37.天才と呼ばれた姉

 俺達は街の中心部に戻り、手近なレストランに入って行った。既に陽は傾き、夕方になっていた。

 俺とアティアが並び、向かい側にナツメさんとキスケが座る。


 二人がひとしきり謝った後、どうしてあの店にキスケがいたのか、あの連中は誰だったのかを話し出した。


「姉さんみたいに冒険者になりたくて……でも16歳にならないと登録が出来ないと言われて……」



 んー。分かるよ。その気持ち。俺も年齢を理由に伯爵討伐軍に入れなかったから。


 それで街をあれこれ回っているうちにあのマドベイに出会ったらしい。マドベイとぶつかった拍子に奴が持っていた魔道具を落とし、壊してしまったそうだ。

 そしてその弁償代を請求されたそうだ。

 東方から出て来たばかりのキスケにそんなお金は無く、その代わりに仕事と称して引ったくりをさせられたそうだ。


 聞けばあの店にいた男達のほとんどがそんな感じでマドベイに脅されて、ムリヤリ犯罪まがいの事をさせられていた連中らしい。


 

 どうりでマドベイを大事にしなかったわけだ。


 これまでの経緯を話し終えたキスケにナツメさんが話し掛ける。


「まったく……心配させて……」

「……ごめん」

「とにかく無事で良かったでござる」


 ナツメさんがキスケの頭を撫でながら、俺達に顔を向ける。


「お二人には本当にお世話になりましたでござる。このご恩は必ず…必ずお返ししますゆえ」

「……そうですね。いずれ…お願いします」


 

 たぶん要らないって言っても聞かないだろうから素直に受け入れることにした。

 アティアが二人に視線を向けて問い掛ける。


「お二人はこれからどうされるんですか?」

「キスケを故郷に帰すつもりでござる。良いな?キスケ」

「う、うん」


 キスケは目線を下げ、小さく頷いた。

 この街にいてもまだしばらくは冒険者にはなれない。登録出来る年齢になるまで街で生活するという選択肢もあるけど、またあんな連中に目をつけられるかもしれない。

 そんな危険などを考えれば、今はまだ故郷で腕を磨いた方がいいだろうな。


 

「明日には発とうと思っているでござる。キスケを故郷に送り届けたらまたこの街に戻って来ますゆえ、恩返しはその時にさせていただくでござる」

「そうですか。分かりました。気を付けてくださいね」

「お気遣い、痛み入る」


 

 俺はふと大事な事を思い出した。


「キスケくん、これ。このお守り、キスケくんのだよね?」

「あ……はい。そうです」

「昨日の晩、落として行っただろ?」

「やっぱりあの時でしたか」


 俺は懐から出したキスケが落としたお守りを手渡した。


「ありがとうございます」

「うん。もう落とさないようにね」

「はい」

「それと故郷でしっかり修行してきなよ」

「あ、はい」

「冒険者になってナツメさんを越えたいんだろう?」

「えっ?」


 キスケが驚いたように俺の顔を見て、その後にナツメさんに目を向ける。


「……はい。でも姉さんは天才と呼ばれるぐらいなので越えられるか分からないですけど……」


 

 言われたナツメさんの頬が少し紅くなった。

 天才……確かに一瞬だけだったけど凄い太刀筋だった。あの時、峰打ちでなければ男達の首が跳んでいた。男達はほとんど素人のようなものだったけど、それでも凄い剣技だったと思う。


 

 偉大な姉を越えたい……。俺はキスケに親近感を覚えた。その気持ちを察したのか、アティアが隣で俺とキスケに優しい笑顔を向けていた。


「大丈夫。しっかり鍛錬すれば超えられる。俺の姉上も凄い剣士だけど、いつか越えられると思って鍛錬してるから。一緒に頑張ろう」

「え?は、はい。頑張ります」

「キスケ……」


 ナツメさんがキスケの頭をわしゃわしゃと撫でて、キスケが恥ずかしいから止めろとその手を払いのけた。

 するとナツメさんが急に真顔になり、俺とアティアに目を向ける。


「ですが、その前にやらねばならないことがあるでござる」

「ん?何ですか、ナツメさん」

「ラディアス殿。そのお鞄を拝借してもよろしいか?この鞄はやはりキスケの手でお返ししなければならんでござる」


 

 キスケも神妙な面持ちで俺に向かって頭を下げた。俺はテーブルの上に鞄を置いた。


「分かりました。じゃあ、これはナツメさんとキスケくんにお任せします」

「かたじけない。恩に着るでござる」

「ありがとうございます。ラディアスさん」


 2人は再び頭を下げた。


 ◇◇


 翌朝、俺達【リドフーベス】がギルドで集まっていると、ナツメさんとキスケの2人が俺達の座るテーブルに近付いてきた。


「ラディアス殿、アティルネア殿」


 俺は2人が旅裝しているのを見て、


「もう出発されるんですね」

「はい。此度はお二人に本当に世話になったでござる」

「いえ。別に大した事はしてませんよ」

「必ずこのご恩は返しますゆえ」


 俺が言い出す前にアティアが話し出す。

 

「はい。じゃあ、楽しみにしてますね」

「うむ。お二人とお仲間の方も迷宮探索、気を付けてくだされ」


 ナツメさんの隣でキスケが深々と頭を下げた。


「本当にご迷惑をお掛けしてすいませんでした」

「憲兵詰所の方は大丈夫だったんだね」

「はい。鞄の持ち主の方に謝って、事情を話したらその場で許していただいたので……」

「そうか。それは良かった」


 昨日ナツメさんと二人で、誠心誠意謝ると言っていたからそれが認められて良かったと思う。


「では私達はここで……」

「はい。気を付けてくださいね」

「ええ。皆様方も」


 

 そう言うとナツメさんとキスケがギルドの扉から出て行った。


 さて、とアティアが俺とパルネの方を見る。


「二人は今日はこの後どうするの?まだ迷宮は閉鎖してるみたいだし」

「私はオルディアさんと約束してるから、オルディアさんの所に行くよ」

「そう。ラディーは?」

「うーん、特に予定はないかな。あ、憲兵詰所には寄ろうかなとは思っているけど」


 マドベイと呼ばれていた男と、最後に俺達に炸裂魔法を撃ち込んできたあの女の事が気になったからだ。憲兵詰所なら何か情報があるかもしれない。


「じゃあ、それ以外の時間は空いているね」

「まあ……そうかな」

「精霊院と図書館。一緒について来てくれる?」

「ん?いいけど」


 パルネが少しむぅと口を尖らせた。

 アティアはそれを見ないようにして俺の手を取るとテーブルから立ち上がる。


「よし、じゃあ行こっか。じゃあ、パルネ。また明日ね」

「う、うん」

「じゃあな。パルネ」


 

 俺はアティアに腕を引かれて、この後アティアの精霊院と図書館巡りに付き合わされた。

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