47.戦利品

 タリアータさんがナサラさんの後ろからドス黒く輝く魔晶を覗き込む。


「それが迷宮異常イレギュラーの原因で間違いないかしら?」

「しっかりと鑑定してみない事には分かりませんが、何かしら関係はあると思います」


 俺もその魔晶を覗き見たが、形は歪で不気味だが強力な魔力などは感じなかった。その向こうでエレシアとネルアリアさんが足元から何か拾ったのが見えた。


 何か見つけたのか?


 俺がそれを問いかけようとすると、タリアータさんが皆に声をかける。


「ひとまず周りにモンスターはもう居ないようだから、ナサラさん。一度【レガクリテ】の方に連絡をしてくれるかしら?」

「そうですね。分かりました」


 俺達はその場でミニキャンプを開き、ナサラさんが例の魔道具を取り出して20階層に調査に向かっている【レガクリテ】を呼び掛ける。



「……おかしい。繋がらない」

「距離が離れ過ぎてる、とかですか?」

「いえ。このぐらいの距離なら問題ないはずです。であれば……」


 魔道具を触っていたナサラさんがタリアータさんの方へ振り返った。


「通信に出られない状況ってことかしらね……」

「さっきのウチらみたいに犬っころと戦闘してるかもって事か?」

「犬かどうかは分かりませんが、モンスターと交戦中かもしれませんね」


 タリアータさんが俺達を見回しながら思考を巡らせる。そしてその視線が俺の所で止まる。


「ラディアス君はどう思う?」

「そうですね。こちらからの呼びかけに気付いていないって事は?」

「それはないと思います。気付いているけど応答出来ないという状態だと思います」

「なるほど……。でしたら交戦中か、あるいは逃走中……」

「モンスターから逃げている?」

「何かは分かりませんけど、気付いているのに呼びかけに応じないという事は応答する余裕がないという事じゃないですかね」


 アティアがそこまでの話を聞いて、小さく手を上げながら発言する。


「あの……でしたら私達は応援に向かった方がいいんじゃないですか?」


 

 タリアータさんがオルドクスの魔晶を見つめながら考え、ゆっくりと顔を上げた。


「アティルネアさん。申し訳ないけど、私達はこれより下層に下りる事は出来ないわ」

「そうなんですか?」

「ええ。あくまで私達の役割りは15階層での迷宮異常イレギュラーの原因の調査。その原因と思われる品物アイテムを得た私達が優先するべきことは速やかに地上にこれを持ち帰ること。なので危険があるかもしれない下層へ下りる事は出来ないわ」

「そう……ですか」


 アティアが自分を納得させるように何度も頷きながら、そう答えた。


「そしたらどうすんや?ウチらはこのまま地上に戻るっちゅうことか?」


 オルディアさんの問いかけにタリアータさん静かに頷く。そして真っ直ぐにオルディアに視線を向ける。


「ええ。私達はこのまま地上へ帰還します。【レガクリテ】の事は私も心配ではありますが、これは最初から決めていた事ですから」


 オルディアさんが口をへの字に曲げて腕を組む。


「まあ、そやな……。ウチらの目的は15階層の調やからな」

「そういうことです。オルディアさん。なので……」

「分かってる、分かってる。アンタの判断は正しいで、タリアータ。リーダーのアンタの指示には従うから心配せんといて」

「ありがとうございます。オルディアさん」


 タリアータさんはオルディアさんに頭を下げると、ナサラさんの方に振り返る。


「ではナサラさん。その魔晶は持ち帰れますか?」

「はい。もう大丈夫だと思いますが、念の為に護符を貼って鞄に入れますね」


 ナサラさんが鞄から一枚の細長い布を取り出し、魔晶に巻きつけていった。

 するとエレシアがナサラさんに近付いて、手に持った何かを見せる。


「あの……ナサラさん。これ、あの瓦礫の中から見つけたんですが……」


 ナサラさんがエレシアの手に握られた小さな石を見て一瞬驚きの表情を見せる。すぐに真剣な表情に戻ると、エレシアの手の中にある石に顔を近付けた。


「これは呪文が施されてますね……」

「呪文!?」


 エレシアが反射的にその石を投げ捨て、石が床を転げる。

 ナサラさんが鞄を脇に置いて、転がったその石を拾い上げた。


「ふふ……大丈夫ですよ、エレシアさん。もうこの石に施された呪文は効力を失っていますし、危険はありません」


 ナサラさんが拾った石をまじまじと見つめながら答える。俺とタリアータさんも横からその石を覗き込む。その石には見たことのない文字が描かれていて、真ん中あたりに亀裂が入っているのが見えた。

 ナサラさんに問いかけてみる。


「何の呪文なんですか?」

「何かまでは詳しく調べないと分かりませんが、ここ。亀裂が入っているでしょう?これは恐らく呪文の発動時についたものだと思います」

「では発動したらそれっきりということですか?」

「ええ。一回だけの発動型呪文ですね」


 タリアータさんがナサラさんからその石を受け取り、かざして見る。


「これも迷宮異常イレギュラーに関係が?」

「あるかもしれません。それも念の為持って帰りますね」


 タリアータさんがナサラさんの鞄の中にその石を入れると、皆に向かって声をかける。


「では、これより地上に帰還します。隊列は先程までと同じで。もしかしたら上層の方ではモンスターが復活しているかもしれませんから、気を抜かないようお願いね」


 俺達は謎のモンスターが残した歪な魔晶と、呪文を施された形跡のある石という戦利品を得て地上へ戻ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る