52.偶然の遭遇

 日の出と共に日課である走り込みに出掛け、宿屋に戻って支度を整えた俺は宿屋を出て、武器屋へと向かった。


 武器屋に着き、すぐに受付カウンターに向かう。そこに以前パルネのクロスボウを見繕ってくれたハキハキ笑顔の女性店員の姿を見つけた。

 向こうもこっちの姿を見つけると、笑顔のまま声をかけてくる。


「あら!いらっしゃいませ〜。今日はお一人ですか?」

「はい。そうなんです」


 向こうも俺の事を覚えてくれていたみたいで親しげに話してくる。

 剣のメンテをしてもらいたいと告げて、腰に下げていた剣を外してカウンターの上に置く。

 女性は剣を手に取り、鞘に納めたまま検めると、


「職人を呼んで来るのでちょっとお待ちくださいね~」


 そう言い残すと、カウンターの奥へと姿を消した。しばらくすると、女性が肩ほどの身長のずんぐりとしたドワーフの職人を連れて戻って来た。


「お待たせしました〜。はい、ボルゾフさん、こっちです」

「分かっとるわ。ちゅうか、長剣のメンテなんぞ他のヤツでもいいじゃろーが」

「ボルゾフさん、ヒマそーじゃないですか。とにかくかなりの業物なんで、ちゃんと見てくださいよ」


 客の俺がいるのもお構いなく、二人が会話しながらカウンターに戻って来る。

 女性店員が俺の剣をそのドワーフの職人に手渡す。ふむ、と受け取ったボルゾフと呼ばれた職人はゴツい手で剣を検める。


「柄の細工は見事だの。小僧、抜いてもええか?」


 了承すると、ボルゾフが剣を鞘から抜いた。剣を掲げるようにして色んな角度で刀身を確認していく。


「これは見事な業物だの。打ったのはどこぞの貴族お抱えの鍛冶職人か?」

「誰が打ったかまでは分からないけど、父親から頂いた物です」

「なるほどの……。普段の手入れはしっかりしとるようじゃが、少し強引な使い方をしとるようじゃな。夕方には仕上げられるが、どうする?」

「それでお願いします」

「うむ」


 そのやり取りを聞いていた女性店員が驚いた顔をしている。それに気付いたボルゾフが店員を見上げる。


「何じゃ?そんなに驚くことか?」

「え、だってボルゾフさんが二つ返事でメンテを引き受けるって珍しいな〜って」

「お前が呼んだんじゃろがっ!」

「へへ〜、まあそうなんだけど、ボルゾフさんはヒマだからダメ元だったんですよ」

「人をヒマ人みたいに言うな!ワシは仕事を選んどるだけじゃ!」


 二人のやり取りの前に俺はただただ苦笑いを浮かべる。

 ボルゾフさんが剣を鞘に納めて、俺に視線を向ける。


「じゃあ夕方までにきっちり仕上げとくからの、小僧。あとはこの笑うしか能のないこの小娘に聞いておけ」

「ひどっ!笑顔が素敵なビレッタちゃんって言ってくださいよ」

「へいへい……」


 ボルゾフさんは空返事を残して、カウンターの奥へと消えて行った。

 ビレッタと呼ばれた女性店員が書類を取り出してカウンターの上に置いた。


「それではこの書類の必要事項を記入してもらえますか?」


 ペンを渡されて、名前などの必要事項を書いていった。


「あっ!いらっしゃいませー」


 別の客が来たようで、ビレッタさんが店の入口の方に向かって満面の笑みで挨拶する。


 

「あ、接客中よね?その人の後で構わないわよ」


 聞き覚えのある声……。

 書類を書き終えて後ろを振り返ると、


「あっ!貴方!」


 入口から入って来たのは【ルルーシィア】の剣士、エレシアだった。金色に輝く髪をなびかせ、質素な平服に腰にレイピアだけを下げていた。


「おはよう」

「……お、おはよう」


 片手を挙げて挨拶したが、露骨に視線を外してぶっきらぼうに応えられた。エレシアの太腿にチラッと目が向かう。昨日のオルドクス戦でエレシアが火傷を負った箇所だ。

 昨日は歩ける程度に応急処置をしただけだったが、今は治癒してもらったようで綺麗に何の跡も残っていないみたいだった。

 俺のその視線に気付いたようで、


「……何?」

「いや、足。ちゃんと治癒したんだなと思って」

「あ…うん。ええ。ほら……傷跡も全く残っていないわよ」


 エレシアがスカートをつまみ上げ、太腿を見せてくる。傷一つない白く綺麗な脚を見せられ、俺はハッとなり思わず目を反らした。

 エレシアも自らスカートをめくって足を見せるという恥ずかしい事をしているという事に気付き、慌てて足を隠して火が点いたように赤面する。


「わわわわ、と、と、とにかく……綺麗に治ったから……もう大丈夫……」

「うん。分かった。わざわざありがとう……」


 気まずくなり、エレシアの方を見ないで答えた。カウンターのビレッタが笑顔でこちらを見ている。が、さっきまでのニコニコとした笑顔とは違うニヤニヤといった感じの笑顔だ。


「あれ?お二人はお知り合いですか〜?」

「まあ、昨日初めて会ったんですけどね」

「ヘぇ~……」


 ニヤニヤ笑顔のままビレッタがエレシアに視線を移す。


「で、今日はどしたの?エレシアちゃん」

「あ、え…えと、コレをメンテしてほしくて……」


 まだ耳まで赤いエレシアが腰のレイピアを外して差し出した。

 どうやら二人は顔馴染みらしく、ビレッタは親しげな様子でエレシアに対応している。


「じゃあ、僕はこれで……。また夕方に受け取りに来ます」

「あ、はーい。畏まりましたぁ」


 営業スマイルに戻ったビレッタがカウンターの書類を確認して、俺と入れ替わりでエレシアがカウンターに向かう。

 すれ違いざまにエレシアが俺に声をかけてくる。


「ねえ。貴方。またすぐに迷宮に入るの?」

「いや、一週間ほど休む予定だけど?何で?」

「そう。別に……。な、な、何でも無いわよ!」


 何故かまた赤面しているエレシアと、その後ろでまたニヤニヤ笑顔になっているビレッタさんに別れを告げて、武器屋を後にした。

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