36.危険な女

 店内に躍り込んできた男達は短刀やナイフを手に、俺を睨みつける。余裕の笑みを浮かべたマドベイが俺に目を向けた。


「へっ。この人数相手にさっきの余裕かませられるか?」


 ……数が多いと勝てると思ってんの?

 これはよっぽどタコ殴りにしないと分からないみたいだな。


「ラディー!」

「大丈夫だ。アティア。俺一人で抑えるから2人を連れて店を出てくれ」


 俺のその言葉にマドベイが反応する。


「お前、状況分かってんのか?Dランクごときで俺とこの人数相手に出来ると思ってんのか?」

「思ってるよ。だからとりあえず鞄返せよ」

「ちっ。お前ら、やれ!」



 マドベイの号令と共に4人の男が俺に斬りかかる。


 ……遅いっ!遅すぎる!


電撃ヴァルボット


 思いっ切り威力を抑えた電撃魔法を左手に宿し、俺は4人の攻撃を全て避けるとその左手で男達の武器を持つ腕を素早く触っていく。

 電撃の威力で男達が次々と武器を床に落としていった。

 電撃を局所に集中することで強烈な痺れが起きる。痛みと痺れで武器を落とした男達が苦痛の声を上げてその場にうずくまった。


 マドベイの方へ視線を移すと、マドベイの両脇にはまだ別の男が2人。驚愕の表情を浮かべて立ち尽くしている。

 他にはナツメさんの一喝で店の端で震えている2人だけ。つまり残りはマドベイを合わせて5人だな。


 すると、マドベイの両脇にいた2人が踵を返し、マドベイの横をすり抜けて走り出した。


「う、うわぁー!」

「おいっ!お前ら、どこに……」


 マドベイが振り返り、その2人を捕まえようと手を伸ばしたが、2人はあっという間に店の奥の扉の中に消えて行った。振り返ったマドベイが俺に視線を向ける。


「ちっ。どいつもこいつも使えねぇ」

「まだやるか?マドベイ?」


 俺は左手に宿らせた電撃魔法をマドベイに見えながら問いかけた。

 マドベイは残る2人の男に目を向けると、男達はガタッと体を震わせて店の入口に一目散に走り出し、店の外へと逃げて行った。これで俺達以外はマドベイだけになった。


「ちっ。腑抜けどもが……」

「随分と慕われているんだな」

「ナメた口聞くんじゃねえよ、ガキが」

「はいはい。で、盗んだ鞄は?」


 俺は剣を仕舞い、右手を差し出す。充分に煽った後だ。素直に鞄を出すかどうかは微妙だけど……。



「何だい?騒がしいと思って来て見たら。随分生意気な坊や達だね」


 マドベイの背後の扉から女の声が聞こえた。

 フードを被った女がいつの間にかその扉に立っていた。

 その声にマドベイが反応する。


「お、あ、アンタか……。来てたのか」

「なぁ、マドベイぃ……。さっきこの扉から出て来た役立たず共は消しといたけど、構わないよねぇ?」

「あ、お、おう……」


 

 消した?


 女が扉からマドベイに近付いてくる。

 体のラインがハッキリと分かるくらいにタイトな黒い服を着た妖艶な雰囲気の女がマドベイの隣から俺達を順に眺めていく。


「ふーん……。可愛らしいお客さんだねぇ?どうする?マドベイぃ?」


 独特の喋り方をする女は深い碧色の瞳をマドベイに向けた。

 マドベイは明らかに動揺……いや、怯えていた。


 この女……かなり強いな。


 額に冷や汗を浮かべたマドベイがその女には目を向けず俺達に視線を向けたまま、俺達に聞こえないように小声で答える。

 女は整った口角を上げると、俺達に視線を移した。


「ふぅん。アンタがそう言うなら、そうしてアゲルけどぉ……。上には自分で報告なさいよぉ」

「ああ。そこまでアンタの手は煩わせねえよ」

「ふふふ……」



 女は含み笑いを浮かべて俺達に手をかざした。そして魔法の詠唱を始めた。



「ラディー!こっちに逃げてっ!」


 アティアが叫んだ。

 俺も女の手に強力な魔力が収縮されるのを感じ、反射的に後ろへ跳んでいた。

 濃縮された魔力の塊が黒い玉となって、かざした女の手から放たれた。その数五つ。

 黒い玉の向こうでマドベイと女が扉から外に出て行くのが見えた。


 くっ、また逃げられる……。


 

 歩くぐらいの速度で俺達に近付いてくる拳ふたつ分ぐらいの大きさの黒い玉に危険を感じ、跳んだ後に振り返りアティア達に叫んだ。


「店の外に逃げろ!」

「ラディー!早く!」


 アティアが防御魔法を展開したと同時に叫び、俺はアティアとナツメさん、キスケを抱え込むように飛び込み、店の入口から外へと飛び出した。


 ドゴォン!…ドゴォン!…………ドゴォン!



 強烈な破裂音が背後から響いた。道路に倒れ込んだ俺達4人の体に細かく砕けた木の破片が降り注いできた。


 音が収まると同時に立ち上がった俺はすぐに店の方に振り返る。

 店の入口とこちら側の壁は無残に破壊され、店の中が丸見えになっていた。


「2人を頼む!」

「えっ!?ちょ、ラディー」

「ラディアス殿!」


 俺は再び店内に入ると、壁やテーブル、カウンターがめちゃくちゃに破砕されていた。

 俺が電撃を浴びせて戦闘不能にした4人の男達は体中から血を流し、足元で小さく呻いていた。その内の2人は絶命しているようだった。


 俺はそいつらを飛び越え、マドベイ達が姿を消した奥の扉に向かった。

 扉の向こうには廊下が続いており、すぐ横には二階へ上がる階段があった。

 その廊下にも2人の男が倒れていた。すぐにその男達に駆け寄ったが、すぐに絶命しているのが分かった。


 2人とも胸に頭ほどの大きさの大きな風穴が開いていたからだ。顔を見ると、あの女が現れる直前に飛び出していった2人の男だった。


 

 ……消したっていうのはやっぱり殺したってことだったか……。


 俺は廊下の奥にある裏口、更には二階と足を踏み入れたがマドベイ達の姿は何処にもなかった。


 ただ、昨日マドベイが盗んで行った鞄は二階で見つけることが出来た。中身は無事か分からないけど、とりあえず鞄を持って、アティア達の所に戻ってくる。


「ラディー。大丈夫?」

「ああ。奴らやっぱり逃げたみたいだ」

「そう」


 アティアはそう言うと、傍らに立つナツメさんとその足元にへたり込んでいるキスケに目を向けた。ナツメさんが俺達に深々と頭を下げる。


「ラディアス殿。アティルネア殿。本当にすまなかったでござる。私と弟の為にこんな危険な目に合わせてしまい……」

「いえいえ。大丈夫ですから。それより二人とも怪我とかはありませんか?」

「私もキスケも無傷でござる。アティルネア殿の魔法のおかげでござる」


 ナツメさんの隣でキスケが立ち上がると、ナツメさんと同じように頭を下げる。


「本当に……すいませんでした!あの、俺……」


 

 キスケが謝り、何か話し出そうとするのを俺が制し、辺りを見回す。


「とりあえず話はここを離れてから聞くよ。人が集まってきたら面倒だから早く立ち去ろう」


 3人とも俺の意見に頷くと、俺達は足早に歓楽街の入口へと向かって行った。 

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