56.離れた後

王国騎士団の一行が冒険者ギルドから立ち去り、二人の騎士がギルドに残った。

 姉上とウノーラという青年だ。


「お二人とも。良かったのですか?」

「お気になさらず、ギルド長。プライドだけが高く、鍛練もほとんどしない貴族の跡取りの腰掛けに成り下がっている騎士団には何の未練もございませんので」

「はは……辛辣ですな」


 姉上の答えにディーガンさんが苦笑いで応えた。ウノーラさんが姉上に話し掛ける。


「それでリンシアさん。これからどうされるおつもりですか?」

「これから?ふふふ……」


 含み笑いを浮かべた姉上が俺の方に目を向けた。そして俺の両隣にいるオルディアさんとパルネの姿に気付いた。


「だぁぁ~~!そこっ!」


 姉上が凄い勢いで目の前までやって来て、躱すヒマもなく姉上に捕まってしまった。俺を脇に抱えながら姉上がオルディアさんとパルネを交互に見る。


「そこの二人っ!私の大切なラディーに色目を使っていたなっ?」

「違うよ!リンシアちゃん!この二人はラディーと私の冒険者仲間だよ!」

「そうですよ。姉上。誤解です」

「え!?そうなの?」


 姉上が声を上げて、俺の顔を見つめた。しかしすぐに目を細めてもう一度オルディアさんとパルネに視線を戻した。


「ホントに~?」

「いい加減にしてください、姉上」

「ふぇ!?」


 オルディアさん達の方を向いている姉上の肩を掴んでこちらに向かせた。


「で、姉上」

「ん?何だい?ラディー」

「騎士団を離団したみたいですけど……どうする気ですか?」


 愛想笑いを浮かべて首を傾げる姉上。


「そうだよ、リンシアちゃん。せっかく入った騎士団なのに」

「まあ、確かに……。せっかく入ったのに勿体ないよね」

「姉上!」

「ごめんよ、ラディー。でもね、姉さんの言い分も聞いてくれる?」

「何でしょうか?」


 腕組みをして姉上が側に立っていたウノーラさんにチラリと目を向けた。


「別にいいですよ、リンシアさん。弟さんには正直に話していただいて」

「そうだね。でもここだとちょっと目立つから場所変えようか?」


 周りの冒険者、ギルド職員が俺達の会話に注目していた。

【女傑英雄】が突然騎士団を抜けると言い出し、何を話そうとするのか、周りの人間の興味を集めるには充分だよな。

 ギルド長ディーガンさんやギルド職員達の視線も姉上と俺に向けられていた。

 オルディアさんに至ってはまだ口が半開きになっていた。


「分かりました。それじゃ、場所変えましょうか。それと、その鎧も目立つので……」

「お、そうだね。この鎧も騎士団に返さなきゃね」


 俺達はギルド中の注目を集めながら入口に向かうと、ディーガンさんが声をかけてきた。


「リンシアさん。ラディアス君。良かったら応接室をお貸ししましょうか?」


 姉上やアティアと目が合った。


「それじゃ、お言葉に甘えましょうか。ラディー」

「はぁ、そうですね。すみません。では」

「構いませんよ。ではどうぞ」


 俺達はディーガンさんの案内でギルド内にある応接室へ向かった。




 ギルドの応接室に集まったのは俺とアティア、パルネ。姉のリンシアとウノーラさん。それと無理矢理ついてきたオルディアさん。

 そして事の顛末を伺いたいとギルド長のディーガンさんもこの席に顔を並べた。


 不安げな表情のウノーラさんとは対照的に姉上はずっと笑顔だった。


「さて、何で私が騎士団を離団したか、だけど……ただ単に落胆しただけなんだよね」

「でも【女傑英雄】であればすぐに騎士団の要職になれるでしょうに……」


 俺の指摘に姉上が頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。


「ラディーに言われると辛いなぁ……。でもねラディー。あの騎士団の堕落ぶりは思ったより根深いよ」


 ディーガンさんが目を細めて小さくタメ息をつく。


「平和な時代が長すぎましたかね?」

「そうかもね。理由は分からないけど、私やラディーが憧れていた王国騎士団の姿は無かった……それだけは解った」

「自分も同感です」


 姉上の落胆にウノーラさんも同意する。姉上が俺とディーガンさんに視線を向ける。


「だけど……私は王国騎士団を生まれ変わらせる。一度解体してでも」


 強い口調で姉上が宣言した。


「だから私は国王に相談して騎士団を離れる許可をもらった」


 ディーガンさんは目を瞑って深く頷き、姉上は真っ直ぐに俺を見ている。

 昔から知っている、強い意志を持った姉上の眼だ。その強い意志と行動力……。


 あの暴君伯爵を打ち倒した討伐軍は別の人間が指揮していたけど、前線で討伐軍を鼓舞していたのは姉上だと聞いている。

 姉上には人の先頭に立つ精神力と強さがある。そして明るい人間性も……。いつでも姉上の周りには人が集まっていた。

 俺はいつも姉上の後についていくだけだったけど……。


「それで姉上」

「ん?何だい?ラディー?」


 コロッと表情が柔らかくなって首を傾げる。俺には鍛錬の時以外は厳しい顔を見せた事がない。


「騎士団を離れてどうされるおつもりですか?」


 んー、と腕組みをして口を結んだ。そして……。


「色々考えたんだけど……やっぱりラディーと一緒に居たいから冒険者やって迷宮探索しよっかな?」


「「えぇっ!?」」


 俺も含めて部屋にいる一同が声を上げた。

 特にディーガンさんとオルディアさんの声が一際大きかった。

 姉上の隣ではウノーラさんが苦笑いを浮かべていた。 

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