ぐうの音も出ないほどにこっぴどく捨てられたのである。

けれど…思い返せば思い返すほどに…怒りが湧いてくる。

こんな仕打ちを受けるようなことを私がしたのであろうか。

凪だけは違うと思っていたのに…。

姉ではなく私を選んでくれる唯一の人だと思っていたのに…。

世界で唯一私を認めてくれる人だと思っていたのに…。

私の中で信じられないほどの怒りが沸き起こってくる。

この怒りをどの様にぶつければ良いのだろうか。

私の心の中では復讐心の業火が燃え上がっている。

これをどの様に発散させれば良いのだろうか。

悪い想像が全身を蝕んでいく。

この想いを凪にぶつけたい。

そこで私はふっと思い出す。

今月…あの日が来ていない。

しかしながら、それよりも今はこの想いを凪にぶつけるために行動に移そうと思うのであった。



私は選ばれた。

これで私達の物語の最後はハッピーエンドで幕を閉じるのだろう。

これから私と凪は幸せに向かい続けるのだ。

そんなことを感じていた。

そこで私はふっと思い出す。

莉子に合鍵を渡していたことを。

「そう言えば…妊娠したかもしれない」

私は検査キットで調べた結果を凪に伝える。

「マジ?家族になれるってこと?」

凪は私の妊娠を喜んでくれているようだった。

だから私は喜びのあまり失念してしまった。

莉子がマンションの合鍵を持っていることを…。



ガチャリとマンションの部屋の扉が開いた。

私と凪は行為に夢中になっていたが足音が聞こえてきて一度行為を止める。

リビングの扉を開けて侵入してきたのは莉子だった。

手には明らかにナイフを持っていた。

「莉子。そんなことしないで。意味ないわ」

私は妹を嗜めるような言葉を口にしながらキッチンへゆっくりと向かった。

「お姉ちゃんは黙っていて…!用があるのは凪だけだから…!」

私は黙ってキッチンまで向かうと静かに包丁を手に持った。

「莉子。止まりなさい。もうこんな事はやめて。凪くんは私を選んだ。それだけでしょ?」

冷静に問いかけたが莉子の目は明らかに血走っていた。

「お姉ちゃん。私達…仲良し姉妹だったよね?」

莉子は何故か分からないが私を諭すような言葉を口にする。

「そうだね。ずっと仲良しだよ」

「うん。私もそう思う。でも凪が加わってから…私は不幸の連続。また昔みたいにお姉ちゃんに劣等感を覚えるの…」

「うんうん。そっか。でもこんな事はしちゃだめだよ…」

莉子を止めるような言葉を吐くが彼女は止まってくれない。

「お姉ちゃん…この状況を作ったのは誰のせい?」

「それは…」

「うん。お姉ちゃんのせいじゃないよ。凪のせいだよね?」

「たしかに…でも…」

「お姉ちゃん。私はお姉ちゃんを恨めない。この気持ちをぶつけたいのは凪にだけなの。お姉ちゃんは何処まで行っても肉親だから。ずっと一緒でしょ?」

「そうだね…何が言いたいの?」

「だから…」

莉子は私を洗脳するような言葉を口にする。

莉子の狂気に包まれた全身に触れて私の心は鷲掴みにされているようだった。

さらに現在の状況が感覚を麻痺させている。

確実に私は莉子の言葉しか耳に入ってこなかった。

もしかしたら凪が何かを言っていたかもしれない。

しかしながら私の目に写り込んでいるのは莉子だけだった。

私はもしかしたら莉子を試していただけなのかもしれない。

私と対等な存在になれるか。

そんな事を考えていただけかもしれない。

だから莉子のものであった凪を奪いたかっただけ…。

私は本心から凪を愛していたわけではない…?

私はただ…莉子が苦しんでもがいている姿を楽しんでいただけ…?

私は…莉子を…怒らせてしまったの…だろう…。

明らかに怒気に塗れた莉子の目から目を離すことが出来ない。

私の感情や思考までもコントロールされている気分だった。

莉子は最後の三文字を口にしてから手に持っているナイフを凪に向けていた。

「お姉ちゃんも一緒に…復讐しよう?したいでしょ?可愛い妹を傷つけた相手なんだから…」

その言葉が合図となったかのように私と莉子はナイフを持って凪に突進していた。

ずぶりと鈍い感触が手を伝う。

私達が育んできた暖かい愛の体液の全てがナイフを伝って手に滴る。

眼の前で凪は人形のようにドサリと倒れ込んでいた。

私と莉子のナイフが二本刺さった身体から沢山の血液が流れている。

私は明らかに動揺しており自分の行動の不可解さを受け入れずにいた。

「お姉ちゃん。これで良いんだよ。車出せる?運転できるまで落ち着いて」

莉子は私の部屋を歩くとキッチンで暖かいココアを入れているようだった。

今にも息絶えそうな凪を視界に捉えながら私の呼吸は浅くなっていく。

「大丈夫。お姉ちゃんは悪い事してないから」

「でも…凪くんが…!」

「良いんだよ。こんな男。だって私を傷つけたんだよ?お姉ちゃんは許せるの?」

莉子は私にホットココアを持ってやってくる。

「とりあえずこれでも飲んで。落ち着いて深夜になったら山に向かうよ」

私はどうしたら良いのか理解できずにただ莉子の言葉に従うのであった。



私と莉子は山に向かうと息絶えた凪の身体を地中に埋めた。

マンションに帰ってくると二人で掃除をする。

莉子は満足そうな表情を浮かべていたが…どういうわけか私も晴れやかな気分だった。

もう莉子と競い争う必要が無いのだと思うと何処か心が軽かった。

お互い何を負けじとそんなに必死になっていたのだろう。

私達姉妹はその様な事を考えていたはずだ。

「これで良かったんだよね?」

自分の気持ちにけりをつけるために私は莉子に問いかける。

もちろんとでも言うように莉子は薄く微笑んで頷いた。

「そう言えば私…凪の子供を妊娠した」

もう既に日常に戻っているような莉子は衝撃的な言葉を口にした。

「私もなんだけど…」

唖然として思わず漏れた私の言葉に莉子は嬉しそうな表情を浮かべていた。

「同い年の子供が出来たね。良かった良かった」

「そうだね」

私達姉妹はこれから子供を産み姉妹揃って助け合って生きるのだろう。

そんな事を軽く想像すると暖かく幸せな気分に包まれるのであった。



子供を産んで数年後。

私達姉妹は獄中にいる。

罪は公に晒されて私達姉妹は捕まっていた。

塀の外では両親が私達の子供を育ててくれている。

私達は一人の男のせいで人生を狂わされていた。

しかしながら私達姉妹は一人の男のお陰で幸せな家族を築けたと思う。

まぁトントンということで…。



僕は天国ではない何処かから彼女彼らのことを眺めるだけの存在となっていた。

僕に待っている仕打ちはまだ実行されていない。

お金もなく業や罪が深い僕はきっと…。

どの様に裁かれるのであろうか。

地獄の底で僕は…。



僕らに待っていたのは全員バッドエンドだっただろう。

しかしながらあの幸福感に包まれていた日々は決して嘘ではなく輝かしい日々だったと思いたい。

でも…。

もう僕は存在していない。

地獄の底から僕は…。

彼女らの幸福を願いつつ…。

彼女らの不幸をお祈りするのであった。



死を持って僕のバッドエンドを迎える物語は終了となる。

クズの僕に待っていたバッドエンドは…。

何処か幸福に包まれた暖かな感覚がしていたのは…。

僕だけの秘密なのであった。


                  完

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恋人が浮気をしたので復讐のために彼女の姉と寝た。姉に劣等感を抱いている彼女はその日以降僕に異常な執着を抱くようになる。メンヘラ妹と余裕のある姉。ハッピーエンドでは終われない愛憎劇 ALC @AliceCarp

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