55.離団と退団

 姉上が俺を抱擁して十数秒、アティアが俺と姉上の肩を叩いた。


「リンシアちゃん!ラディーが死んじゃう死んじゃう!」

「ええ〜〜〜……はっ!……アティアっ?!」


 我に返った姉上がようやく俺を抱き締める力を緩め、アティアの存在に気付いたようだ。真っ暗だった視界にギルドのレストラン、そして涙目の姉上が映る。


「ラディー……元気だったぁ〜?」

「う、うん。姉上も元気そうで……」

「ラディーっ!!」


 また抱き締めてきた。そしてすぐにアティアに引き剥がされた。

 ふらふらになって、周りに目を向ける。

 呆気に取られた冒険者、騎士団、そしてパルネとオルディアさんが見えた。

 そして突然の怒鳴り声。


「リ、リンシア!お、お前は勝手に何をしている!」


 声の主はカウンターでディーガンさんと話していた隊長らしき男だった。紅潮した顔で姉上を見る。


「あ?何って、愛しい弟を愛でているだけだが?」

「なっ……」


 言葉を失った隊長に対して何事もないように姉上は隣にいる俺の頭をわしゃわしゃと撫でながら答える。


「と、とにかく!こちらへ戻れっ!隊長命令だ!」


 姉上が大きく溜息をつく。


「あー、グリハン隊長殿。私からお伝えしたいことがございます。よろしいですか?」

「な、何だ?リンシア」


 小隊長と訂正されたグリハンという男は明らかに不機嫌になった顔を姉上に向けて、虚勢を張った。姉上はおもむろに懐から一枚の書面を取り出した。そしてそれをグリハンに見せるように掲げる。


「これは国王陛下から賜った許可証です。この許可証は私が王国騎士団を自分の意思で自由に離団、復団が出来るという内容になっています」

「なな、何だと……!?」


 騎士団と周りの冒険者にどよめきが起きる。一番近くにいる俺が横からその書面を覗き込むと、確かに王家の刻印が入った公式の書面だった。


「私、リンシア=サイブノンは今この時を以て、王国騎士団を離団致します」

「「はぁ~~~~~????」」


 グリハン、俺、その他諸々の声がシンクロした。当の姉上リンシアは腰に手を当て、許可証を掲げたままドヤ顔でグリハンを見ている。


「そ、そ、そんな事が許される訳がないだろうが!?」

「国王陛下の署名と刻印、ありますけど?」


 姉上がつかつかとグリハンに近付いて行き、その書面をグリハンに突きつける。書面を見たグリハンが姉上を睨み付ける。


「な、な、なるほど……。確かに本物のようだが……」

「…ようじゃなくて、本物なんですよ」

「分かったわっ!で、離団してどうするのだ?」

「離団した今、貴方には関係ありません。グリハン隊長殿」


 ぐぅと唸ったグリハンが自分より背の高い姉上に睨み付ける。


 

 姉上が俺の側から離れた瞬間にパルネとオルディアさんが俺を挟み込んだ。


「ラディー!お前、【女傑英雄】の弟ってホンマなんか?」

「ねえ!ホント?ラディー!」

「……まあ、自分から話すような事じゃないし……」


 二人共、目を大きく見開いて俺の体を見回している。


 


「とにかく、グリハン小隊長殿。短い間でしたが、お世話になりました。また気が向いたら騎士団に戻りますので、それまでお元気で」

「お前……俺にそんな恥をかかせて只で済むと思ってないだろうな?」

「恥? 私には貴方のその器量と強さで王家紋章のついた鎧を身に付けている事が最も恥ずべき事だと考えていますが?」

「ぐぐぅ……言わせておけば…」

「ここで私と闘りますか?私と剣を交えるのをずっと避けていたみたいでしたけど?」


 ぎりぎりと歯を食いしばり、グリハンが踵を返した。


「よいわっ!勝手にせいっ!ギルドの視察は終わりだっ!出るぞ!」


 グリハンが他の団員に声をかけ、扉に向かって歩きだした。

 一人の団員が一歩前に出て、姉上に声をかける。


「リンシアさん!自分も付いて行ってよろしいでしょうか?」

「あぁ!?おいっ!ウノーラ!お前、何を言っとるんだ?」


 ウノーラと呼ばれた青年はグリハンの呼び止めを無視して、姉上の前に進み出た。


「ウノーラ。お前は許可証無いだろ?」

「構いません。でしたら騎士団を退団致しますので」

「はぁ~~!?」


 グリハンの絶叫がギルドに響いた。

 姉上が困った顔で溜息をつく。


「付いて来るって言ってもさぁ……」

「僕は貴女のような強い人間になりたいんです!お願いしますっ!」


 ウノーラが腰から直角に頭を下げた。困り顔の姉上がこめかみを掻きながら、


「分かったよ。好きにしなよ。でも私のせいで騎士団辞めたとか言わないでよ?」

「もちろんですっ」

「おいおい待て待て!何、お前達で勝手に話を進めてる?」

「え? 小隊長殿には関係ないでしょ?」

「関係あるだろ!俺はウノーラの部隊の隊…小隊長だぞ!俺の許可無しで辞められる訳ないだろ!」

「じゃあ、とりあえず許可してやってくれますか?」


 姉上がグリハンに近付き、ぐっと顔を寄せる。有無を言わせない姉上の圧だ。


 ……あの圧に勝てる人間はそうは居ないだろうな。


 案の定グリハンはその圧から目を逸らし、唸りながら振り返ると再び扉に向かって歩きだした。


「二人共、好きにしろっ!俺は知らんっ!デオード隊長にはお前らの口で伝えろよ!俺は知らんからなっ!」


 以上のような捨て台詞を残し、グリハンは他の騎士団員を連れて扉から出ていった。

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